第27話 vs.炎影狼 ②
ーーー50階層 「影の中」
(ば、化け物だ……。なんなのだ、アイツ……!! クソッ! クソッ!)
ヒュー、ヒュー、ヒュー
激痛と共に影に避難したフレアシャドーウルフの"ロウ"は自分では聞いた事のない呼吸音に絶望する。
(邪竜、"神獣"、……怪鳥? 無数のザコ魔物に、"数種類の悪魔"……一体、何種類の"匂い"をッ……! イタイ……痛いぞ……くっ……)
ロウは激痛の中、アードから発せられる様々な"匂い"と"異形さ"に畏怖し、いつまで経っても"治癒しない口"に死を実感していた。
(クソッ、クソッ……! ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!)
ずっと"奪う側"だった。
人は「災厄だ」と自分を畏れ、魔物達も歯向かう者などいなかった。
(我が……。我は強い! なぜ、あのような魔力量のザコに……!! クソッ、クソ!!)
初めて敗北したグリムゼードに忠誠を誓う事で生き永らえ、奪い続ける事をやめなかった。
絶対的な強者であるグリムゼードの傘の下、畏れ、絶望する無数の"生命"が何よりのご馳走だった。
数年前に消滅した"神獣フェンリル"。
数千年に1度、"破壊と殺戮"をもたらす"天災"。
絶対的なウルフの"神"。
そのフェンリルの消滅に、
――我(われ)がウルフを統べる王に……!!
口角を吊り上げていた。だが、つい先程、"神の残滓"を纏った"人間"に『牙』を消滅させられた。
――"ロウ様"!! 何卒、ご容赦を!
――お助け下さい! お助け下さい!
――死にたくない、死にたくない……!!
――いつか、いつか必ず……誰かがお前を討つ!
奪って来た魔物や人間達の最期の姿が、今の自分が重なる。
「ふざけるな。我から奪えるものか! "人間"という下等種属が、我に勝てるはずはないのだ!」
自分に言い聞かせるように叫んでみても、
ガクガクガクガクッ……
身体の震えは止まらない。
(あ、あぁ……、そろそろ"時間"だ……。嫌だ、嫌だ! 出たくない!! 影から出たくない! 助け、誰か我を助けてくれ!!)
ロウは心の中で必死に助けを求めるが、心の声は誰にも届かない。
「ひゅう、ひゅう、ひゅう……」
影の中は無音の世界。
ただロウの荒い呼吸音だけが響く。
「や、やってやる。やってやる!! 我はウルフの王なのだ! 人間如き……、人間如きに遅れを取るなどッ!」
『許されない!』
ドプンッ!!
ロウは《炎狼装換(フレアウルフモード)》を発動させ、全身に炎を纏った。影から飛び出す瞬間に炎を纏った爪でアードの頭を飛ばそうとしたのだが、
「《空間縮小(スペース・シュリンク)》……」
グチュンッ!!
右の前足は一瞬で消滅した。
(だ、ダメだ……! コヤツは"人間"ではない!)
もう影に潜れる限界値。
足を失いながらも飛び出し、歪な足取りで逃亡を図るロウの頭には、アードの冷酷な漆黒の瞳だけが埋め尽くされている。
(と、とにかく影に、もう一度影に……!! 死ぬ。死ぬ! 我が、我が"奪われる側"に……!!)
顔と足からダラダラと血を垂らしながら、必死に影に避難しようとするが、
「ランドルフ。拘束しろ!」
アードは声を張り上げる。
「《土炎縛(アースフレアバインド)》!」
ランドルフが"炎を纏った土"を鎖状に操って拘束すると、
「《氷天華(ヒョウテンカ)》……」
カレンが青白い聖剣"氷華(ヒョウカ)"の【聖剣神技】を発動させる。
サァーッと凍てつく冷気がダンジョンの地面を這い、
ピキピキッビキ!!
