第33話 vs.白氷の妖狐
―――92階層
「こ、来ないでなの! 嫌なの! き、気味が悪いの!!」
そう叫んでは無数の氷の槍を飛ばしてくるケモ耳幼女に、俺は少なからずダメージを負っていた。
(……そ、そんなに言わなくていいじゃん)
《地面縮小(アース・シュリンク)》で躱しながら、《空間縮小(スペース・シュリンク)》で抉り取る。
身体的なダメージはゼロだが、可愛い幼女に拒絶されるのは"心"に来る物がある。
……ぜ、絶対泣かしてやるからな!!
あのふわふわの尻尾で寝てやる!
会った時から目をつけてたんだ。
年齢的にセーフなら好きに欲をぶつけてやる!
俺は半ば逆ギレしながら、氷の魔法を処理し続け、"好機"をまだか、まだかと伺う。
「わ、妾の魔力を返すの! こんなの反則なの!!」
ピキピキッ! ピキピキッ!!
俺が《空間縮小(スペース・シュリンク)》で抉り取るたびに、頬を膨らませる幼女に首を傾げながら、俺は氷を放つ度に揺れる胸を見つめる。
"かなり童顔なババア"なんだから問題ないはずなんだが、自分がいけない事をしている気分になるから不思議だ。
プルンッ……タユンッ……
浴衣から溢れそうで溢れない豊満な胸。
そう……、俺は好機(ラッキー)を伺っている。
「……な、何なの!? 何でなの!? "人間"が生きてられる気候じゃないの! "ロックス"が邪魔なの!! 《氷雨(ヒサメ)》!!」
幼女は目一杯に両手を上げ、勢いよくその手を振り下ろす……、
プルンッ!!
「……ふ、ふぅ……、ミ、ミ、ミッション完了……」
不慮の事故だ。浮気じゃない。
浮気じゃないんだよ、アリス……。
バカな弁明をする俺の頭上から、
ザァザァザァザァッ!!
轟音と共に、氷の雨が降ってくる。
《空間縮小(スペース・シュリンク)》で処理していると、ただならぬ気配にゾクッとする。
ブワッ!!
視界の端に"9本の尾を持つ狐"がいた。
「……《天牢氷獄(テンロウヒョウゴク)》」
「《時間縮小(タイム・シュリンク)》、"1秒"……」
1秒間、"自分の過ごした時間"を縮小(シュリンク)すると、目の前には驚嘆する幼女が手をあげる瞬間だ。
「おい!! 胸が見えそうだぞ!!」
俺が叫ぶと幼女は慌てて胸を隠し、キッと俺を睨むと、
「《氷雨(ヒサメ)》!!」
また先程と同じ技を放った。
今更隠した所で俺の頭には綺麗な胸が焼き付いてる。胸を隠す動作を挟ませる事で難なく"2秒"を確保。
遊びはここまでだな……。
氷の雨が降り注ぐ前に《地面縮小(アース・シュリンク)》を2度繰り返し、最短最速で『狐化』しようとしている幼女の目の前に立ち、
ポンッ……
頭に手を置いた。
「《天牢……、」
白銀の瞳が縦に変化した幼女は大きく目を見開く。
「《魔力縮小(マナ・シュリンク)》」
俺は幼女の魔力を強制的に限りなくゼロにした。
すると……、
ズワッ……!!
目の前には3mほどの狐が姿を現し、
「「…………」」
見つめ合う"俺と1匹"は沈黙した。
な、何で、『狐化』してんだよ!!
こ、このままじゃ、パクッと食べられ……、ん? 泣いて……?
「……み、見ないでなの!!」
「……はぁっ?」
キュゥウンッ……
狐化した幼女は可愛らしい鳴き声をあげて、地面に伏せをしてバッキバキの爪の生えた両手?で顔を隠した。
ふわふわの汚れ一つない毛並み。
まるで足跡のついていない雪原。
手にはもふもふの感触が残っている。
目の前には巨大化した9本の尻尾。
つまり……俺がすべき事は、
「よいしょ……よいしょ……」
9本の尻尾の感触に頬を緩めながら、必死になって隙間なく並べる。
「……な、なんなの!? み、見ないでなの! は、早く、屠ってなの!!」
「はっ? 屠るわけないだろ? "品質"に何かあったらどうする気だ!!」
「……ふぇ?」
「な、何かあったら起こしていいから! 魔物から守ってやるし、ダンジョンからは出してやるから、安心しろ!!」
「……なっ、何でなの……?」
「ん? "約束"しただろ? じゃあ、おやすみ!」
モフッ……
あ、あぁ……。し、死んでもいい……!!
もふ……もふ……。さ、さいこ……う……
俺は秒で意識を手放した。
※※※※※【side:クラマ】
スヤァー……
な、なんなの。何なの……? 何なの!?
『人型』を保つ事が出来なくなった妾。
自分の中の魔力が、パッと消え、急に全身の力が入らなくなった。生まれてこの方、尽きる事のなかった妾の魔力。
また"初めて"を奪われたの……。
妾の9本の尻尾の上でスヤスヤと笑みを浮かべてる整った寝顔と懐かしい重みと忘れかけてた温もり。
何で屠らなかったの……?
手を引かれながら戦闘を見ていただけに、その疑問が消える事はない。"何でも知っている"妾が理解出来ない"人間"。
不思議なの。妾の魔力は彼に"飲み込まれた"わけじゃないの。また別の力が働いているみたいなの……。
氷を創造した魔力は喰われていた。"人型分"の魔力も注ぎ込んで発動させる、《天牢氷獄(テンロウヒョウゴク)》。
"あの街"の時間の全てを"冷凍保存"した妾の必殺は発動させる事すら許されなかった。
手を置かれた頭が熱いの……。
"災いの権化"、"不吉の象徴"、"醜い妖狐"
色々な呼ばれ方をして来た。
「「「殺せ! 殺せ! 殺せ!!」」」
さまざまな殺意を向けられて来た。
――クラマ様の毛並みは美しいの……。
『生贄』として差し出された幼女は妾を救ってくれた。人間の中には、"嫌悪"以外の感情があることを教えてくれた。
("ユキノ"……教えて欲しいの……。"この人"、何を考えているの?)
スヤァー……
綺麗に整った寝顔には、少し下品な笑顔とヨダレ。
妾の『九尾化』を見て、"恐れ"と"嫌悪"を抱かなかった"2人目"の人間は、何を考え、何を重んじるのかわからない不思議な生物だった。
あまりにも"異形"で、あまりにも"異端"。
おおよそ"人間"の範疇を超えている『人間』。
――"約束"しただろ?
余裕綽々の笑顔が眩しい。
これほどまでに、"ただの獣人"として扱われた事は……。考えるまでもない。
君はいくつの"初めて"を奪うの……?
妾の求める『平穏』が君の側なんじゃないか?って期待しちゃうの……。
妾は警戒する事なく、むにゃむにゃと眠っている彼に問いかけながら、なぜか少しだけ滲んだ涙を拭った。
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