第35話 〜グリムゼードの憤怒〜
―――100階層 猛獣城「玉間」
(……"コレ"は何の冗談なのだ……?)
一瞬で《視覚共有》を発動させる隙もなく、プツリと断たれたフーリンとポグバとの回路。
数100年の年月を掛けて、あらゆる種族から強者を選出して築き上げた"堕獣(ダシュウ)達"が消えていく。
《支配の魔眼》で屈服させ、《強制獣化》で意志を持たない"殺戮獣"を作り続けて来た。
――殺してくれ。
――嫌だ。同族を殺したくない!
――殺して……、殺して! いやぁあ!!
無理矢理、「殺してくれ」と懇願する者達を獣にして来た。
全ては最終決戦(ラグナロク)で勝利するため。
自分こそが"魔王"となり、全てを手に入れるため。
ビキビキビキッ……
グリムゼードは、憤怒を抑える事が出来ず魔力を解放すると、築いた城にヒビが入る。
「……"アード"……。クラマのヤツも何をしている?」
"手を抜いた"戦闘を行ったと判断したグリムゼードの憤怒は、"憎き相手"と一緒に行動を共にしている様子のクラマにも飛び火した。
――あの"クソトカゲ"を妾が屠ってくれる……。協力しろ! 妾に"平穏"を寄越せ! ……そうすれば"力"を貸してやる。
人間の亡骸を抱えていた"冷気を纏う妖狐"の姿が頭の中によぎるが、
(歯向かうなら、貴様もろとも……!)
伝説の邪竜アジダハの残滓を"喰らった"グリムゼードはクラマも敵であると認識する。
(だが、まずは……、)
"理解出来ない人間"。
数100年の時間を"無"に還した人間。
ロウの《視覚共有》で見た、アードの容姿を思い返し、さらに憤怒を爆発させる。
「ク、クソッ……、クソッ!!」
バキバキバキッ!!
城は崩れていく中、グリムゼードは思案し続けた。
『ただ殺すだけでは生温い』
どうすれば、"アード"を苦しめられるのか?
どうすれば、"アード"を絶望させられるのか?
何を見れば、自分自身の"気が済む"のか……?
どうすれば、数100年の月日の代償を与えられるのか?
長い年月を生きるグリムゼード。
人間の苦しめ方は重々、承知している。
――頼む。もうやめてくれ……。頼む……。お願いだ……。
過去の記憶をひっぱり出し、すべき事を決めたグリムゼードは、ニヤァッと悍(おぞ)ましい笑みを浮かべる。
「……"勇者共"を犯し、奪い、皆殺しにすれば……」
カレン達を"持ち駒"にして、最終決戦(ラグナロク)の戦力にしようと考えていたグリムゼードだが、"そんな事"よりも、
「魔力もろくに持たない"ザコ"が、我に歯向かうなど……、決して許される事ではないのだ……」
アードへの憤怒と憎悪が勝(まさ)っている。
グリムゼードはゆっくりと玉座から立ち上がると、このダンジョンの"核(コア)"に手を伸ばす。
ズズズッ……
魔力を込めながら、カレン、ランドルフ、そして、アリステラの魔力を感知し、
「……『88』」
小さく呟いた。
※※※※※【88階層】
モアァア……
尋常ではない魔力。
それは感知せずとも肌を刺した。
「……『グリムゼード』じゃ!!」
ランドルフは理解すると同時に、
「《無限風刃(エンドレス・フウジン)》!!」
ズワァアッ!
"現れた個体"を風の球体で包み込み、その中に無数とも呼べる圧縮した風の刃を走らせた。
「……2人とも、魔力はどう!? 《聖剣召喚》!!」
ズザズザズザッ!!
カレンはランドルフとアリステラに問いかけながら、8本の聖剣を召喚し、
「《追従》……」
多種多様の聖剣を背中に浮遊させた。
「私の魔力は期待できません。"これ"で、全てです……。……《聖域展開》」
ポワァア……ドサッ……
アリステラは即座にカレンとランドルフに"聖女の加護"で領域内での2人の戦闘力を上昇させてから、その場に倒れた。
――戦闘中は"迷うな、焦るな、躊躇するな"。最善だと思ったら、考えずに行動しろ。
3人はアードの"教え"を体現した。アードが伝えたのは、"コレ"だけだった。
3人の決断の速さと対応力は完璧だったが、
ズワァア……
風の球体の中から、ドス黒い魔力がもれ始めたのを視認する。
「やれやれ……。《魔力庫解放》……」
ランドルフはアリステラの前に立ち、これまで貯蓄した全ての魔力を解放する。
「カレン! 2人で討つぞい!!」
"聖女"の脱落は致命傷。
ランドルフは回復系の魔法も出来るが、聖魔力のアリステラに比べれば遠く及ばない。それなのに、消費量が激しすぎるため、ここは温存を選択した。
早すぎるダンジョン攻略。
アードが居てくれる安心感と早すぎるダンジョン攻略。無駄に消費しすぎた、序盤の戦闘で魔力回復薬は既に使い切っていた。
「……僕は死ぬわけにはいかない。アリスを死なせるわけにもいかない」
「ワシもじゃ! まだ"解き明かして"おらんからのぉ……!」
2人の頭には同じ人物が浮かび上がる。
「……ハハッ! 終わったらアード様にキスして貰おう! アリスも寝てるし、それくらいいいよね?」
「フォフォッ! 黙っておいてやるわい! "生きて"おれたらのぉ! ……カレンッ!!!!」
ランドルフの叫びの前に、カレンは1本の聖剣を手に取った。
選んだのは刀型の"最速の聖剣"。
風の球体が魔力に弾かれ、"グリムゼード"が姿を現した瞬間に、
「《聖天の霹靂》!!」
ガキンッ!!
首を目がけて聖剣を振るうが、巨大な漆黒の翼で身体を覆ったグリムゼードに受け止められる。
「邪魔だ……」
ドガッ!!
カレンは漆黒の猛禽類の鉤爪に殴り飛ばされ、ダンジョンの壁に背中を打ち付けるが、咄嗟に追従させていた防御系の聖剣"リジル"を間に挟んでいた。
ツゥーッ……
しかし口から血が流れ、カレンはギリッと歯軋りをする。
「"お前は"まだ殺しはしない。"アヤツの前"で犯してやるから待っていろ……。まずはお前だ……、老いぼれ賢者……」
漆黒の翼からかすかに覗いている金色の瞳が怪しく光り、ランドルフを見つめた。
◇
パチッ……
アードは突如として"上"に現れた『悪意』に目を覚ました。寝顔を見つめていたクラマは慌てて視線を外す。
「……グリムゼードが動いたの」
クラマの言葉を受け、アードは「ふっ」と小さく笑い、
「やっとエールが飲めるな……」
小さく呟いたが、口元の笑みとは対象的にアードの漆黒の瞳は鋭く、クラマはブルッと身震いした。
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