第32話 〜『ひゃぁっ!』〜
【side:クラマ】
―――92階層
……き、気持ち悪いの……。
妾(わらわ)から一切離れる気配のない"人間"は、妾と手を繋いだまま、問答無用でグリムゼード直属の精鋭である"堕獣(ダジュウ)"達を屠り歩く。
グザンッ! グザンッ!!
彼に屠られた者達は、
――ありがとう……。"強き人"よ……。
――……感謝する。"英雄"よ……。
――やっと救われた……。心から感謝を。
感謝の言葉を述べる。
いざ、"攻略する側"に立ってグリムゼードの悪行を目の当たりにすると気分が悪い。"止められる力"があるのに何もしないのは、妾も加担しているような物だ。
無理矢理、"意志なき殺戮獣"に堕とされた多種多様の者達は、グリムゼードの奴隷からの解放に感謝し、涙ながらに言葉を述べる。
「……ふぅ〜……なんか急に増えたよな? チィッ! まさか、下層に"降りて"るんじゃないだろうな……?」
本人はそんな物には全く気がついていないようで、"不可解な技"で刀を振るっては斬り捨て、手をかざしては"抉りとり"、無慈悲に生命を奪っては口を尖らせている。
妾の視線を察知すると、明らかに作り物の笑顔を貼り付け、
「大丈夫! 俺に任せろ!」
「心配するな! 一緒に居るから!」
「安心しろ! 俺の側から離れるなよ?」
などと声をかけては、妾の手を引いて歩く。
彼はなぜかご機嫌の様子だが、妾は彼の絶技に圧倒され、理解の及ばない光景に驚嘆する。
(……ほ、本当になんなの? この『人間』……。ほ、本当におかしいの! こ、こんなの知らないの! 気味が悪いの……)
屠った者達の"一部"……、いや、これまで"屠って来たであろう者達"は、彼に付き従うように辺りに漂う。
……視認する事は出来ない。
ただ……、"そこにいる"のはわかる。
妾はゴクリと息を飲む事しか出来ないの。
普通にドン引きしてるの……。
彼が屠るたびに、目には見えない"一部"が彼に付き従う様は、まるで奪った生命を自分の物にしているかのような印象を抱かせる。
「……な、なぁ……、道とか知ってる? 階段は降りてないよな!? 下には行ってないよな!?」
(……この迷宮は緩やかに下り坂で50階層からは"階段"なんてないの……)
「よ、よし! こっちだ! 間違いない!」
何も答えない妾に、一切の迷いもなく"下層"へと足を進めている『異形』……、って……、
(な、なんで、妾も大人しく手を引かれれているの!?)
ふと湧いた疑問に心の中で叫ぶが、彼の周囲から"無数の生命"の視線を感じる。まるで妾の一挙手一投足を見逃すまいと身体の隅々まで監視されているみたいだ。
「……そういえば、名前は? 何でこんな所に1人でいる?」
「……」
「さっきからずっと喋んないな。はぁ〜……、"獣人"って言葉通じないんだったか……?」
「……」
「まぁいいや! 俺の名前はアード・グレイスロッドだ。言ってみな? アード!」
「……」
「アード!!」
「……」
「アーーード!」
彼は大きく口を開けて、口の動きを見せながら妾に言葉を教えようとしているが、
「……」
馴れ合うつもりはないの。
いくら"異形な人間"でも、妾を理解してくれるのは、
――クラちゃん! 見て欲しいの! お花の冠なの!!
"ユキノ"しかいないの……。
ユキノは唯一の友。
4000年の時を生きてきて、親友と呼べるのはユキノだけ……、これから先だって変わらな、
キュッ……
「……おい。この、耳は飾りか?」
「ひゃあッ……!!」
過去に帰ろうとすると、急に耳を摘まれて現実に引き戻される。咄嗟に変な声が出てしまったので妾は口を塞いだけど、何だか顔が熱くなっていく。
「……あ、いや。ごめん、ごめん。お、俺、"子供"苦手なんだ。無邪気なフリしてれば、何でもしていいと思ってるだろ?」
「……」
「はぁ〜……。アリス達まだかなぁ……。"城"なんかないみたいだし、先に帰ってエール……、いやいや、それだと"約束"が……。……あっ……!」
彼は何かを思いついたように声をあげ、妾の顔を覗き込む。
「すごい聴覚とか、嗅覚とか、なんかないか? 『人間』の"匂い"とかわかるだろ? ……って、耳は聞こえないんだったな」
ピトッ……
彼は妾の鼻に触れて、クンクンッと嗅いでいるような仕草を始めた。
「こう? クンクンッ! わかるか? こうだ! だいたいわかるだろ? クンクンッ!!」
そのあまりにも必死のジェスチャーに、
「ぷっ! ……ふふっ……くっ、ふふっ……」
思わず吹き出してしまうと、彼はみるみる頬を赤く染め……、
キュッ……
「あっ……! んっ……」
また妾の耳を摘んだ。
「……"匂い"! わかる? クンクンッ! 俺の……、『人間』の匂い、クンクンッ! わかるか?」
「……」
「……耳がくすぐったいんだろ? このまま摘んで、泣かしてもいいんだぞ? 俺をその辺の大人と一緒にするなよ? 子供相手でも容赦しないぞ?」
彼はそう言うとズイッと顔を妾に近づける。
「……み、耳ダメなの」
「……? やっぱり聞こえて、」
