第38話 vs.魔将王"グリムゼード"



―――88階層 vs.グリムゼード




キュオオオオオオオンッ!!!!



 グリムゼードは巨大な咆哮をあげると、槍のような漆黒の羽を無数に展開させ、



「《獅王の黒羽》!!」



 自らを中心に全方向へと放った。



パッ!!



 アードはカレンの前に《地面縮小アース・シュリンク》で現れると、



グザンッ、グザンッ



 羽を"抉り斬り"ながら、


「《空間縮小スペース・シュリンク》《防壁》」


 タイミングを見計らい、目の前に3m52cmの壁を広げる。



「アード様! 僕が"リジル"で盾役になるよ! アード様の『黒刀』で斬ってくれないと、グリムゼードには、」


「俺は"ポーター"だ。ちゃんとサポートしてやるから、お前が斬れ!」


「……でも、僕の攻撃じゃ、アイツには、」


「俺が合図したら、"いっぱい剣が出てくるヤツ"を発動させろ!」



ズズズッ……



 "漆黒の防壁"がゆっくりと無くなっていく。



グザンッグザンッ!



 アードは自分達に被弾する羽を的確に斬り落とし、もう一度防壁を展開。


「準備できるな?」


「……聖剣"フレイ"の《千剣聖乱(センケンセイラン)》の事かな? でも威力が……、"アレ"じゃ、グリムゼードに剣は刺さらな……」


「……」


 アードの呆れた表情に、カレンはその意図を理解した。これまでのダンジョン攻略、幾度となく魔物達を弱体化させてきたアードの姿を思い出したのだ。


「わかった! アード様の合図を待つよ」


「俺を信じて、その時、"使い果たせ"。それまでは防御に徹してればいい」


「了解だよ! アード様!」


 いつもの変態顔ではない"勇者の表情"に、アードは小さく笑い、


「お前が『勇者』だろ? 頼りにしてるぞ?」


 一言残し、グリムゼードへと《地面縮小(アース・シュリンク)》した。




※※※※※




 確かに、なかなか……。

 あの邪竜と似た雰囲気すら感じるな。


 まずグリムゼードに触れなければならない。

 膨大な魔力の縮小シュリンクで、厄介な"復元能力"を絶つのが最優先……。



「小ざかしい!! ひれ伏せぇえ!!」



 治ってはいないが、おそらく魔力を具現化させる事で新たな鉤爪を代用しているグリムゼード。


 "爪痕"は飛ぶ斬撃。

 漆黒の翼を羽ばたかせると"暴風"が吹く。


 おまけに、なかなか頭も良いと来た。


 3m前後の位置に先んじて攻撃を放っては、俺の動きを制限しているようだ。


 と言っても、3m 52cmが最大値なだけで、その範囲内ならどうとでもできる。この短時間でそれを見極めたのは素直に賞賛すべき事だろうけど、まだ浅い……。


 まぁ、"俺だけ"に意識を集中させている事が出来てるから良しとするか。



 カレンは紅い髪と瞳をキラキラと輝かせながら、精神を集中しているようだし、ランドルフは寝転がったまま、ギンギンの瞳でこちらを観察、いや、全体の戦場を考察している。


 アリスはいつもの無表情で仄かに顔を染めたまま"俺だけ"を見つめているし、リッカはジッと戦闘を静観している。



 ……急所は……喉元か。

 それ以外の場所を多少抉っても死にはしないだろう。



 意識せずとも、わかってしまう"絶命"させる場所。


 おそらくはダンジョンを彷徨い続け、極限状態の環境が俺に与えた、"我流の能力"。



「ちょこまかと逃げ回るだけの『異形』がッ! 楽には屠らぬぞ!! 絶望に絶望を重ね、この世に生を受けた事を後悔させてやる!」



 低く重い声に、俺は黒い羽を縫うように《地面縮小(アース・シュリンク)》を発動させ、



パッ……



 グリムゼードの前に立つ。



「……!! 死ねぇえ!!」



ブォンッ、ブォンッ!!


 前足の2本の鉤爪を至近距離で躱し、斬撃が地面をドガッと抉る隙に、掻い潜るように獅子の腹に滑り込む。



「は、羽虫めがぁあ!!」



モワァア……



 グリムゼードは身体から黒いモヤを垂れ流す。


 おそらくは"重力系"の"何か"だろうと判断し、とりあえず避難する。


 正直、普通に"下処理"はできるが、万が一にも痛い思いなんてしたくないし、それに……少し思うところがある。




パパッ!!