ロウを全て飲み込み、綺麗な氷の華が咲いた。
「こら、カレン! ワシがあそこからトドメを刺すところじゃったんだぞ!?」
「なんだ。"火力不足"かと思ったよ!」
「『拘束したのだ』! なぁ、アード! ワシが1番弟子じゃぞ!?」
「アード様! 僕は全裸で修行するよ!?」
「……いい加減になさい。2人とも……、いつまでもそんな事を言っていると、旦那様に嫌われてしまいますよ?」
「「それは、いやだ(嫌じゃ)!!」」
「バカめ! もうお前らなんか嫌いだ! 1人で働かせやがって! 次、"弟子だ"なんてふざけた事言い出したら、アリスと2人でパーティー抜けるからな!」
「ク、クエストが終わったら、"ムスタリカ"の最高級エールを用意するぞい?!」
「よし! 許す!」
「クエストが終わったら、僕の身体でアード様を、」
「よし! 黙れ!」
氷の中から、自分の事になど全く興味がない様子の"勇者パーティー"を眺める。
聖魔力を含む氷の中。
ロウは身動き一つ取れず、絶望に包まれる。
(あ、あぁ……、すまない! すまなかった!! すまなかった! もうしない!! 助けてくれ……)
氷漬けにされてもまだ意識はある。
ロウは心の中で、これまで奪い続けて来た生命に謝罪し、"生"を懇願した。
顔は半分。足は3本しかない。
意図的に生かされている事はわかっているし、このままではゆっくりと死んでいくだけだと実感する。
コツッコツッ……
「ふぁああ……」
大きなあくびをしながらゆっくりと歩いてくるのは、ロウにとって、この世で1番"畏怖"する存在に至ったアード。
「おい、聞こえるか? もう歩くの面倒なんだよ。"グリムゼード"を連れて来てくれないか? 他にもいるなら、まとめて来てくれると有難いんだが?」
『助けてくれ……。頼む! もう人間"は"殺さない!』
ロウは《思念伝達》でアードに言葉を飛ばす。
「……ハハッ。死ぬよ、お前は……。そんなことより、グリムゼードに繋げられないのか? 俺、さっさと帰りたいんだ」
『な、何でもする! 我は"ウルフの王"となる者! 其方(そなた)の駒となり、全てを捧げる! 我が其方を"世界の王"にしてみせる!」
「……ふっ、"忠犬"ですらないんだな。お前のようなヤツは虫唾が走る……」
呆れたように呟いたアードの言葉はロウの耳には届かない。
『其方にならなれる!! 全てを支配し、全てを手に入れ、全ての生物の王に! 全てが意のまま! 全てが其方の思うがままに!! きたる『最終決戦(ラグナロク)』で、』
「笑わせるな。バカか、お前? そんな物、どうでもいい! 俺はさっさと帰って、アリスと"濃厚キス"するんだよ! ……エールが待ってるんだ! さっさと、グリムゼードに繋げ! "クソ犬"……!」
アードが叫ぶとロウが瞳からプツンッ光が消える。
(……? なんだ、急に。……グリムゼードを呼んでから死ねよ……。はぁ〜……)
心の中で悪態を吐くアード。
ゾワァ……
死んだはずのロウから漆黒のモヤが蠢き、カレンの氷華にピキピキッと亀裂が入った事に気づき、咄嗟に距離を取る。
パァンッ!!
「《空間縮小(スペース・シュリンク)》、《防壁》」
アードは氷が破裂音を響かせると同時に、3m52cmの壁を作る。
そして、その壁が消える前に《地面縮小(アース・シュリンク)》を3度繰り返して、アリステラの前に立つと、チラリとランドルフに視線を向ける。
「《大炎壁(ギガフレアウォール)》!!」
ゴォオオオオオオ!!
炎の壁に氷が当たってはグジュウっと音を立てるが、聖魔力を含んだ氷を全てを溶かし切ることは出来ず、潜り抜けた小石程度の氷を、
キンキンキンキンッ………
カレンが叩き落とす。
「"氷華(ヒョウカ)"の氷を砕くなど、炎影狼(フレアシャドーウルフ)には出来ぬぞ! なにやら"混じった魔力"じゃ!」
ランドルフの言葉をアードは聞き流す。
暴力の気配は感じないし……、
アードは今、『それどころではない』。
サァーッ……
飛散した氷が止み、溶けた水蒸気が風に吹かれる。
ズズズッ……
目の前にはロウの姿は無く、黒いモヤを放ちながら宙に浮いている1mほどの巨大な魔石が出現した。
『……ようこそ、我の城へ』
その禍々しい魔石から発せられたのはグリムゼードの声であり、異変に素早く反応したカレンとランドルフは、魔石を警戒して戦闘体制にはいった。
「気を抜くでないぞ! カレン!」
「わかってるさ! ラン爺!!」
その5mほど後方には……、
モニュッ……モニュッ……
アリステラを氷から守るように、手を伸ばしたアードは至福の感触に全神経を集中させていた。
「ん……んっ……」
微かに唇を噛み締めて口を塞ぎ、真っ赤になっているアリステラ。
(……手、手が……、て、て、手が離れる事を許さないんだ! これは違う!! 俺の手が勝手に意思を持って、その、あの……ど、どうしようも出来ん!!)
アリステラの顔を見ることも出来ず、そのあまりの弾力と柔らかさに、目をバッキバキにさせているアードがいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます