第23話 旦那様の指揮と"不名誉な力"



―――32階層



【side:アリステラ】



「カレン、右を仕留めろ。ランドルフ、奥を足止め。アリスは俺のカッコいいとこ見てろ!」


「了解だよ! アード様!!」

「承知したぞい! アード」


 旦那様の言葉にグッと唇を噛み締め、


「……はい」


 小さく呟いたけど、目が離せるはずはない。


 「見惚れる」。


 そう、きっと"これ"が「見惚れる」と言う事だ。



 本来群れないはずの、羽虎(ウィングタイガー)「A+」が5匹。


 統率されている動きは、このダンジョンの最下層に城を築いたのが、ランドルフの読み通り、魔将王の1人である『魔獣王"グリムゼード"』である事を知らせてくる。


 旦那様は私と"約束"をしてから、勇者パーティーを指揮し始め、"無駄"を徹底的に排除するかのように、カレンとランドルフに指示を出す。


 右に1匹、奥に2匹、左に2匹の配置。

 旦那様は左の羽虎(ウィングタイガー)に口角を吊り上げて余裕の笑み。


(うぅうううう!! カ、カッコよすぎるんですが……!!)


 戦闘中の緊張感が一切ない。

 旦那様からは焦燥と畏怖という感情が存在しないのかもしれない。


 私は薄く微笑まれている旦那様の唇にしか視線が向かず、ドクンッドクンッと高鳴り続ける胸に顔に熱が襲ってきて仕方がない。



「《空間縮小(スペース・シュリンク)》、《常時》……」



ズワァア……



 旦那様が呟くと、刀に"黒いモヤ"が纏う。



グザンッグザンッ!!



 パッと現れては一閃する姿。

 鋭い目つきに、魔物達に対する嘲笑。


「アリス。ランドルフに《魔力回復(マナ・ヒール)》! カレン、奥右を片付けろ」


 的確に周囲を観察する視野の広さには驚嘆せざるを得ない。


 旦那様には"魔法"は使えないはずなので、おそらくはこれまでのダンジョン攻略で私が《回復(ヒール)》するタイミングを冷静に見極めていたのだろう。


 戦闘においても、危機察知能力とも言えるのか、言葉を話さない魔物の心を見透かしているかのような印象だ。


「カレン。無駄な大技は使うな。これくらい、剣技で圧倒できるだろ? ランドルフ、サボるな! 俺とカレンを"区切れ"!!」


 後ろに目でもついているのでしょうか?

 この圧倒的な空間把握能力……。


 「A+」の魔物との戦闘中において、なぜこれほどの余裕を醸し出せるのでしょう……?



ゴォオオオオオオ!


「アード! 次は!?」


グシュッ!!


「アード様! 次!!」



 ランドルフはカレンと旦那様を《炎牢(フレアサークル)》で区切り、カレンは目の前の羽虎(ウィングタイガー)を屠る。


 すぐさま次の指示を請う2人だが……、




「"次"はもうない……」



グザグザンッ!!



 旦那様が2体の羽虎(ウィングタイガー)の首を切り離す。


 "短距離の転移魔法"のような物で瞬間移動し、躊躇なく刀を振るう。斬った場所には"黒い傷跡"が残るが、すぐにズズズッと消えて行く。


(……わ、私の旦那様です! あのお方が私の旦那様なのです!!)


 私はピクリとも動かない顔のまま心の中で絶叫した。




※※※※※



 アリスと手を繋いで下層へと向かう。


 少しでもいいとこ見せて、"キス以上"を!!


 俺は手を繋ぐ度に、顔を赤くするアリスに頬が緩みっぱなしだが……、


「アード様は後ろに目でもついてるの!?」

「アード。お主の"戦術眼"はどうなっておるのじゃ? 上空から戦闘を見下ろしておるのか……?」



 カレンとランドルフの過剰な反応はどうしたものか……。俺は早く終わらして、さっさと帰りたいだけだし、"眼"がいいわけじゃない。


 "隠さなくていい"パーティーは初めてなだけに、戦闘の『楽さ』は尋常じゃないし、流石に優秀なヤツらばかりだから単体でも充分に機能する。


 俺の"力"を知っているだけに、指示しても反発されるような事もないし、思うように動いてくれるのは本当にありがたいが……、この尊敬の眼差しはやめて欲しい。


「俺は別に"眼"がいいわけじゃないぞ?」


「魔法は使えんのんじゃろ? どのようにして周囲を把握しとるんじゃ? ワシの"感知魔法"よりも判断が早い者なんて、普通はおらんぞ?」


 ランドルフの苦笑に俺も苦笑を返す。


「……まぁ……、なんかわかるんだよ。俺には」


「……そうか。まぁよい!! ええ"司令塔"じゃ! カレンがいつも暴走してやりづらかったが……、いやはや、お主が動いてくれるだけでまるで別物じゃわい!」


「当たり前だよ! アード様は僕を赤子扱いしたんだから!!」


「……まったく……。なぜあなたが誇らしそうなのですか……」


 アリスの言葉にランドルフは「フォッフォッ」と声を上げて笑い、カレンは「だ、だって、アリス!」などと言い訳を始めた。


 俺もそれを呆れたように笑いながら、先程のランドルフの言葉を反芻していた。



 『なぜ感知魔法より判断が早いか?』


 これは、あんまりカッコいい物じゃない。

 アリスの前では……、っていうか、誰にも言いたくない!


