第31話 〜勇者パーティーの追走〜



―――69階層



「……ア、アード様だよね?」


「……じゃ、じゃろうのぉ……」



 顔を引き攣らせたのは、カレンとランドルフ。


 目の前には、隣国"ロミグラムティ"を滅ぼした"厄災"、暴風虎フーリンが四肢を切り離された胴体と目を見開いたままの首が転がっている。


 更に驚くべきは、「No.16」の"猛毒"の SSダンジョンの主(ぬし)だと言われていた毒熊(ポイズンベア)も同じ場所に、ドロドロの毒の池を作り死に絶えていたのだ。



「こ、この2匹を同時に……? 単独で……?」


「ぼ、暴風虎など屠られた事にすら気づいていないようじゃぞ……?」



 国家単位の軍隊にも負けずとも劣らない強者。


 個体ごとに勇者パーティーで挑めば、なんとか討伐できるとはいえ、そのあまりに異次元の戦闘力に、カレンとランドルフは顔を見合わせて、苦笑する事しか出来なかった。



「……そんな事はどうでもいいのです。旦那様はきっと待っておられます。早く先を急ぐのです」



 アリステラは眠ってしまった事を後悔し続けた。この1週間、片時も離れる事無くそばに居たアードが隣に居ない事に胸に激痛を感じていたのだ。



(旦那様は、ああ見えて少し寂しがり屋な所があるのです……。早く……、早く見つけて差し上げないと……)



 アリステラの頭の中にはアードの少し拗ねたような顔が浮かんでいた。


 すぐそばに居られれば、(とても可愛いらしいです……)と緩みそうになる頬を必死で抑えるのに、こうして離れてしまえば、(早く見つけなくては……)と焦燥に駆られる。



「そうだね。急ごう……。ごめんね? 僕が目を離したばっかりに……」


「……仕方ありません。旦那様を1人にしてしまった私の責任です」


「アードなら1人でも大丈夫じゃ! そんなに、心配せんでも、」


「「"そう"じゃありません(ないよ)!!」」


 アリステラとカレンは同時に声を上げて、ランドルフの言葉を遮った。



 2人とも、アードの身体の心配をしているわけではない。アードが身体的ダメージを負うなどあり得ないと信じていながらも、



(心にダメージがないかが、心配なのです……。きっと今も不安で……。私はもう……、旦那様なしでは生きられません……)


 アリステラはアードの寂しがり屋の部分を理解しているので"心"を心配し、



(『僕』が側にいないからアード様は寂しがってるはず!!)


 カレンはアードを理解しているわけではなく、(さっき"プロポーズ"してくれたのだから、きっとそうに決まってる)と思い込んだだけだ。※頭をポンッてされただけ。



「……そうじゃな。アードも『親友』のワシがおらんで寂しがっておるな……」


「ランドルフ。早く感知魔法を……。"全魔力"を注いで頂けますか? 私の魔力も全て使いますので」


 ダンジョンの下層で魔力切れを起こす事の恐ろしさをアリステラが理解していないはずがない。


 無表情の中にある激情にカレンとランドルフは大きく目を見開いた。


「……ア、アリスの回復がないと……あっ、いや! まずはアード様との合流が優先だよね! 僕が守るから安心してよ!!」


「……フォッフォッ! お主ら、本当に見違えるようじゃのぉ!!」


「……ランドルフ」


「……わ、わかっておるわ! 《魔力感知(マナ・サーチ)》……」



ズワァア……



 ランドルフは練り上げた魔力を繊細にコントロールして、薄く、広く、アードの"異質な魔力"を見逃すまいと、探索魔法を展開する。


(……もっと深く……"最下層"まで伸びるほどに……)



 ランドルフは魔力を注ぎ込み続ける。



「《魔力回復(マナ・ヒール)》……」



ポワァア……



 アリステラの魔力も借り受けながら、最深部を目指すランドルフはピクピクッと顔を引き攣らせる。


(……う、う、うそぉおん!! ア、ア、アード、お主……)


 15階層分の探索を終えるが、"最速のルート"だけ、魔物が1匹たりとも引っかからない。


 尋常ではないほどの攻略速度と、全ての魔物を蹂躙しているアードの異次元さをまざまざと見せつけられる。



ズズッ……



 先に感知した"獄炎鳥以上の魔力"と、その者のすぐそばにあるアードの"異質な魔力"を感知する。



「……おった! 21……。きゅ、"90階層"じゃ!! そ、そこまでの道に魔物は1匹もおらん……!!」


「「…………」」


 大きく目を見開く、カレンとアリステラと鼻水を垂らすランドルフ。


「……う、嘘でしょ、ラン爺……」


「こ、こ、こんな嘘、吐かんわい!!」


「……ま、まだ1時間くらいだよ? そ、それって、1匹に1秒もかかってないでしょ?」


「……くっ!! み、見たかったわい! クソッ!! アードの"本気"が見れたかもしれんのに!!」


 ランドルフはガシガシッと頭を抱え、


「ハ、ハハッ……本当にすごいや、アード様」


 カレンはそう呟き、ポーッと頬を染める。


「『化け物』と一緒におるぞ! 魔力量は獄炎鳥以上じゃ!! こうしちゃおれん! それだけは何としてもこの目で見るぞい!」


「僕が1番乗り……あっ。そっか! アリスとラン爺を守らないといけな、」


「本来、このダンジョンに出現する魔物達が復活する前に、急ぎましょう」



 アリステラはなけなしの魔力を使い、慣れない《身体強化》を発動させて1番に駆け出した。


 もしかしたら、アードが、「もう勇者パーティーなんか知らない」と自分から離れていってしまうのではないか? と気が気じゃないのだ。


(すぐに……、すぐに向かいます! 旦那様!!)


 

「ああ!! ズルいよ! アリス!!」


「ま、待ってくれ! ワシ、魔力が足らん! ……クソッ!! 絶対にこの目で見るぞい! アードの勇姿を!! 《魔力庫解放》……《風神装換(フウジン)》!!」



 ランドルフはアードの戦闘が見たいがために、5年分の"貯蓄"を払い、思いのままに"風"を操作し、カレンとアリステラをフワリと包み上げながら全速力で追走した。




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