第30話 カレンの興奮と半泣きのアード
―――55階層
【side:カレン】
アード様の完璧なサポートを受けながら、僕達は順調に攻略を進めていたが、ダンジョンに入ってからもう18時間。
簡易的な食事を摂り、少し仮眠を取ることになった。
「アリス! 次は俺が膝枕してやるぞ? カレンとランドルフもゆっくり休め。俺はさっき寝たしな」
アード様のキラキラした瞳は有無を言わせない圧力があった。
どこか楽しそうで、頬を染めているアード様とボッと音を立てて耳まで真っ赤になったアリス。
「うっ……、うぷっ……」
僕は羨ましすぎて吐きそうだった。
アード様は自分のコートを脱いでダンジョンに敷くと、自分の膝をポンポンッと叩く。
いいなぁ、いいなぁ、いいなぁあ!!
アード様はチラチラと僕の方を見ては「邪魔するなよ?」と瞳が語っている。
「……ほら、おいで、アリス! 俺も膝枕をしてみたいんだ!」
「し、失礼します……旦那様……」
アリスは無表情ながら心配になるほど顔を赤くして、ゆっくりと腰を下ろしアード様の膝枕に頭を乗せた。
「む、むぅ〜……」
アリスの顔も、アード様の顔も真っ赤。ラン爺に愚痴をこぼそうとしたら、ラン爺まで真っ赤だった。
自分が"血の涙"を流していた事に気づいたのは、この時だった。もしかしたら、アード様はドン引きしていただけなのかもしれない。
「……ブフォッ!! カ、カレン……お主……、なんか怖いぞい?」
ラン爺はピクピクと笑いを堪えていて、屠っちゃう所だったからツーンッてして無視してやった。
「いいなぁ〜……、いいなぁ、アリス、いいなぁ〜……」
アード様とアリスの周りをトコトコと歩いてアピールしてみたが、
「……さ、さ、さっさと休め、バカめ」
どこかバッキバキの瞳のアード様の圧に、ゾクゾクッと寒気がして、
(何さ。アリスばっかり……。いいもん。僕だっていつかしてもらうもん!)
僕は口を尖らせながらもアード様の隣で仮眠をとったが……、
「おい、カレン……。起きろ。少し交代してくれ……」
アード様にぷにっと頬を摘まれて、起こされた。
……さ、最ッ高……!!
目が覚めてアード様が目の前にいる幸せと、頬に触れてくれた歓喜、おそらく頬を摘まれた僕の顔に向けられたイタズラな笑みに、僕の心臓はキュンキュンバックバク。
「……ア、アード様……。わかってるよ。……アリスには内緒にしてるね?」
そっと目を閉じて少し唇を尖らせる。
いいよ。僕のファーストキス! ダンジョンでなんて想像もしてなかったけど、アード様なら、いつでも大歓迎さ!
「……バカ、するはずないだろ」
キュッ……
鼻を摘まれたので、慌ててぷはぁっと起き上がると、そこには天使が眠っていた。
……う、麗しすぎるぞ、アリス、この……!!
まつ毛、長すぎる! 肌綺麗すぎる。寝顔可愛いすぎる!! ……アード様が"よしよし"してる……。アード様がよしよし!! アード様の……yoshiyoshi!!
「何、人の妻の寝顔に見惚れてる?」
「ち、ちがっ……、アード様のよしよしが……よしよし……よ、よしよし……」
「……? 何言ってるんだ? とりあえず、少し代わってくれ。アリスは寝たばかりだから、起こすなよ?」
「……う、うん。アード様は?」
「俺は、ちょっとトイレ……」
「あっ……。わかった。要らない心配だと思うけど気をつけてね、アード様」
「あぁ……。そんな事より、ランドルフはいつも"ああ"なのか?」
チラリとラン爺に視線を向けると、《風操作》で宙に浮いて胡座を掻いて眠っている。
「……ハ、ハハッ。……うん。"禅(ぜん)"って言うんだって。魔力を練り上げて体内に循環させながら、周囲の環境と一体化、」
「いや、解説はどうでもいいや。覚える気もないし」
アード様はアリスが起きないように、優しく頭と背中を支えて持ち上げると、僕に視線を向けて行動を促した。
ふわッ……
アリスの綺麗な髪が少しくすぐったい。
アリスの綺麗な寝顔が僕の太ももの上にあるなんて、なんだか不思議な気分だ。
ポンッ……
「じゃあ、行ってくる。すぐ戻るから」
「……は、はぃ……」
思わず敬語になって返事をすると、アード様は"瞬間移動"を繰り返し、足音一つ鳴らさずにトイレに行った。
ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……
うぅうう!! アード様の"よしよし"!! ん? "頭、ポンッ"……? いや、"よしよし"だぁ〜……。これもう、結婚間近だよね? お酒なしで"よしよし"は、もう、プロポーズみたいな物だよね!? くぅうううう!!