(い、いじめられてた時に身についた"不名誉な力"だなんて、口が裂けても言えるか!)


 幼い頃、いじめ続けられる日々の中で、俺は「どこを、どう攻撃されるか?」を予測し、備えるようになった。


 その過程で"暴力の気配"に敏感になり、人より危機察知能力が高いだけなのだ。


 アリスとの"濃厚キス"を控えているのに、そんな情けない事を知られたくないし、そんなに驚嘆されても知らない!


 ……いや、適当に誤魔化して、すごい"眼"を持ってる事にした方がよかったか? あぁ! これだから人間関係は煩わしい! クソッ! エールだ! エールがないから頭が回らないんだ! クソッ!!




ギュッ……



「旦那様……?」


 アリスの紺碧の瞳が俺の瞳を見つめる。

 無表情の奥に微かな気遣いを感じると同時に、全てがどうでもよくなりぷっくりとした唇にしか視線が向かなくなってしまう。


「……どうした? 俺のあまりのかっこよさに帰るまで待てなくなったか? い、今、してもいいんだぞ?」


「……」


 否定も肯定もせずに無表情のまま顔を染めるアリスにゴクリッと息を飲むと、


「な、何!? 何をするの? それは僕もしていい事なの!?」


 カレンは俺とアリスの前に立ち塞がり、真紅の瞳をキラキラと輝かせる。


「……夫婦でなければ許されない事です」


「……じゃあ、僕も出来るね!」


「カレン。あなたって人は……」


「カレン。お主、男嫌いじゃなかったかのぉ?」


「ラン爺! この世には運命の出会いって物があるのさ!」


 アリスが呆れ、ランドルフは苦笑し、カレンは馬鹿な事を恥ずかし気もなく言ってのける。


 英雄だなんだと、勝手に持て囃され、誰かが作りあげた"俺"にはなりたくない。


 それなら「無能だ」と笑われる方が数百倍マシだと思って演じ続けたが、心の底から俺(縮小)を馬鹿にする事なく接してくるパーティーは初めてだ。


 その"きっかけ"である無表情のアリスの横顔を見つめ、整いすぎた麗しの聖女に、トクンッ、トクンッと鼓動が少しだけ早くなっていく。


(……の、濃厚キス!! ……いや、その場の雰囲気で"それ以上"が待ってるんだ! そ、そ、その無表情を崩してやるからな!!)


 "何か"を誤魔化すように心の中で叫ぶと、パチッと目が合う。


 アリスは何も言わずに仄かに頬を染めるので、俺まで釣られて顔に熱が湧いてくる。



ガシッ!!



「ア、アード様! 僕ともアイコンタクトしよう! ほ、ほら! アード様が褒めてくれた紅い瞳だよ!?」


 カレンが手を引くので、意図せず視線を向けてしまうと、確かに綺麗な真紅の瞳と目が合う。


ポォー……


 カレンはみるみる頬を赤く染めると、


「……ぼ、僕も大好きだよ!!」


 感極まった様子で瞳を潤ませた。


 コイツはもうマジでバカだ。

 バカすぎて、ちょっと面白くすら感じる。


 ランドルフはカレンの肩をポンッと叩き、


「何を言っとるか意味がわからんが、とりあえず、よかったのぉ、カレン」


「さっき、アード様の瞳が、」


「そんな事はどうでもええんじゃが……、なぁ、アードよ……。そろそろ酒が飲みたいのぉ……」


「ハハッ! 確かにエールが飲みたいな! 収納魔法って温度とかに変化あるのか? 【縮小】は温度の変化があるんだよ」


「……! 食品の品質は入れた時のままじゃから、案外いけるかもしれんのぉ!! じゃが、収納には限度があるから、」


「よし! 次から荷物は俺が持ってやる! その代わり、収納魔法の中にはガーフィールに作らせたつまみと冷えたエール持って来ようぜ!」


「おお! ええのぉ! それ、最高じゃ!!」


 酒の話をすると、なおさら早く帰りたくなる。


――アード君、いらっしゃい!

――よく来たな、アード!


 頭の中にはシルフィーナとガーフィールの笑顔。


(2人とも俺に会えなくて泣いてるだろうな……)


 まだ1日も経ってないのに、軽くホームシックになって来た俺は、"怠惰スイッチ"が入る前に全てを終わらせようと思った。


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