「わ、妾! 耳ダメなの!! こ、言葉もわかるし、聞こえてるし、話せるの! わざと無視してるの! ……き、君、何なの? いきなり妾の耳を触るなんて、君は常識がないの!」
「……」
「急に触るなんて、失礼なの! 誰にも触らした事なかったの! 今まで一度もないの! わ、妾の耳に触れるなんて、あり得ないの! そ、そんな事は許せないの!!」
「……な、"なのなの"幼女……なの?」
「……バ、バカにしないで欲しいの! ゆ、ゆ、許せないの! き、君が……いや、"誰か"が、妾の耳に触れるなんて……、あってはいけない事なのぉ!!」
「……」
「ど、どんな生き方してきたの? 気味が悪いの! なんなの、その"力"! なんで、そんなに無茶苦茶なの!? こ、こんな"化け物"知らないの! 君、絶対、"どこか"がおかしいのぉ!!」
ピキピキピキッ……
妾の叫びに呼応するように、意図せず冷気が漏れ出ると、
キュッ……
「んっ……!!」
また耳を摘まれた。
彼はニヤァと笑うと、またキュッと耳を摘む。
「……や、やめてって言って……んっ……、あっ……!」
「……ふざけろ! 10歳前後の幼女に説教されてたまるか! ちょっと可愛いからって全てが許されると思うなよ! "なのなの幼女"め!」
「んッ……やめ、うっ、はぁ、はぁ」
「こっちが気を遣って色々話してるのに、聞こえてただと? さっきの恥ずかしい"動き"を笑いやがって! 優しくしてやったからっていい気になるなよ!!」
「んっ、あぁっ、い、……はっ、ぁあ! んっ!」
「これだから、ガキは嫌いだ!! 聞こえてるなら、さっさと反応しろ! お前こそ、どんな教育を受けて来た!? 親を連れてこい! 俺が説教してやる!」
「あ、あぁっ……、も、あっ、や、やめ……んんっ!」
「『ごめんなさい』は……? なんか"エロい笑い方"しやがって! さっさと謝らないと、泣くまで"擽(くすぐ)って"やるぞ?」
「あっん、はぁ、あっ、はぁ!! も、もう、やめ……、ごめ、ごめんっ……なのぉ……」
「『ごめんなさい、アードさん』だ!」
「い、も、ぉっ……んんっ! あぁっ……はぁ、んっ、ご、ごめん、なさい……んんっ! ア、アードさん……なのっ!」
ビクッビクッ!!
「んんっん!! も、もう、"らめ"なのぉ!」
ピタッ……
「……ん? ……えっ……?」
彼は妾の耳を掴んだまま、サァーッと顔を青くさせていく。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
妾は腰に力が入らなくて荒い呼吸のままペタンッと座り込もうとすると、彼は妾をサッと支える。
その手は明らかに妾の胸に……。
「んんっ……!」
全身が敏感な状況で妾がたまらず声を漏らすと、
ガバァッ!!
彼は一瞬で3mほど移動して距離を取った。
「……えっ? あ、いや……、えっと……、全っ然、そんなつもりはないからな!? お、俺、結婚してるしッ!! えっと、あの、」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「えっと……、も、も、もしかしてだけど、その、……耳をくすぐられて、笑ってたんじゃなくて……? その、あの……"性感帯"……"なの"……?」
「はぁ……はぁ……、だ、誰にも触らした事ないの……! "4000年間"生きてて一度も……、その妾の耳を……はぁはぁ……、あ、あり得ないの……!!」
「え、あ、いや! 耳が性感帯なんて俺は知らな……は、はぁっ!? "4000年"!?」
「……妾は"4012歳"なの! ……ほ、屠られる覚悟は出来てるの? ぜ、ぜ、絶対に許さないの!!」
「……はぁ〜……。ふざけろ! ビビらせやがって! "くすぐっただけ"で牢屋行きかと思っただろうが! いや、俺が悪かったけど! 元はと言えば、」
ピキピキピキピキッ……
妾が魔力を解放すると周囲に冷気が漂い、大気中や地面に氷の結晶が創造される。
「ゆ、ゆ、ゆ、許さないの! 妾の、妾の"初めて"なの!」
「な、何が"初めて"だ! 耳を触っただけだろ? こっちは何も嬉しくない! エロい声出して、悦んでたくせに、」
「う、うるさいのぉお!!」
「ふざけろ!! "そんな事"よりガキじゃないんなら、その9本の尻尾でベッドを作って、寝させてくれ!」
「き、君、本当におかしいの! 妾が魔力開放してるの! な、なんで、そんな事言えるの!?」
「……? お前、"本当"に攻撃する気ないだろ? 次、"頭"がおかしいって言ったら……わかってるな?」
彼はニヤリと笑うと、手をコネコネする。
「……!! ち、近寄らないで欲しいの! も、もう無理なの! おかしくなっちゃ……、ほ、屠るの!!」
ピキピキッピキピキッ!!
妾は一瞬で辺りを凍らせたが……、
「……ハハッ。決めた。お前の尻尾にくるまって惰眠を貪りながら、アリス達を待つぞ!」
ズズズッ……
彼は"黒いモヤ"の球体に包まれたかと思ったら、余裕の笑みを浮かべて涼しい顔をしていた。
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