第36話 〜劣勢と到着〜




【side:アリステラ】




―――88階層 勇者パーティーvsグリムゼード




ガキンッ! ガキンッ!



 剣戟の音に目を覚ました私は目の前の光景に絶句する。




ボタボタボタッ……



 ランドルフは膝を突き、激しく出血する腹部を抑えながら片手で魔法を操ってカレンを援護している。



ガキンッ! ガキンッ!!



 カレンは無数のすり傷を負いながらも、背中に追従させている聖剣を頻繁に持ち替えては、攻撃の手を緩めていない。



 しかし……、



「クハハハッ!! この程度か! ……この程度で我を討てると勘違いするなど笑わせてくれる!!」



ドガッ!!



 グリムゼードは"漆黒の鉤爪"で難なく処理する。


 カレンは防御系の聖剣でなんとか防いではいるが、ダメージはかなり蓄積されているようだ。



「カレン! ランドルフ! 申し訳ありません! すぐに!」



 "生命力"を代償に、魔力を強制的に創出する"緊急用"の《等価交換》を展開しようとするが、



「ダメだ、アリス!! 待ってて! ようやく"見えるように"なって来たんだ!」

「そうじゃ! ゆっくり"練れ"! 必要ない! 大丈夫じゃ! ワシはまだ死ぬ気はないぞい!!」



 カレンとランドルフは、ほぼ同時に叫んだ。



ガキンッ、クルッ、シュッ!!



 カレンは最速の聖剣"神威(カムイ)"で距離を詰めると、氷華(ヒョウカ)を宙に投げ、幻影の聖剣"陽炎(カゲロウ)"をよこなぎに振るう。



「小ざかしい!!」



 グリムゼードは《部分獣化》した漆黒の鉤爪で、カレンの《幻影聖火》を勢いよく払い、暴風と斬撃を生み出すが、カレンは至近距離でスルリと躱す。



 すると……、


グザッ!


 グリムゼードの足に突如として現れた、陽炎(カゲロウ)の剣先が突き刺さる。



「ククッ、褒めてや、」



 グリムゼードがニヤッと余裕の笑みを浮かべ嘲笑した、その次の瞬間に、



ギュルルルッ!!



 ランドルフが放った、「火・水・風・土」の四大属性が混じり合った8匹の《四大蛇(フォーススネイク)》《大蛇(オロチ)》が、グリムゼードの足元から這い上がり、強く拘束する。




クルクルクルクル……パシッ!!



 カレンは先程、宙に投げていた氷華(ヒョウカ)を掴み、




グザンッ!!!!



「《氷天華(ヒョウテンカ)》《零度》!!」

「《無限水牢(エンドレス・ウォータープリズン)》!!」



ブオッワッ……ピキピキッピキピキッビキ!!



 ランドルフの大量の水牢も纏めて凍らせて氷山を築く。



「終わりだ!! グリムゼード!!」



 カレンは、即座に聖剣"グラム"に持ち替え、



「《天牙聖光(テンガセイコウ)》!」



スゥウウ……ブゴォオオオ!!



 9本の光がグリムゼードを包み込み、巨大な聖光(セイコウ)を放ち、ダンジョンに強烈な光を生み出しながら、氷山を打ち抜いた。




サァー……



 凄まじい轟音の後、砂煙が視界を塞ぐ。



「ハァ、ハァ、ハァ……」

「ふぅ……ふぅ……ふぅ……」



 私はただ、圧倒された。


 これまでとは、見違えるようなカレンとランドルフの連携。カレンの急成長と、さらに繊細に魔力をコントロールできるようになっているランドルフの魔法……。



――宝の持ち腐れだぞ、カレン。

――無駄使いするなと言ってるだろ? ランドルフ。



(……旦那様……)



 何が"女神の化身"だ……。

 私は、……私だけが、何も変わってない……。

 

 目の前で成長を遂げた"勇者"と"賢者"。



「ゴボッ! ゴボッ……」


「ランドルフ! すぐに治癒致します!」


「"それ"は必要ない! そこでジッとしておればよい!! カレン! 時間がないぞい?!」


「……う、嘘でしょ……? 僕は……、僕は……!! 僕の"負け"なの……?」




ズワァア……



 地を這うドス黒い魔力が砂煙から流れる。



パチッパチッ……パチッパチッ……



 手を叩く音が聞こえると、



バサッ!!!!



 漆黒の羽が強風を巻き起こし砂煙を払う。



「素晴らしいぞ! 《超回復》を使用したのは、893年ぶり……、《完全獣化》するのは……、2917年ぶりだ!!」



キュォオオオン!!!!


 咆哮を上げたのは、18m前後の聖獣"グリフォン"。


 大鷲の上半身には金と黒の羽毛。白い獅子の胴体に漆黒の鉤爪が4つ。尻尾は白い大蛇へと姿を変えた。



「……もう"役者は揃う"! 貴様だけは先に逝け!! "老いぼれ"!!」



 グリムゼードの低く重い声で不可解な言葉を放つと、



ドガッ!!