 少し距離を取り、改めて対峙する。


 別に俺はコイツに恨みなんてない。コイツを屠らなきゃ、エールが飲めないし、アリスにキス……、いや、アリスと『できない』から、屠ろうとしているだけだ。


 別に討伐しなくても、ダンジョンの外に出ないよう約束させれば、今すぐにでもクエスト完了のはずなのだ。



「……おい! 少し話すか?」



 グリムゼードは金色の瞳で俺をジッと見つめると、ニヤァッと目を細める。


「ク、クハハハッ!! 所詮は"下等種族"! 貴様など、ちょこまかと逃げ回る事しか出来ない羽虫だ!! 謝罪し、我に忠誠を誓えぇえ!」


「……」


「ククッ!! 命が惜しくなったのだろう?! 我に"痛み"を与えた事、"人間"にしては評価してやる。勇者共は"堕とす"が、貴様にだけは自我を持たせてやろう! 我と来い! そうすれば、"望む物"を与えてやる!!」


「ふっ……」


 これは……、アレだ。

 この"バカ"は相当なひねくれ者のようだ。


「な、何がおかしい!? お前に待つのは"絶望"か、我の"駒"となるか、そのどちらかしかないのだ!!」 



 巨躯に大鷲の頭。

 金色の瞳を血走らせ、必死で言葉を紡ぐ"魔将王"。


 俺が笑ってしまうのも仕方ないんだ。




「……俺が怖いか? グリムゼード?」




 先程、至近距離で見て気付いたのは、ガタガタッと震えていたグリムゼード。俺が避難したのは……、こっちが"選択"させてやるつもりだったからだ。


 コイツはもう理解している。

 俺には絶対に勝てない事を……。


 "ひねくれ者"、いや、"痩せ我慢最強"。


 このどちらかが、コイツには1番お似合いの称号だ。



「……き、貴様ぁあ……」


「……ハハッ。もうわかってるんだろ? このままじゃお前は死ぬぞ? さぁ! 『隠居します、助けて下さい!』だ! 言ってみろ」


「……ククッ。クククッ……、そ、それが"解"だな? 望み通り、"絶望"させてやる! 《暴風羽(ボウフウウ)》!!」




バサッ!!



 先程とは比べ物にもならない量の"漆黒の羽槍"。



 ……同情したら、ロクな事がないな。


 "理解"できるヤツは屠る必要はないと思ったんだが……、はぁ〜……、さっさとシバけばよかったな。これこそが無駄な時間だった。


 これまでのザコとは違うが、特別に強いわけでもない。こういう中途半端なヤツが1番面倒だ。


 


「《死羽(シウ)》!!」



 叫びと共に一斉に向かってくる"暴力の気配"。


 ちゃっちゃと諦めてくれれば、ちゃっちゃと帰れると思ったのに……。ってか、そんなに俺が怖いのかよ! まぁ、別に"これで"いいんだけど……。


 全ての羽は"俺"にしか向いてはいない。



グザンッ! グザ、グザンッ!!



 俺は抉り斬りながら、《空中縮小(スカイ・シュリンク)》と《空間縮小(スペース・シュリンク》を繰り返し、宙に浮く。


 万が一、後ろに流れてもアリス達の元に向かないように。


 不規則で自由に舞う黒羽。

 "黒刀"で抉っていてもキリがない。


 近づこうにもグリムゼードを取り巻く暴風が面倒くさい。無理矢理、行けない事もないだろうが、怪我はしたくない。


 俺は痛いのは大嫌いだし、万が一、顔に傷がついたら、大事(おおごと)だ。



 《空間縮小スペース・シュリンク》《円球》で行くか? でも、こっちの視界を塞がるし、追尾するような物でもないしな……。


 まぁ、コイツを屠れば終わりだし……、これは戦闘すらも面倒くさがった俺のミスか……。


 ……はぁ〜……、ちゃんと"仕事"すればいいんだろ、クソがッ!!



キラッ……



 無数の氷が照明代わりになっている。

 ダンジョンとは思えない煌々とした光。


 黒羽の先についている細い細い"魔力の糸"がはっきり見えてる。不規則な動きは、グリムゼードが操っていると見て、まず間違いないだろう。



 まずは、制御不能にして……、



「……うん。やっぱり大した事ないな」


 

 あの邪竜に比べれば……"ゴブリン"みたいな物だ。


 3つの首の完璧の連携。

 思考する余裕すら与えない連続する"死地"。


 アイツ……マジで伝説の邪竜だったんだな。


 "魔将王"って、もっとヤバいヤツかと思ってだけど、ただの見た目だけカッコいい中身ゴブリンじゃん!



「クハハハッ!! "羽虫"が踊っておるわ!!」


「……えっ? じ、自分の攻撃だろ? 確かに"羽虫"みたいなモンだけど……。恥ずかしくないのか?」



グザンッ! パッ! グザ、グザンッ!!



「き、貴様の事だぁあ!!」


「『ギザマノゴドダァア!』じゃ、わからないだろ? 雰囲気、強いんだよ、バカめ!」



パッ! グザッ! クルッ、グザンッ!!



