第29話 〜魔将王"グリムゼード"〜
―――100階層 魔獣城「玉間」
カレンとの邂逅を終え、ロウの消滅を伝えるべく、グリムゼードは残りの"3人"を呼び出した。
「だらしねぇな、"ロウ"のバカは! 生意気だったから清々するぜ! なぁ、グリムゼード様!」
口を開いたのは、側近の1人である暴風虎(ぼうふうどら)「SS-」の"フーリン"。二足歩行の8mほどの巨虎。
「……1匹狼を気取ってるからだ。結局は、グリムゼード様に仕えるほどの器ではなかったと言うこと」
毒熊(ポイズンベア)「S+」の"ポグバ"。6mほどの熊であり、全身の毛先からはボタボタッと液状の毒を落としている。
「……」
側近の中で唯一の"人型"である"白氷の妖狐、クラマ"は沈黙を貫いた。
白髪に狐耳、雪のように白い肌。氷のように冷たい銀色の瞳が印象的で、お尻からは9本の尾が生えている。
人間にして12歳前後の見た目の幼女は、4000年ほどの時を生き続けている。その存在はまだ人間に知られてはいないが、推定難度「SS+」。
魔将王と呼ばれるグリムゼードと同等かそれ以上の実力を持っている大物である。
「次は俺に行かせてくれよ、グリムゼード様! いいだろ? 勇者とやってみてぇ! 綺麗な顔してんだろ? 屈服させて、その顔をゆっくり刻んでやるからよぉ!」
「次は私が行きましょう……。骨まで腐らせ、激痛に咽び泣き『殺して下さい』と懇願するまで……クフフッ」
フーリンとポグバの言葉をかけられたのは玉座に座る魔将王の1人、グリムゼード。
カレンが確かな力を持っていることを知ったばかりの"猛獣王"である。
「……2人で行けばよい。勇者だ、賢者だ、聖女だなどと騒ぎ立てても、所詮は下等種族。身の程を教えてやるといい……」
(まぁ……、お前達じゃ無理だと思うがな)
そう続けようとしたが口にする事は無かった。
頭には自分の魔力を一瞬で浄化した"特殊な氷"。
(クラマに比べれば、赤子のような物だが、コイツらには少し荷が重い……)
カレンの【聖剣神技】を嘲笑しながらも、魔族に堕とす事ができれば、クラマと同等に化ける可能性も否めない。
(そうすれば……、我こそが『魔王』に!!)
猛獣王グリムゼードの正体は、人化した聖獣"グリフォン"。
魔将王達との最終決戦(ラグナロク)を控えているグリムゼードは、このタイミングで勇者パーティーが訪れた事を"幸運"と信じて止まない。
裸の上半身は褐色、背中には巨大な漆黒の翼。
腰まである黒い髪には金色が混じり、鋭い目元には金色の瞳が怪しく光っている。
(それにしても……、)
玉座を見上げる2人を見下ろしながら頬杖をつき、カレンが「神」と呼んだ"アード"という『異形』について思案する。
(……あの絶対的な自信はどこから来るのだ? ……気に食わぬな。あの程度のザコを……)
悪態を吐きながらも違和感は消えない。
一瞬たりとも、"恐れ"や"焦り"を抱かなかったアードと呼ばれる"異端者"。
(……まぁあの程度なら、この2人を相手に生き残るとも思えんが……)
絶対的な強者である自分の自負が、アードへの違和感を軽視させる。
「クハハッ! ありがとよ、グリムゼード様! ……俺がぶっ殺すから邪魔するんじゃねぇぞ、ポグバ!」
「ふん。貴様こそ、せいぜい私の毒に飲み込まれない注意するのだな」
グリムゼードは楽観的な2人の様子にピクッと眉を揺らす。
"捨て駒"である2匹の配下。自分が楽に、簡単に、カレン達を屈服させるためには、多少は削ってくれないと向かわせる意味がない。
「……気は抜くんじゃないぞ? ロウは決して弱くはない。我からすれば取るに足らない小物だが、『最終決戦(ラグナロク)』の前に失ったのは面白くない……」
「大丈夫だぜ!? あんな"イヌッコロ"がいなくても俺がいくらでも蹴散らしてやるからよ!」
「認めたくはないが、私も同意です。グリムゼード様」
「……本能に働きかけろ。獣である事を自覚しろ。徹底的に狩り、下等種族に格の違いを教えてやれ……」
「……任せてくれ! 暴れまくって来るぜ!」
「ドロドロに爛(ただ)れた首を持ち帰りましょう、グリムゼード様!」
フーリンとポグバはそう言い残すと、悍(おぞ)ましい笑みを浮かべて玉間を後にした。
(ククッ……。少しは削って来いよ……?)
