第26話 vs.炎影狼 ①



―――50階層



 カレンとランドルフの鋭い目つきに、コイツらが勇者と賢者である事を思い出しながら、小さく息を吐いて目の前の"魔狼"を見据える。


「……炎影狼(フレアシャドーウルフ)。また厄介な者が……」


 ランドルフは鋭い目つきで呟くが、ただの5mほどの赤と黒の毛むくじゃらの狼だ。


「難度は"S+"だよね……? 少し気を引き締めないと……」


 カレンが神妙な勇者の顔をしててなんか笑える。



 俺の興味は魔狼ではなく、"身内"の方だ。


 この魔狼は……、とてもじゃないが「S+」とは思えない。この魔狼よりも、【縮小】の研究成果をぶつけたホワイトウルフの方がよっぽど恐ろしかった。



「ふぁああ……。何でお前達、そんなにピリピリしてるんだ? コイツ1匹だろ?」



 大きなあくびをして、無理矢理に緊張感を演出しているカレンとランドルフに声をかけると、2人は勢いよく俺に視線を向けた。


 えっ? おかしな事言ったか? そんなに驚かなくても……。いや、驚くっていうより……?


「……なんだよ。さっき中途半端に寝たから、眠気がすごいんだよ。俺が起きてから、なんか変じゃないか? お前達」


 先程、《時間縮小(タイム・シュリンク)》して、アリスの可愛らしい言葉を聞いた俺は、あの後2時間ほど爆睡してしまったようで、その夢の内容が……、またすごいのなんのって……。


 寝る前にアリスの言葉を聞いただけに、夢の中でそれはもう……。


 最高によかった……。

 夢だけど……。


 起きた時、"息子"が恥ずかしかったけど……。


 こんな魔狼なんて本当にどうでもいい。

 ……そんな事より、アリスの太ももは天国だ。


 "背中だけ"を洗い合っているが、いつかその太ももを直に触れ、優しく……、ルフに帰ったら先程の夢を現実の物に……!!


 って、まぁそれは置いておいて、そんな"変な感じ"の驚いた顔で見られた所で、俺にはどうしようもないし、興味もないのだ。



 ランドルフはゴクリと息を飲むと、カレンに声をかける。


「……そ、そうじゃな。アードに任せるか? まぁワシ1人でも余裕じゃが……?」


「確かに、アード様が戦ってくれるなら、"秒"で終わるとは思う。まぁ、僕1人でも余裕だけど……?」


「ワシ、新しい魔法を開発したし!」


「僕だって、新しい剣技を身につけたんだよ!」


「ワシが"1番弟子"じゃぞ! カレン!!」


「何を言ってるの? ラン爺! 第二夫人にして、1番弟子!! コレが僕の"肩書き"なんだよ!!」


「お主は"勇者"が肩書きじゃろう!? 親友にして1番弟子の大賢者!! アードの背中を守るのはワシじゃ!」


「ハハッ! 笑っちゃうよ! お爺ちゃんと背中合わせのアード様より、僕のように美しい勇者の方が絵になるでしょ!?」


 俺が起きた時からパーティー内の険悪なムードは、俺が爆睡してしまった事に対する憤りかと思ったが、これは……?