「……も、もちろん、喜んでぇ……」
ニヤニヤと緩む顔が抑えられない。
「……んぅっ……、旦那様……」
可愛らしい寝言を呟くアリス。
「ハハッ……僕が第二夫人になったら、"親友"じゃなくて"家族"になれるね、アリス……」
そっと目を瞑るとアード様の手の感触が頭に蘇る。
あまりに夢見心地な幸福に、
(アリスの子供と僕の子供も、仲良くしてくれるといいなぁ)
なんて、幸せを妄想を繰り広げながら、
「アード様、早く帰って来ないかな?」
僕は優しくアリスの頭を撫でた。
◇
【??階層】
「うっ……うぅ……アリス。ランドルフ……。カレン……」
俺はうっすらと涙を浮かべている。
どれくらい時間が経ったのかはわからないが、感覚的には丸1日は経過している気分だ。
グザンッ!
急に襲いかかって来た"見たこともない巨虎"の太首を《空間縮小(スペース・シュリンク)》《回旋》で斬り飛ばし、なんか驚愕していた"気持ち悪い巨熊"を、
グチュンッ、グシュッ!!
《空中縮小(スカイ・シュリンク)》と《空間縮小(スペース・シュリンク)》を併用して、触れる事無く処理し、トボトボと歩き続ける。
無数に襲いかかってくる魔物達を、斬って、斬って、斬りまくって……。
本当に右も左もわからない……。
ちょっと1人で用を足しただけで……。
サァー……
俺はたった1人、ダンジョンに立ち尽くしている。
『またあの時みたいに1人で彷徨うのか?』
ふと湧いた疑問に涙腺が刺激される。
くっ……クソが! ふざけやがって……。だからダンジョンになんか来たくなかったんだ!! ふざけろ!
何が勇者パーティーだ!!
ほら見ろ! やっぱりロクな事にならない!!
「……うっ、うぅ……、アリス、手繋いでくれよ」
グザンッグザンッ!!
すぐ隣にアリスが居ない事を嘆きながら、襲いかかってくる魔物達を屠り、トボトボと歩き続ける。
立ち止まって待つか?
……いや、戦闘して目立った方が見つけやすいだろ。……探してるよな? 探してくれてるよな? 大丈夫なんだよな!?
「は、早く見つけてくれぇえ!!」
グザンッ! グザンッ!!
「好き勝手に休憩して偉そうに指示する俺が居なくなって清々したかもしれない」なんて一抹の不安を抱きながら、魔物を蹂躙して歩く。
もうルフに帰りたい……。
エール飲みたい。
もう嫌だ。面倒くさい。全部、どうでもいい。
や、辞める! 勇者パーティーなんか辞めてやる!
「……シルフちゃん、ガーフィール……」
俺の"日常"が随分と遠い過去のように思いながら、「ここ数日間のアリスとの幸福な毎日は夢だったんじゃないか?」と半泣きになる。
「……ア、アリスゥウウウウ!! ランドルフゥウウウウ!! カレェエエンッ!! 俺はここだぁあ! 早く迎えに来てぇえ!!」
もう孤独に押しつぶされそうな時……、
「……見つけたの」
後方から声が聞こえた。目の前に現れたのは、白い"浴衣(ユカタ)"に身を包んでいる"獣人"の幼女。
白銀の瞳に少しだけ目を奪われる俺だが、
「……お、お前も迷子か? 俺もだ! よ、よし! 俺が一緒にお母さん探してやる。任せろ! 魔物達からは守ってやる! "約束"だ!!」
俺は泣き笑いの表情で、その幼女に駆け寄る。
「……えっ? ちが……、ちょ、ちょっと待つの!」
「大丈夫! 全部、俺に任せろ! 絶対、ダンジョンから連れ出してやるから! 安心しろ! こう見えて俺は強いんだ!!」
「ちょ、え、」
ガシッ!!
俺は幼女の言葉を遮り手を取った。
見た目に反して、少し高い体温に心から安堵する。
なんでこんなところに獣人の幼女が?
なんで幼女のクセにおっぱい大きいんだ?
尻尾が9本もある獣人なんかいたか?
そんな疑問は浮かばなかった。
トラウマの再発。
たとえ正体不明の獣人だったとしても、どうしても1人が嫌だった寂しがり屋の俺は、助けるフリをして孤独を誤魔化した。
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