第25話 膝枕と《時間縮小》
―――49階層
「下におるのぉ……」
「……バカみたいな魔力だね」
「……ですが、行かないわけにはいきません。一刻も早く……クエストを終えないとならないのです」
3人は俺の姿を見て沈黙する。
「エールが……、エール……が飲みたいです……!」
俺は膝を突いて、アリスの足に縋りながら涙を浮かべた。1つ下の階層にこれまでとは明らかに違う魔物がいるらしい。
おそらく、魔獣王"グリムゼード"の側近である強いヤツらしいのだが、俺にはどうでもいい。
ダンジョンに入って12時間。
さすがに働きすぎた。
アリスが俺を見つめるな紺碧の瞳が俺を狂わせた。これまでモテなかったのだからそれは仕方なくないか?
「ア、アード……大丈夫かの?」
「アード様……えっと……」
カレンとランドルフは軽く引いているが、アリスは頬を染めた無表情で俺の頭を優しく撫でながら包み込んでくれる。
「旦那様。少し仮眠を摂りますか?」
「いやだ。ちゃんとベッドで寝たい……」
「「「………」」」
「エール、飲みたい。シルフちゃんに会いたい! ガーフィールにすら会いたい!」
「……ひ、"膝枕"はどうでしょうか?」
ひ、膝枕、だと……!?
アリスの言葉にスクッと立ち上がり、真っ赤になったアリスを見つめる。
「ぼ、僕がするよ!」
カレンはバッと手を上げたが、安定の無視を決め込み、
「じゃあ、ちょっと寝る……」
「……はぃ」
俺は二つ返事で意見を曲げた。
「カレン、うるさくしたら絶対に許さないからな」
「……む、むぅ〜……」
「聖剣を
「……わ、わかったよ、アード様」
「じゃあ、アリス」
スタッ……
俺は素早く座り込み、ダンジョンの地面をポンッと叩き、
「頼む!」
アリスに行動を促した。
アリスは顔を赤くしたまま少し恥ずかしそうにチラチラとカレンとランドルフを見たが、俺の指示通り腰を下ろす。
「旦那様。どのくらい休まれますか?」
「アリスに任せる」
「……はい。では……、どうぞ?」
フワッ……
素晴らしい感触。
頭が柔らかい太ももに包まれる。
カレンやランドルフの顔を見て、現実を突きつけられるのが嫌な俺は、アリスのお腹の方に顔を向けて寝そべった。
ダンジョンに12時間もいるのに、アリスからはいつもと変わらずいい匂いがする。そっと目を閉じると、ここがダンジョンだなんて事も忘れてしまいそうだ。
最高だ。至福だ。アリスは女神だ。
アリスから漏れ出ている慈愛に満ちたオーラに疲労が浄化されていく。
「……アリス。頭も撫でてくれ」
「……はぃ」
ぎこちない手つきだが、頭を規則的に撫でられると、ここは天国なのかと錯覚してしまうほどだ。
きっと無表情で真っ赤なんだろうな……。
そんな事を考えながら、俺は睡魔に抗う事も出来ずに意識を手放した。
※※※※※
「……アードは『自由』の化身じゃな」
「ハ、ハハッ、そうだね。いいなぁ〜……アリス」
「カレン。恐らくアードは貴族になる気はないぞ?」
「……なってもらわないと僕はどうなるのさ!」
カレンの言葉にアリステラは無表情で人差し指を唇に当てると、カレンは慌てた様子で口を塞ぎ、コクコクと頷く。
「……それにしても、わかっておるか? カレン」
「……魔物達の"弱体化"だよね?」
「魔物と遭遇した直後にアードは、全ての魔物に触れ、あらゆる物を《縮小(シュリンク)》しておる」
「魔物の"強度"、"速度"、"腕力"……いや、もしかしたら"全性能"……。ラン爺、アード様が明らかにサポートに移行し始めたのは……?」
「恐らくじゃが、"空間"はなかなか消費が激しいのじゃろう……。もしくは……、」
ランドルフはそこで言葉を切り、眠ったままアリステラのお腹に顔をスリスリしているアードを見つめ、
「……ただ、魔物達の返り血を浴びたくなかっただけか、じゃな……」
そう言葉を続けた。
「……僕との模擬戦は本当にほんの遊びだったんだって実感するよ」
「……仕方ないわい。アードは"神の子"じゃからのぉ。気落ちするでないぞ?」
カレンはランドルフの言葉にクスッと笑みを溢す。
「それにしても……、これだけ早いダンジョン攻略など、明らかに常識の範疇を超えておるのぉ。ワシらにこれほどの余力が残っておるのも異常じゃ」
「……本来の予定はどうだったの?」
「丸1日をかけて、25階層まで潜れれば上等じゃと思っておった」
「ハ、ハハッ……」
「それにしても、【縮小】とは、どこをどう考察しても答えが見えん。アード本人の魔力の質も気になるし、そもそもの生い立ちから……、いや、今、目の前で見れる物から、じっくりと検証を……、」
ランドルフは独り言のようにつらつらと言葉を並べ始め、カレンはそんなランドルフを懐かしく思う。
(【四大属性】の可能性を模索してた時にそっくりだなぁ……)
元宮廷魔法師団長だったランドルフの探求している姿が、幼い頃の1番の娯楽だったカレンは、若返ったようなランドルフに頬を緩める。
複数の魔法をパズルのように組み合わせ、新たな魔法を生み出し続けた頃のランドルフが帰って来たかのような心持ちだったのだ。
チラリとアリステラに視線を向けると、真っ赤な顔をして唇を噛み締めてモゾモゾしている姿が目に入る。
――カレンちゃん! 今日は何して遊ぶ?