 俺は苦笑しながら手を繋いでいるアリスに視線を向ける。


「……この2人は、旦那様が眠っておられる間、ずっと"1番弟子"の座を取り合ってケンカしていたのです……」


 無表情のアリスからは呆れたような雰囲気が漏れ出ている。


 夢の中では恥ずかしそうに口を塞ぎながらも、甘い声を漏らしていたアリスとのギャップに深く息を吐く。



「……何が"1番弟子"だよ。はぁ〜……せっかくの夢が台無しだ。もう少し浸らせろよ」


「旦那様?」


「え、あ、いや、別に」


「……そうですか」


 未だに言い争っているカレンとランドルフを無視して、俺はパッとアリスの手を離す。


「……どうかされましたか?」


「……もう俺が屠ってくるよ。俺だけ寝てたみたいだしな」


「……それはこの2人が……、カレン、ランドルフ。あなた達、本当に、」


「いいよいいよ。放っとけ、そのバカ達は……」


 2人に少し鋭い目つきになったアリスの言葉を遮り、俺はゆっくりと魔狼の元へと歩みを進める。


「……旦那様、私はサポート致します」


 振り向く事なく軽く手をあげる。


 この程度の魔狼なら、アリスのサポートは必要ないだろう。獄炎鳥の方がまだ風格があった。ホワイトウルフの方が何倍も恐ろしかった。邪竜の方が数100倍は死を覚悟した。



 俺をジッと見つめる魔狼の赤と黒の瞳。


 流石にゴブリンやフォレストウルフ「B」よりは強者ではあるのだろう。近くで見ると、なかなかカッコいいが、それ以上の感想はない。



「……貴様らが勇者パーティー……。我が主(あるじ)に弓引く大馬鹿者であるか?」


「……へぇ〜……喋れるんだな」


「我はグリムゼード様の"忠実な牙"。貴様の頭蓋を噛み砕いてくれる!」


「ふっ、"忠実な牙"か」


「何がおかしい……? おかしな"匂い"を放ちよって……!!」


「いや、やけに腑に落ちた。自分自身のために牙を研ぐ事を辞めた"忠犬"なんだな。どおりで……」


「……ク、クハハッ! 下等生物が……! よいのか? 魔力量も少なく、見るからに1番のザコが我に近寄って!」


「……ハ、ハハッ。その"眼"は嫌いだ」



コツッ、コツッ、コツッ……



 俺の足音がダンジョンに響く。



「な、何なのだ!? こ、この"異形"が!! き、貴様! な、何種類の"匂い"を……!? どうなって、」



パッ……



 俺は3mほどに近づき、"射程距離"に入ると手を前に突き出す。


 いや……、もうちょい前かな?



「クハハッ! いざ目の前に立つと恐れたか!?」



コツッ、コツッ……



 魔狼の言葉を無視して2歩分の足を進める。



「そのように手を前に出して、情けなく命乞い、」



 俺は刀を抜く事もなく、《空間縮小(スペース・シュリンク)》を発動させようとすると、



ザザッ!!



 魔狼は自分の言葉を止め、一気に距離を取った。



「な、何者なのだ貴様はッ!? じゃ、"邪竜の威"を、な、なぜ、貴様から邪竜の気配が……!?」


「……? 何を言ってるかは知らないが、流石に"鼻"が効くな?」


「この人間風情が……我に勝った気になるなよ!!」



ドプンッ……



 魔狼は叫びと共に自分の"影"に姿を消すが……、



モアァア……



 俺は自分の影から漂う"暴力の気配"に、影に向けて手をかざす。



「死ねぇえ! 《炎噛砕(フレアゴウサイ)》!」



 俺の影から、炎を纏った大口が飛び出してくるが、



「《空間縮小(スペース・シュリンク)》」




グシュッ!!



 その大口を"漆黒のモヤ"で抉り取ると、魔狼はまた影に戻って行った。


 ……なんかモグラみたいなヤツだな。

 まだ気配はあるから、生きてはいるんだろうが。


 見るからに鼻が効きそうだったから、《地面縮小(アース・シュリンク)》に反応される可能性がある。


 "追いかけっこ"をするより、襲いかかって来た所にカウンターが有効かとは思ったが、まさか影に潜るとはな……。


 全身が出た所を仕留めればよかったか?

 あぁ〜……考えるのもめんどくさくなって来たぁ。


チラッ……


 まだ言い合っているカレンとランドルフ。

 そして、その2人になど見向きもせず、俺だけをジッと見つめている無表情なアリス。


「《重力縮小(グラビティ・シュリンク)》」


 念のため、魔狼以外の周囲の警戒を行う。


 俺は顔に飛んで来た返り血を拭いながら、(あとどれくらいこのクエストは続くのだろう?)と嘆く。


 側近である魔狼を討てば、グリムゼードが出てくるか? まだ側近が何匹かいるのか? 


 もう歩くのめんどくさい。


 さっさと来いよ。なんでわざわざ、城まで行かないと行けないんだよ。疲れるんだよ。歩くだけで……。


 夢から完璧に覚めると、「怠惰スイッチ」。


 エールを飲んでないから眠った気がしないし、汗も気持ち悪いし、"あんな夢"を見たから、さっさとキスしたいし、おっぱい触りたいし、それ以上だって……。


「はぁ〜……早くエール飲みたいなぁ」


 深く深く息を吐く。


「……"モグラウルフ"は逃げたのか? さっさと出てこいよ。いつでもいいから」


 この無駄な時間が更に夢から現実へと引き戻してくる。


「酒も飲めんくせに、アードの1番弟子が務まるはずがないじゃろうが!!」


「……ラ、ラン爺は、アード様の"子供"を産めないくせにぃ!!」


 バカ達の声もそれに一役買っている。


 ……いい加減にしろよ。アイツら。

 ……ん? なんで俺1人でやってんだっけ?

 何でアイツらがサボってる……? 

 ふざけろ! クソッ!


 言い合いを続ける2人に少し苛立ち、もうダンジョン攻略が面倒になったので、魔狼を拘束して、グリムゼードを呼び出させる事に決めた。


 あのバカ2人を馬車馬のように働かしてやろうと心に決め、2人の元へと歩いた。


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