第24話 〜シルフィーナの決意〜
【side:シルフィーナ】
―――辺境都市「ルフ」 酒場"ラフィール"
「シルフちゃーん! こっちにエール3つ!」
「はぁい! すぐに持っていきまぁーす!!」
久しぶりの"通常営業"。
最近は"貸し切り"だったが、アード君達はルフにはいない。
ラフィールの盛況は、『勇者パーティーの行きつけの店』ということが大きな影響がある。
(アード君。大丈夫かなぁ……)
頭の中にはアード君の事ばかりだったので、この忙しさはありがたいが……、
「シルフィーナって言うんだぁ! めちゃくちゃ可愛いね!? 俺なんかどうかな?」
今日、8度目になる不快な言葉。
アード君じゃないだけで、これほど不快になるとは思わなかった。
「……パパ! また"不純なお客様"が!!」
お客様にニコッと笑顔を返しながらパパに声をかけると、パパはカウンターからエール片手に飛び出してくる。
ガンッ!!
「ここは酒と飯……。仲間との絆を深め、"笑い合う"場所なんだよ、お客さん。ウチの娘が欲しいなら、俺を通してくれ……」
「「「…………」」」
「"コイツ"はサービスだ。ゆっくりしてってくれ」
至近距離でのパパの『圧』。
「え、あ、はい……。あ、あ、あ、ありがとうございます……。い、いただきまぁーす!」
大抵のお客様はいつもコレで萎縮する。
でも……、
――ハハッ! お前が『一杯奢る』って言ったんだろ? そんなことより、本当に親子か? お前の娘がこんな美人ならさっさと言えよ! 気に入ったぜ、この店!
アード君は何食わぬ顔で笑った。
――カッカッカッ!! ウチの娘はやらねえからな! 名前は? まだ聞いてなかったよな?
パパが、"ウチ絡み"で笑ってるところを初めて見た。
――アード・グレイスロッド。最弱スキル【縮小】のDランク冒険者だ。
とても綺麗な容姿と異常な落ち着き。
あぁ〜……。ダメだなぁ。またアード君の事、考えちゃってる。
今のウチには"失恋の日"の『誓い』が支えだと実感した。
〜〜〜〜〜
「アード君、アリスさん。大丈夫? 飲み過ぎだよぉ」
「シルフちゃん! 俺は大丈夫! 全っ然、酔ってないから」
「私も大丈夫"れす"。申し訳ありません、シルフさん」
すっかり出来上がったアード君と、お酒に顔を赤くしながらも無表情のアリスさん。
バフッ……
とりあえず、ウチの部屋に連れて来たけど、2人はほぼ同時にウチのベッドに倒れ込んだ。
「旦那様……」
アード君を呼んで、むにゃむにゃと眠りに落ちたアリスさんと、
「アリス……」
アリスさんを呼んで、アリスさんの胸に顔を埋めたアード君。アリスさんは「ふふっ……」と小さく微笑むとアード君の頭を抱きしめる。
「はぁ〜……。見せつけないでよ……」
ウチは大きなため息を吐いて口を尖らせた。
ウチはお酒を飲んでいないから、名前を呼び合って抱きしめ合う2人に何とも言えない心境だ。
アリスさんの笑顔は本当に非の打ち所がない。
きっとこの世界で1番、綺麗な人……。
なんで、アード君なの……?
いや、そりゃ、カッコいいし、実は優しいし、いつも余裕があって、面白くて……って……、何やってんだろ、ウチ……。
なんだか見てられなくて、下に降りようとしてもパパとランドルフ様の大きな笑い声が聞こえ、
(邪魔するのも悪いよね……)
階段の上で足を止めてしまう。
仕方なく自室に戻り、部屋でシャワーを浴びながら込み上がる涙を堪える。嫌でも抱き合って眠る2人の姿が浮かんで来て、胸が痛くて仕方ない。
「ウチだって、アード君の事、好きだもん……。アリスさんにも負けないもん……」
小さく呟くと気持ちが溢れ出る。
嫉妬している。
誰よりも美しい聖女様に。勝てるはずなんて微塵もない"女神の化身"に……。
シャワーがあってよかった。
涙も、汚い心も、綺麗に流れてくれる。
部屋に戻ると、先程とは違う光景。
アード君の背中にアリスさんが顔を埋めて腰に手を回している。
ボフッ……
3人で寝るには狭すぎるシングルベッド。
アード君の前に寝転がれば、長いまつ毛と整った顔は目の前にある。
トクンッ、トクンッ、トクンッ……
「ウチはずっと好きだったんだぞ? アード君……」
綺麗な寝顔を見つめながら頬をツンツンと刺激するとアード君は少し眉間に皺を寄せる。
(可愛い……)
心の中で呟くと、また涙が浮かんで来てしまう。
もっと早く言えてたら……。
……これは負け惜しみだ。ウチにはアリスさんに勝てる物なんて1つもないってわかっている。
でも言わないわけにはいかない。
寝ててもいい。
ただアード君に伝えてみたかっただけ。
パチッ……
急に開かれた黒い瞳。
綺麗で、深い漆黒の瞳がウチを見つめる。
「え、あ、ごめんね? 起こしちゃったかな?」
「……ふっ……、シルフちゃん、いい匂いだな」
人懐っこい笑みにキュンとする。
アード君は小さく呟くと、薄く笑みを浮かべたまま、また瞳を閉じて眠りについた。
騒ぎ始めた心臓が痛い。
湧き上がる欲が抑えられない……。
もう"誰かの旦那様"になってしまったアード君。
――あなたの心を踏みにじってしまいました。心から謝罪致します。本当に申し訳ありませんでした……。
――……私は初めて恋を知りました。旦那様の許可もなく……。あなたの気持ちを知りながら、とてもズルい方法で……。
――旦那様があなたに惹かれる理由がよくわかります。素直で可愛らしくて、気遣いが上手く笑顔が誰よりも似合う……、私はあなたのような人になりたい……。
アリスさんがお世辞や嫌味で言ってないのはわかってる。
無表情に奥に透けて見えた、アード君への激しい恋情とウチに対する憧憬は、本物だとわかってる。
……やめてよ。ウチはそんないい子じゃない。
アード君はウチを心から愛してるわけじゃない。
ウチと同じ気持ちじゃない……。
滲む視界に唇を噛み締める。
アリスさんがしっかりと眠っている事を確認し、
「ごめんね。1度だけだから……」
小さく呟くと、ウチはゆっくりと綺麗なアード君の寝顔に顔を寄せる。
チュッ……
頬に触れるだけの軽いキス。
唇にするわけにはいかないから。
そんな事をしちゃったら、アリスさんの綺麗な紺碧の瞳を見れなくなっちゃうから。
「……大好きだよ、アード君。だから……、アリスさんといっぱい……、いっぱい幸せに、な、ってね……?」
堪らない幸福感と罪悪感。
諦めるためにした行動なのに、
(どうしよう……。もっと好きになっちゃったよ……)
涙が止まらない。
ウチは必死に2人が起きないように声を押し殺し、涙を流し続けながらも、必死に考える。
諦められないなら、諦めない。
友達のままじゃ嫌なら、努力する。
泣いてばかりの自分は嫌いだから前を向く。
ウチに足りなかったのは一歩を踏み出す勇気。
――シルフちゃん、エール!!
アード君の笑顔が見れなくなる事が怖くて、自分から動けず、待ってるだけだった自分。
ウチは……、そんなウチ自身に勝ちたい。
キュッ……
アード君の小指に自分の指を絡める。
「……いつかウチは……、あなたの隣に立つよ」
アリスさんには聞こえない。
アード君にも聞こえない、「宣戦布告」。
(……ウチも強くなりたい。アード君の横で……!)
固く、固く自分に誓い、涙を拭う。
ウチのスキルは【追憶】。
物に触れる事で、その物の"声"を聞けるだけの戦闘力なんてまるでないスキルだ。
でも……、
パパが大事に保管してる大きな盾。
パパは何も教えてはくれないけど、アード君との"追いかけっこ"……、ランドルフ様とあれほど仲良く話せるなんて、ウチの想像以上にすごい冒険者だったのは間違いない。
あの"盾"には『無数の声』が眠っているはず。
それをなぞれば、いつかきっと……。
ウチもあなたの隣に……。
〜〜〜〜〜
「おい、シルフ! 何、ボーッとしてるんだ? これ、3番テーブルだ!」
パパの声にハッとする。
「あ、はぁいッ!」
ウチは慌ててエールのジョッキを掴んだ手には、包帯が巻かれている。
――シルフちゃん! 手、どうした? 何があった?
――シルフさん……。よろしければ治癒させて頂けませんか?
血相を変える2人に笑顔をで返した。
――ふふっ、なんでもないよ? 大丈夫!
これは1週間の努力の証。
この"痛み"は自分が前を向いた事の証明。
パパには内緒で盾がある部屋にこっそりと入った。
どう見てもウチには持ち上げる事ができない大きな盾に苦笑していると、盾の裏には短剣が2本。
『違う。そうじゃないよ? "ラフィの娘"』
"ママ"の"2本の短剣"が道を示してくれている。
パパはウチが冒険者になることに反対みたいだけど、絶対に認めさせてみせる。
「お待たせしました! キンッキンに冷えたエールです!!」
ウチはいつもアード君の姿を反芻してる。
――ラフィールの1番のつまみは、シルフちゃんの笑顔だな!
アード君が居ないラフィールでも泣いたりしない。
ウチは目一杯の笑顔を浮かべるんだ。
(待っててね。アード君……)
確かな決意と淡い期待を胸に秘めて……。
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