第34話 〜シルフィーナとガーフィール〜




―――辺境都市"ルフ" 酒場「ラフィール」




「パパ。稽古をつけて欲しいんだけど?」



 仕込みを終え、店を開けるまでの1時間。

 シルフィーナの言葉は今日で"5日目"だ。



――冒険者なんて絶対に許さないからな!



 初日は頭ごなしに叱りつけたガーフィール。

 愛娘に危険な仕事をさせるわけにはいかない。


 『シルフをお願いね? あなた……』


 ガーフィールにあったのは亡き妻との約束だけだった。



 それなのに……、



「……"ラフィ"」



 思わず口から溢れてしまった。


 ガーフィールは今日のシルフィーナの服装と装備に視界を滲ませる。



 "柔双(ジュウソウ)の剣姫"。



 自分が愛した女に瓜二つの佇まいに、様々な記憶が駆け巡っては胸を締め付けられ、自分に似た頑固そうな瞳がガーフィールを射抜く。



 とても戦闘向きとは呼べないスキル【追憶】。



 全ての攻撃を受け流すスキルである【柔剣】とはまるで違うのはわかっているが、纏っている"空気感"と血が滲んでいる両手の包帯に、ガーフィールは押し黙る事しか出来なかった。



「パパ。お願い……。ウチ、強くなるの」



 ガーフィールは「強くなりたい」ではなく、「強くなる」と言う娘に短く息を吐き、堪らず視線を逸らして心を落ち着けて向き直る。



「……アードが原因か?」


「……うん」



 どこまでも真っ直ぐの瞳。


 17歳のシルフィーナがこれから必死に努力したとして、勇者パーティーと同等の力を身につける事は難しい。


 選ばれるには選ばれるだけの素養と力がある。


 この世界はそんなに甘くはない。


 たとえ嫌われたとしても現実を教えるのが……、



「シルフ……。こんな事は言いたくないが、」


「じゃあ、言わないで? 聞いたところで、ウチはもう決めたの」


「……」


「きっと辿り着いてみせる。もう待つだけは嫌……。だって……、1日、顔を見ないだけで寝れなくなっちゃうの」


「……俺は……、俺はな、シルフ……。旦那が帰ってくるかどうか心配で夜も眠れないような毎日を……、お前が毎晩、泣くような日々を過ごさせるわけにはいかねぇ! 時間が経てば忘れられる。……ずっと側に居てくれるいい男を見つけろ……」


「パパはママを忘れられたの……?」


「……と、とにかく、」


「パパ……、ウチがアード君の側に居られる女になればいいんだよ」


「そ、そんな事、」


「ウチにはできる。だってウチは……、パパとママの娘だよ?」



 凛とした表情で、一切目を逸らす事なくシルフィーナは言い切った。



 その姿にガーフィールの頭には数々の記憶が蘇る。



――パパ……、ママは……?



 母が死んで泣きじゃくる娘。

 毎晩、必死に自分にしがみついて泣き疲れて眠る娘。

 いつも2人で支え合って、生きてきた娘。



――ほら! 早く準備しよう! パパの料理はとっても美味しいんだから、大丈夫だよ!



 うまくいかない事ばかりの経営。

 そんな自分を支えてくれたのは、どんな時でも笑顔を絶やさなかった愛娘。


 親の自分から見ても、とてもいい子に育ってくれた大切な、大切な娘。


 "初めて"の姿が、今まさに、目の前にあった。


(い、いつの間に……、こんなに、大きく……"強く"、なりやがった……)



 ガーフィールは娘の成長に込み上がる涙を抑えられなかった。


 甘えていたのは自分だ。

 縛り付けていたのは……、娘の"1番の幸せ"を奪ったのは自分だ。


 アードの力を認めているからこそ、"別次元"の世界を生きてる事を理解できる。アードはいつかきっと、『巻き込まれる』。いや、もう『巻き込まれた』……。



 「寂しくなるが、これでよかったんだ」



 ガーフィールは勇者パーティーに加入したアードが、本来の力を発揮できる場所を手にしたことをそう考えた。



 しかし……、



(すまねぇな……ラフィ……。シルフ……)



 なによりも大切で、なによりも願っていた娘の"1番の幸せ"から、見て見ぬフリをしていたのが自分だと、やっと気づけた。



――"ウチの国"では『可愛い子には旅をさせろ』って言うのよ? ふふふっ……、いまからそんなに溺愛してたらシルフがかわいそう!