グリムゼードは"捨て駒"の背中を見送り、
「……どう思う? あの2匹で"勇者達"を屠れるか?」
窓際のソファに腰掛けるクラマに声をかける。
「……妾(わらわ)に聞くことじゃないの。『異形』が混じっているのは、君もわかっているの」
「……」
クラマが開口一番に"異端者"について言及するとは思っていなかったグリムゼードは、少し眉間に皺を寄せて沈黙した。
「……今、何を想い、何を憂うの? "理解の及ばない存在"の出現を、魔将王の1人にして"猛獣王グリムゼード"はどう考えるの?」
「ククッ……。あんな者、取るに足らぬ"小物"だ!」
「……消滅しながらも色濃く残る"アジダハ"の残滓、いや、"一部"……。まるで主(あるじ)を見つけ、付き従っているようにも見える神獣フェンリルの"一部"。
誰にも従わず、どこにも属さない事を決めた四天怪鳥の"炎の怪鳥、ロックス"、さらには、そこに"最上位悪魔が7体"の"一部"が加えられるの。……あの者を"人間"とは思わない事なの」
「ククッ、クハハッ!! アヤツがここに辿り着く事はあり得ん! 確かに、"得体の知れない者"である事は認めよう! だが、魔力量こそが全ての世界において、あの者は絶望的だ!!」
「……」
「……言い返す言葉もないだろう? 個体に宿るエネルギーの大小が全てを決めるのだ! 生まれながらに、争う事が出来ない『宿命』と呼ばれる物は存在する!!
……最終決戦(ラグナロク)も近い。勇者共、"3人"を屈服させ、このダンジョンに残る"邪竜の残滓"を利用すれば、我が『魔王』となるのも時間の問題だ!」
「……妾は……、君達、"魔将王"の争いに興味はないの。勇者達からすれば、最終決戦(ラグナロク)の開戦は人類の滅亡と同義……、"決死"の抵抗も当たり前なの」
「クククッ……、我が遅れを取ると?」
「君は強いけど、"人間"をあまり舐めない事なの」
「ふんッ! 所詮は下等種族! 勇者も賢者も聖女も、我の魔力には遠く及ばぬ!! 本来なら我1人でも問題はない!! だが、貴様も働け……! 貴様が望む『争いの連鎖』から逃れるために!」
「……」
クラマはグリムゼードに言葉を返さず、腰掛けていたソファからふわりと降りた。
「安心しろ。我が"魔王"となれば、貴様の平穏は保証してやる!」
「勘違いしないの、グリムゼード……。君は妾より格下である事を、今一度教える事になるの。次、妾に指図すると、うっかり屠りたくなってしまうの」
「……クククッ。アジダハの残滓が我を更なる"高み"に連れて来たのだ。お前も言葉遣いに気をつけるのだな。今のは聞かなかった事にしてやる。お前が我に"力"を貸し続けるまでは……、しっかり飼ってやる」
「……」
冷たい銀色の瞳でグリムゼードを一瞥すると、クラマは玉間を後にした。
(……それにしても、あまりにも"規格外"なの。こんな"人間"が存在していたの……?)
クラマはグリムゼードに従ったわけではない。
4000年という長い"生"の中で出会う事のなかった存在が近くにいる。
――"クラちゃん"は何でも知ってて凄いの!
クラマは亡き親友の屈託のない笑顔に突き動かされただけだった。
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