第37話 『心からお慕いしております』



―――88階層



キュオオオオオオオン!!!!



 馬鹿でかい咆哮と"気配"に「チィッ」と小さく舌打ちをする。



 それは当たり前だろ?



むぎゅー……



 まだ俺がおっぱいを堪能している途中でしょうが!!


 アリスは俺の舌打ちにハッとしたように離れようとするので俺も反射的に抱きしめる。



ギューーッ……


 モフモフも良かったが、やっぱ"おぱい"は破壊力が違うな……。



ジトォーッ……



 ここまで俺を連れてきてくれた『リッカ』からの軽蔑の視線がなんだか、なんだかこそばゆい。


――妾に"名前"をつけて欲しいの。


 名前がないなら確かに不便だろうと、どっかの国で雪とかの意味を持つ『リッカ』という名前をつけた。


 なんか妖狐のまま顔を染めていた気もしないでもないが、俺の下心丸出しの顔を見てるのが、ケモ耳幼女の姿じゃなくてよかったと心から思う。



「……旦那様。本当に申し訳ありませんでした」



 アリスは俺に抱きつきながら謝罪を繰り返す。


 これはかなり心配をかけたと見て、まず間違いないだろう。


(探してないわけじゃなかったんだな……。はぁ〜……よかった……)


 俺は小心者で寂しがり屋で、まともに人間関係を築けた試しがない。妻になった聖女に嫌われ……ってか、これはもう好きだろ?


 ついに俺にも、人生で3回は訪れるという"モテ期"が!?

 


「……ハ、ハハッ……。なんだよ、アリス! そんなに寂しかったのか?」


「……はい」


「……え、あ、ハハッ! ……そ、そんなに俺が好きなのか?」


「……」


 は、はい! 調子乗りました!

 紛らわしいんだよ! なんだよ! ふざけろよ!


「……あ、いや、」


 沈黙に耐えられず、冗談という事にしようと口を開いた俺の言葉を遮ったのは、ギュッと回している腕に力を込めたアリス。


「……?」


「……心からお慕いしております……」


「……えっ? なに?」


「心からお慕いしております、旦那様……」


 アリスはそう呟くと、俺の胸にコツンとおでこをつけた。



バクンッ!!



 アリスの言葉に雷に打たれたような衝撃が襲う。


 聞き間違いかと、胸の中にいるアリスを確認するが、表情は確認できない。


 けど……、耳まで真っ赤になって……?

 むぎゅーッてされて!?!?


 あ、会えない時間が愛を育むとか、なんかそんなのあった気がする!!


 こ、これは……、ほぼ確定だろ!?

 いいだろ!? もう"無理矢理"にはならないだろ!?


 つ、ついに、俺も大人の階段登る!!

 なんて答える? いま、なんて言えばいい?!


 エ、エール……!! エールが足りない!!


 俺をここまで狼狽えさせるとは、流石は俺の嫁にして俺から平穏を奪った"聖女様"だ。



「え、あ、う、そ、そうなんだ……。エ、エ、エ、エールを飲む!! さっさと片付けて、俺はエールを飲む! や、"約束"は覚えてるな? アリス」


「……はぃ」


「か、か、覚悟しろよ!」


 

コクッ……



 俺の胸の中で小さく頷くアリス。


 あぁ。神よ。

 世界はなんと美しい……!!


 未だにジトォーッとこちらを見つめているリッカに苦笑しながらも声をかける。



「リッカ……、俺の妻とあそこのバカみたいに叫んでいる爺さんを守っておいてくれ!」


「……わかったの。"約束"は守ってくれるの?」


「ああ! "約束"したからな!」


 追加の約束。


――妾を"使い魔"にして欲しいの。


 『ここに連れて来て貰う』事と引き換えに、1つの"約束"をしたが、それは俺にとっても有益なものだ。


 なんせリッカは"氷の化身"。


 外にいたとしてもエールを冷やす事もできるし、モフモフのベッドで眠る事もできる。


 戦闘をした感じ、《時間縮小(タイム・シュリンク)》を使用してしまうほどの実力も持っているし、俺の怠惰に一役買ってくれるのは間違いない。



「……"主様(あるじさま)"、だらしない顔なの」


「……バ、バカめ! 俺は顔だけが取り柄の男だぞ! だらしない顔なんてするはずがないだろ!?」


 アリスからパッと離れ、クルッと背を向ける。

 アリスの顔を見たいが、今の俺の顔は見せたくない。



「じゃ、じゃあ、行ってくるから。そこの"九尾"は俺の"ベッド"にした。敵じゃないから、安心しろ」


「……はい」



ピキピキッビキッ!!