 だいぶ"制御してる羽"は減らしたし、そろそろ行けそうか? 挑発に耐性が無さそうだし、かなり頭に血が昇って判断が鈍ってるだろ?



「貴様ァア!! そのニヤけた顔を今すぐに"絶望"に染めてやる!!」


「えっ? 笑ってない、」



「《獅王威圧(シオウ)》!!」




ズンッ!!!!



 周囲の空気が重くなると、グリムゼードは漆黒の羽を操り、俺の場所から3mほどの逃げ道を塞ぐように放つと、



「《魂喰(ソウルバイト)》!!」



 俺の真正面に「何やらよくわからない物」を放った。


 うっすらと鉤爪の形をして飛んでくる「何か」に少し眉をひそめ、即座に判断を下す。



ドガドガッグザッグザッ!!



 飛んで来た"漆黒の羽槍"は、その場に留まる事を選んだ俺を素通りし、ダンジョンに天井に突き刺さる。




グォブッ……



 俺の腹を突き抜けたのは『鉤爪の形をした"何か"』。



「旦那様!」

「アード様ぁ!!」

「アードォオオオオ!!」



 叫び声を上げた3人と、ふわぁあッと大きく口を開けてあくびをしているリッカ。



「クハハハッ!! 虫ケラがッ!! "おかしな術"を封じれば、貴様など取るに足らぬザコなのだ!!」



 歓喜の叫びを上げるグリムゼードと……、



「……バカめ。戦闘中に気を抜くな、魔将王"グリムゼード"……!」



 ほくそ笑む俺。



 「何か」したのは間違いないが、一切、"気配"がなかった。あんなもの"ただの幻"。俺にダメージを与える物ではないと判断し、ありがたく利用させて貰った。



「《空中縮小(スカイ・シュリンク)》」



パッパッパッパッ!!


 

 最短距離を駆け抜け、



「《空間縮小(スペース・シュリンク)》《乱撃》」



グチュンッ、グシュンッ!!



 グリムゼードの後ろ2本の鉤爪を"抉り斬る"。



「ぐぁあああああ!! ガァアアアア!!」



ドスンッ!!



 尻もちをついたグリムゼード。



シュルルルルッ!!



 襲いかかってきたのは尻尾の"白蛇"。



「《一閃》!」



グシュンッ!!



 3m52cmの巨大な"次元刀"で蛇を斬り離し、



「《空間縮小(スペース・シュリンク)》《魔喰(マグイ)》」



 空いている左手を振るい、白蛇の頭を"抉り取る"。




グギャアアアアアア!!!!




 グリムゼードの悲痛の叫びと共に、カレンに向かった"暴力の気配"。



パッ!!



 グリムゼードの巨大な大鷲の眼前に立ち、その大きく、赤黒く変化していく金色の両瞳を……、



グシュンッ!!



 躊躇なく、よこなぎに"抉り斬る"。



「ギャイアアアアアアッ!!」



 もがくグリムゼードの背に乗ると、あとは仕上げだ。


 


「《魔力》、《強度》、《筋力》、《治癒力》……《混合縮小(ミックス・シュリンク)》……」



ズゥンッ……!!



 グリムゼードの弱体化を済ませてから、空中(スカイ)、地面(アース)を5回使用し、その場を避難してカレンに向かってパッと手を上げるが……、



「アード様!!」

「旦那様! ご無事ですか?」



 合図を送ったのに、こちらに向かって駆けてくる"バカ勇者"と、明らかに焦っているような行動をしているくせに"無表情の妻"。



 はぁ〜……「合図出したらやれ!」って言っただろ。まぁ、もうコイツは何も出来ないとは思うが、何してるんだ、このポンコツ勇者が! 


 アリスも「待ってろ」って言ったのに、そんなに走るなんてらしくな……、ア、アリ……スッ!!



 駆け寄ってくるアリスに言葉を失う。



 ……タ、タユンッ、タユンのバユンッバユンだ!!


 くっ……。な、なんか新鮮だ! いや、アリスが走っているところを初めて見た気がするぞ!! 駆け寄ってくる妻!! 無表情だけど、"おぱい"はとっても表情豊かだ!!



 俺は自分の妻の揺れる胸に大きく目を見開いていると、グリムゼードの絶叫が響く。



「"クラマ"ァアア!! な、何をしている!! さっさと、さっさと……、この者共を屠らぬかぁあ!!」



 叫ぶと共に、また「ァアアグァア! 我の……ウガアア!!」と激痛に悶える声が響いた。



 ……『グラギャア』って誰だよ……?



 俺は耳を塞ぎながら心の中で小さくツッコミ、駆け寄ってくるアリスの"お胸のダンス"にゴクリと息を飲んだ。




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