 シルフィーナが産まれたばかりの頃の、妻の何気ない一言がガーフィールの頭に蘇る。


(年はとりたくねぇもんだ……)


 頭が固くなってしまって仕方ない。


(……『ついて行く』か……。我が娘ながら無茶苦茶だ)


 考えてもみなかった可能性も、提示されればシンプルだ。


(……ふっ……、そうさ。きっとできる。シルフは俺とお前の娘だもんな……)



 心の中で天国にいる妻に声をかけると、



ガシッ……



 ガーフィールはシルフィーナの頭に大きな手を置いた。



「じゃあ……、グダグダやってる暇はねぇな」


 ガーフィールは潤んだ瞳のままニカッと笑い、シルフィーナはその笑顔に飛びついた。


「パパ!! ありがとう!」


「……すまなかったな」


「ん? なに? じゃあ、早く見てみて?! 【柔剣】は一通りマスターしたと思うんだけど、実践で試してみたいんだぁ!!」



 弾ける笑顔で屈託なく笑う娘の言葉。



「……そ、そんなわけあるかぁ!! 庭で見てやる! 行くぞ!」


 

 "あり得ない発言"にガーフィールは苦笑しながらも、(もし、事実なら……?)などと、【追憶】の可能性に少し身震いして立ち止まると、



「ねぇ! パパ! ウチ、ママより綺麗?」



 トコトコと先を歩き、クルリと回るシルフィーナ。


「カッカッカッ! ラフィよりいい女はいねぇが、まぁ2番目くらいには綺麗なんじゃねぇか?」


「ふふっ! そっか!! ……ありがとう! ほら、早く行こう?」

 


 ガーフィールはシルフィーナの背中を見つめながら、アードが初めて店を訪れた時の事を思い出していた。




〜〜〜〜〜



「ハハッ! 『英雄』になれる? 俺なら『多くを救える』? 俺はDランク冒険者だぞ?」



 "神の子"との邂逅。


 ガーフィールは興奮のままにアードを囃し立てた。

 多くを見てきたガーフィールは柄にもなく、アードに眠っている可能性について賞賛し続けたのだ。



 そんなガーフィールにアードは呆れたように笑い、酒にほのかに頬を染めて口を開く。



「【縮小】を笑わなかった礼だ。俺の中の"絶対のルール"を教えてやるよ!」


「なんだよ? お前ほどの男の"絶対のルール"……」


「『"大事なヤツ"と"約束"だけは、死んでも守る』。それだけだ」


 アードの言葉にガーフィールは押し黙る。


「あっ! ……まぁシラフで覚えてる時の約束だけ……。あとエールは欠かせない! 美人も好きだ! とりわけ、今はお前の娘にメロメロだ! これは恋だろ? どうなんだ『パパ』!!」


 そう続けてニヤリと笑い、エールをあおるアード。


「ふ、ふ、ふざっけんじゃねぇ!! やっぱり、お前みたいなヤツが英雄になるなんて絶対無理だ! 少し誉めてやったら……クソッ! ……お、お前は出禁だ、バカやろう!」


「……ハハハッ!! そうさ! 俺に"英雄"なんて、絶対無理だし、こっちから願い下げだ! よし! この店、気に入った! よろしくな、"ガーフィール"!」



 豪快に笑ったアードに釣られてガーフィールも笑ったのだった。



〜〜〜〜〜



(なぁ、アード……。シルフはお前にとって『大事なヤツ』なんだろうな? ……今、どうしてる? さっさと帰ってこいよ)



 ガーフィールは鼻歌混じりに歩くシルフィーナの背中を見つめながらアードに声をかけ、深く息を吐きながら頬を緩めた。



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