まだスキルを授かっていなかった頃のアリステラの笑顔が頭を巡る。徐々にだが、確実に"人間らしさ"を取り戻している"親友"の姿も、カレンにとって驚嘆すべき物であった。
(……はぁ〜……、僕もアード様が欲しいなぁ)
アリステラが笑わなくなって行く姿に胸を痛めていたカレン。自分がどれだけ努力しても叶えられなかった事をいとも容易くやって退けているアードへの恋慕はとどまる事を知らない。
「ラン爺……。僕もお嫁さんにしてもらうよ? アード様は世界に2人と居ないもん」
「……フォッフォッ、まぁ、陰ながら応援してやるわい」
「大丈夫さ! 『秘策』があるからね!」
カレンの大声に焦ったようなアリステラとランドルフ。
「……ガ、ガーフィール、エールだッ!」
ガバッと起き上がったアードはキョロキョロと辺りを見渡す。
「……そ、そっか……。ダンジョンだ。なんて最高で、なんてふざけた夢だ……。ここで終わるとか無茶苦茶だ! クソぉ……《時間縮小(タイム・シュリンク)》してやろうか……」
独り言のようにアードは呟き、またアリステラの膝に顔を埋め、涙を滲ませる。
《時間縮小(タイム・シュリンク)》。
それはアードにとって諸刃の剣。
この世界の理(ことわり)を壊す物。
それは、『不死の証明』。
伝説の邪竜"アジダハ"との死闘で、死にかけるたびに何度も繰り返した、スキル【縮小】の真髄。
そのリスキーな力を、「ただエールを飲んでいる夢の続きが見たいから」という理由で使用しようとしているアード。
(……どれくらい寝てた? 30分くらいか? いや、それだと"1時間"スキルを使えなくなるな。と、とりあえず、夢でもいいから一杯だけでも……!!)
アードはムクッと起き上がるとアリステラの真っ赤な顔にクスッと笑みを溢す。
「あと"10分"寝るから。おやすみ、アリス……。《時間縮小(タイム・シュリンク)》」
アードは夢でエールを飲むためだけに、自分の胸に触れ、自分が過ごした"10分間"の時間(タイム)を《縮小(シュリンク)》して"過去に戻った"。
〜〜〜〜〜
◇〜10分前〜
「それにしても……、これだけ早いダンジョン攻略など、明らかに常識の範疇を超えておるのぉ。ワシらにこれほどの余力が残っておるのも異常じゃ」
「……本来の予定はどうだったの?」
「丸1日をかけて、25階層まで潜れれば上等じゃと思っておった」
カレン、ランドルフ、アリステラは"時間(タイム)"が縮小(シュリンク)されたことに気づかず、先程と全く同じ時間を繰り返す。
アリステラはカレンとランドルフの会話に聞き耳を立てる事なく、
「本当に可愛らしい旦那様です……」
小さく呟きながら、アードの頭を撫で続けていた。
夢に戻るつもりが、すっかり目が覚めてしまったアードだけが"未来"を知っているのだが、寝ていたアードには、これは初体験の物だった。
規則的に撫でられ続ける頭と、アリステラの柔らかい膝枕。
(……夢には帰れなかったし、"20分"は【縮小】使えないが……、いい事、聞いたなぁ!)
アリステラの独り言に胸をキュンとさせた。
《時間縮小(タイム・シュリンク)》は、"縮小(シュリンク)して過去に戻った2倍の時間"、反動で【縮小】自体が使えなくなる。
同じ過去に戻れないように、"世界"の『修正』が働くのだ。アードが"死にかけた時に数秒だけ使用する"と決めていた最終手段。
それを、夢の中でエールを飲むためだけに使用出来たのは、"勇者パーティー"のみんなを信用し始めた証に他ならなかった。
しかし、アード本人はそこまで考えているわけではなく、ただニヤリと頬を緩め、眠ったフリをしながらアリステラの膝枕を堪能したのだった。
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