 リッカはランドルフが転がってる地面に氷を盛り上がらせ、スルスルとこちらに滑らせる。


「冷ッ、あ、な、なんじゃ!? 見えん! 何も見え……、ワ、ワシ、滑っとるぅう!?」



ガッ……



 滑ってきたランドルフを足で止め、先程、目を塞いでいたローブを取ってやる。



「ランドルフ。まぁ、とにかく、アレだ……。悪かったな、はぐれて……」


「……フォッフォッ!! 顔が真っ赤じゃぞい? 何かあった、」


「うるさい! もう一度視界を塞ぐぞ!?」


「それはやめておくれ! ……それにしても、アードが謝罪するとはのぉ! ガーフィールよりも、素直で可愛らしいではないか!」


「ふざけろ……。まぁゆっくり休め。"仕事"はきっちりしてやるから」


「この老いぼれの目に焼き付けさせてくれ! あわよくば、『師匠』と呼ばせておくれ!!」


「まだ言ってるのか……。ってか、お前、目がバッキバキすぎるぞ……? 本当に大丈夫か?」


「大丈夫じゃ! 30年ぶりの魔力枯渇でも信じられんほど元気なんじゃ」


「あ、そう……」



 ギンギンのランドルフの目にドン引きしながら、チラリとグリムゼードを見やる。


「我が……、我があのような"ザコ"に……」


 呻きながら"何やら"自問している。

 雰囲気というか、オーラというか……、正直、俺の"1番嫌い"なタイプだ。



――クフッ。まだ小蝿(コバエ)が残ってましたか?


 『アイツら』の同じ気配。

 悪意と暴力を垂れ流す苛立ちの種。

 おそらく人の不幸に嬉々とするような輩だろう。

 

(まぁ……"終わった事"はどうでもいい……。お前を屠る理由なんて……『さっさとエールが飲みたい』で充分だ)


 やっぱり、ロクな事にならない。

 封印したはずの"過去"がよぎっては気が滅入る。


 いや、そんな事より!!


 濃厚キ……いや、『初めて』!!

 キンッキンに冷えたエールとシルフィーナの笑顔!

 ガーフィールのつまみに、露天風呂!!

 "モフモフベッド"に"ふわふわおっぱい"!!


 俺は帰った後の『楽しみ』を指折り数え、こちらをチラチラと見つめながら、ぶっすぅーとしているカレンに視線を向ける。



「カレン! トドメはお前が刺せよ! 俺が『魔将王の1人を討伐した』なんて、死んでもごめんだからな!」


「アード様は侯爵、」


「バカめ! "お前を"嫁にするために貴族になってたまるか!!」


 カレンは更に口を尖らせる。


「……ぼ、僕、も、もう動けないよ」


 チラチラと俺を見ては、わざとらしく「はぁ〜もう、ピクリとも動けないよ……」などと項垂れるカレンに俺は口角を吊り上げる。



「……トドメをさしたら"いい事"してやる」


「……!! ぼ、僕に任せてよ!! ハハッ……」


 ヨダレを垂らしながら、すぐに立ち上がったカレンのチョロさ。勝手に自己変換して無茶苦茶な事を考えているんだろうが、"勇者"にとっての"いい事"なんて、



キュオオオオオオオン!!



 俺の"飲み友達"を半殺しにして、俺の"妻"を泣かせた、コイツの討伐の"お膳立て"以上には存在しないはずだ。



ゴボォウッ!!



 グリゼードはまた、バカでかい咆哮を上げた後、斬られた鉤爪を魔力で復元する。


「貴様だけは……、貴様だけは、何に代えても屠ってくれる……!」


 低く威圧的な言葉に「ふっ」と小さく笑みをこぼす。雰囲気強すぎて、聞き取りづらいんだ、バカめ。


「……行くぞ! カレン!」


「任せて! アード様!!」


 《地面縮小(アース・シュリンク)》と《空中縮小(スカイ・シュリンク)》を併用しながら、"鳥頭の獅子"へと向かった。

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