 ランドルフに向かって猛スピードでかけていく。



――迷うな、焦るな、躊躇するな。



 今、私が捧げられるのは……、"命"だけ。


 あぁ……旦那様と口づけしたかったです。

 あの目の眩むような幸福をもっと……。


 ふふっ……、"完璧な聖女"の仮面など、『恋するアリステラ』が叩き割ってしまいましたね……。


 ですが……、私は不完全でも……"聖女"。

 この命に代えても……



「……《聖命(セイメイ)……、」



 疲弊し切っている2人は悔しそうに苦い顔を浮かべており、「命を代償に封印するしかない」と《聖命牢獄》を発動せようとしたが……、




ピキピキッ……ピキピキッ……



 背後から耳に届いた"不可解な音"にバッと振り返る。


 魔力切れの私には感知出来なかった。


 そこには9本の尾を持つ真っ白の妖狐が凄まじい冷気を放ちながら、周囲を凍らせ駆けてくる。



(……なっ! いえ!! まずはランドルフを!!)



 そのあまりの美しさにほんの一瞬、思考を放棄してしまうが、すぐに思考を再開させグリムゼードに視線を戻すと、




グザンッ!!



 伸ばした漆黒の鉤爪が、"抉り斬られる"所だった。



「ぐぁあああああ!!!!」


 

 グリムゼードの悲鳴が響き渡る。



「ぁ、ああ……我の、我の"爪"がッ!! クソ! クソォオオオオ!! なんだ? 今の"魔法"は!? どのようにして、あの距離を一瞬で……!!」



 フラフラと後退りながらボタボタッと血を流し、悲痛の顔を浮かべるグリムゼードのその前には……、


「……旦那様……」


 少し長めの黒髪を揺らし、"漆黒のモヤ"を纏わせた"黒刀"を持つ、私の旦那様が立っていた。



(……ま、まるで……絵画のようです)



 薄暗いはずのダンジョンには、カレンが自ら砕いた氷華(ヒョウカ)の氷が壁中に突き刺さり、松明の光を反射させて、煌々と照らしている。


 その中で微かに肩を震わせながら凛と佇む、"漆黒の剣士と巨悪のグリフォン"……。


 "英雄譚"の表紙のような素晴らしく勇ましい姿。



「……う、うっ……旦那様……」



 つい先程、"死"を覚悟していた私は救われた。


 今、私の顔は無表情ですか?


 これほどまでに胸を締め付けられ、これほどまでに心が震えている私は……、今どのような顔をしておりますか?


 仄かに赤く染まった頬に涙を走らせ、どうしようもなく、あなた様を愛していると顔に書いているのではないでしょうか……?



 心の中で旦那様に問いかけると、



クルッ……



 旦那様は振り返り、私たち3人の顔を見渡すが、その表情はあまりに予想外の物。



「……な、なんで早く見つけてくれなかったんだよぉおお!! 寂しくて、暗くて……、『あの時』みたいに、当分、ダンジョンから出れないんじゃないかって泣きそうだったんだからなぁ!!」



 小さく尖らせた唇に皺を寄せる眉間。

 少し潤んだ漆黒の瞳はとても可愛らしく、心臓がキュウッと音を立てる。



「ア、アード。ワシ、こんなギリギリで助けられたら惚れちゃうぞい?」


「ふざけろ! 可愛くないんだよ!」


「ア、アード様!! 僕、頑張ったんだよ! アード様が来るまでに屠れなかったけど、キスはしてくれるよね? "賭け"は『僕の負け』だけど、それでいいよね?」


「俺が、いつ、そんな"賭け"をした! バカ勇者!!」



 旦那様の到着に、一瞬でいつも通りの"おバカさん"に戻ってしまった、『私たち3人』。


 すぐそばにグリムゼードがまだ健在。


 背後には9本の尾を持つ妖狐が……。それなのに旦那様から目が離せない。すぐにでも駆け寄り飛びついてしまいたい。


 

「あぁああああ!! "間に合わなかった"ぁあ!! ごめんなさぁい! 僕がグリムゼードを屠って、1番に見つけて、"子作り"する予定だったのにぃ!!」


 カレンは明らかに安堵したようにペタンッと座り込んで叫ぶ。


「……ワ、ワシ、もう全部使うぞい? ええの? ええな? もう、ええのぉ!? この"一戦"だけは見逃せんのじゃ!! 《超回復(ヒーリア)》!!」



ポワァア……



 自分の腹部に手を当て、ドサッと倒れ込んだランドルフだけど……、



「クソ賢者! 何、目だけバッキバキにさせてるんだ!! 何、勝手に決めてる! 働けよ!!」



 旦那様は賢者のローブを顔にかけてランドルフの目を塞ぐ。


「ちょ、アード! それ、やめて! いや! それ、いやじゃあ! う、動けんのじゃ! 見えん! 見えんぞい!?」


「ハハハッ、バカめ!」


 旦那様は楽しそうに微笑むと、未だに叫ぶランドルフを無視して、


 

バチッ……



 綺麗な漆黒の瞳が私を射抜く。



「ふっ……、俺の"妻"を泣かした大罪人はどこだ?」


「……旦那様……」




パッパッパッ……!! ガバッ!!



 旦那様は"瞬間移動"を3度繰り返し、私の前に現れると、私を包み込んで下さった。


 ランドルフは先程の場所に放置され、「ちょ、アード! せめてそちらを見せてくれんかのぉ!!」などと叫び、カレンは「あぁあ!! 僕の『誉めて貰おう大作戦』がぁ……」などと嘆いている。



 旦那様のいい香りに包まれ、密着している胸の心臓が旦那様に伝わってしまうのでは?と恥ずかしくなる。


 尋常ではない心拍数、込み上がる顔の熱。


 でも……、



ギュッ……



 あまりの幸福感と安堵に、私も旦那様に腕を回して縋るように抱きしめた。




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