第22話 やる気スイッチ


―――18階層




グモォオオオオ!



 "ミノレックス"「B+」の群れ。

 2.5mほどのミノタウルスの手には大きな斧が装備されている。明らかに統率が取れた動きに、指揮官の存在が透けて見えている。



「あぁ! もお!! ワラワラとめんどくさい!!」



グザンッ、グザンッ!!



 カレンは群れに臆する事はなく、2本の聖剣を手に剣を振るい続け、



「《煉獄の業火》!!」



ゴォオオオオオオ!!



 ランドルフは大技を放つ。



「《聖なる祝福》……」



ポワァア……!!



 アリスは俺の手を握ったまま、2人に"なんかいい感じ"の魔法をかけている。


 もちろん何もしていない俺は、ただ目の前の勇者パーティーの活躍を眺めながら、


(……エール飲みたい)


 完全にダンジョン攻略に飽きていた。


 魔物を倒すたびにチラチラと俺の顔を伺うカレン。魔力の無駄遣いとしか思えない魔法を放っては、俺にドヤ顔を向けてくるランドルフ。


 そもそもコイツらにサポートは必要ない。


 以前、このダンジョンで迷子になった時には、「ミノレックスなんて居なかった」とか、「やけに俺達を目の敵にして襲ってくるな」とかは、気にもならない。


 アリスと手を繋いでテンションが上がり、ドキドキワクワクのダンジョンデートの楽しさに慣れると、(さっさと済ませてラフィールに行って酒を飲みに行きたい)とか、(早く"新居"に帰って、お風呂入っておっぱい見たい)とか、そんな事ばかり考えている。



 もうダンジョンに入って5時間くらいか?



 基本的に、俺は3時間程度で済むクエストしかやった事がない。


 Dランクパーティーと勇者パーティーを比べるものじゃないが、もう完璧に酒を飲んでる時間。


 ぶっちゃけ、暇だし集中力もない。


 マジでただついて来ただけ。

 マジで何もしていない。

 荷物すら持っていない。


 ただ、めちゃくちゃ上等な装備を身につけて、散歩に来ただけの状況が、だんだんと苦痛になって来るから不思議だ。



「《千剣聖乱(センケンセイラン)》!!」



グザッグザッグザッグザッ………



 カレンの【聖剣神技】。

 初めこそ、その派手さとかっこよさに痺れたが、


(やるなら最初からしろよ、ばぁか)


 って感じだ。


 あぁ、帰りたい。


 シルフィーナはもちろん、ガーフィールすら恋しくなって来た俺は自分自身が(マジでもう限界なんだな)と苦笑する。



「……なぁ、アリス。もう2人で帰らないか?」


「まだダンジョン攻略は始まったばかりですが?」


「でも、もう我慢出来ないんだよ……」


 一刻も早くアルコールを摂取しないと、一日が終わらない。


 遠くには「うぇえ、汚いなぁ」と血塗れになっているカレンと、「ほれ、《水玉(ウォーターボール)》」などとカレンに頭の上から水をぶっかけているランドルフ。


(ふっ、それ身体洗うやつじゃないだろ)



「ありがとう、ラン爺」


 普通に笑顔でお礼を言っているカレン。


 俺は(やっぱりバカだな)なんて薄く笑っていると、



「……それは、"私"をご所望と言うことでしょうか?」



 か細い声が隣から聞こえた。



 真っ赤な顔をして小さく唇を噛み締めているアリスの姿に、俺は言葉を失ってその可愛さに悶絶する。



「……へ? あ、いや、……そうだ!」

 

 よくわからんが行けそうな気がする!

 完璧に酒の事だったけど、行けそうな気がする!


「……そうですか。……し、しかし、このダンジョンに城を築いた魔将王のせいで苦しんでいる民を放っておく事はできません。ここ数日間の穏やかな日々。私には、あのように"幸せな日々"を送れず、嘆いている人達を放っておく事は、出来ないのです……」


「……」


「申し訳ありません……」



 アリスはそう言うとギュッと俺の手を握るが、その手は微かに震えていて、なんとも言えない気分になる。



 でも……、


 "幸せ"な日々……? えっ? 幸せだったの?

 俺と一緒に風呂に入らされて、添い寝させられて、飲み歩かされて……? おっぱい触られて……。


 その生活が幸せだったのか?


 待て待て……。じゃあ、このクエストを達成したら、"いい"のか? このクエストを達成したら、"アリス攻略"していいのか!?



 ゴクリと息を飲み、アリスを真正面から見つめる。



「じゃ、じゃあ……、このクエストを終わらせたら、その……、あの……、」



ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……



「キ、キスしていいか?」


 はっ? キス? 何ビビってんだ、俺!

 ふざけろ! そんなんだから童貞なんだよ!



 アリスは少し目を見開くと、すぐに顔を赤くする。


「……あ、ありがとうございます。"クエストを終えてから"という私の気持ちを尊重して下さって」


「……」


「あれ以来ですね。口づけは……」


 アリスはぷしゅ〜ッと頬を染める。


 その姿にもうどうでも良くなってしまった。

 たとえキスだけだったとしても、それで充分と思えるほど、俺の嫁は可愛らしいし、麗しい。


 嫌々ってわけでも、義務による物でもなさそうだ。


 ずっと手を繋いでいるダンジョン攻略に、アリスの心の中に"何かしら"の心の変化があったのかもしれない。


 "なんやかんや"で、次にも進める可能性もゼロじゃない。つまり、"触れ合う"という一点を確約させたことは大きい!


 流石、俺だ! 完璧な流れだ!!



パッ……



 俺はアリスと繋いでいた手を離し、少し驚いたようなアリスの頭にポンッと手を置く。


「……つ、次は『大人』のヤツだからな! "約束"だ!」


「……はぃ」


「よし! そ、そ、そうと決まれば、俺も少し"運動"するかな! そっちの方がエールも美味いし、お風呂も気持ちいいからな」


「……はい」



 俺はカレンを笑えないほどのバカなのかもしれない。


 「自分の妻とキスができる」


 そんな"超"合法的な事に嬉々としている。


 まぁお互いに半ば無理矢理に結婚するという、特殊な結婚ではあるが、なんだか妻が恋人になったような、少しは心の距離が近づいたかのような……、



バッ!!


 感動に包まれる俺の目の前には、


「どうだったかな? 僕の【聖剣神技】!?」

「どうじゃった? ワシの《煉獄》は!?」


 目の覚めるようなバカが2人……。


「……ふっ、そんな燃費の悪い戦い方してるから、"獄炎鳥"ごときに苦戦するんだ」


「「……」」


 2人はキョトンとしてから顔を見合わせる。


「……なんだよ?」


「ハハッ! ここまで何度聞いても『その調子で頑張れ』しか言われなかったから、びっくりしちゃって……」


「フォッフォッフォッ! ようやく弟子にしてくれる気になったのかのぉ!?」


「……カレン、ランドルフ。旦那様の仰(おっしゃ)る通りです。……しっかりと自分達の戦闘を振り返るべきです」


「なにさ! アリスは顔を赤くしながらだったくせに!」


「アリスは完璧のサポートだったぞ? 俺は隣で見てたからな」


「むぅ〜……! 僕も頑張ってるんだよ、アード様」


「さっさと行くぞ。ランドルフ、次はどっちなんだ?」


「……フォッフォッ。右じゃ! 早く帰って宴会……、」



「「「…………」」」



「旦那様。そちらは左です……」


「お、オッケー! 先を急ごう!!」


 俺は恥ずかしくて顔が熱くなり、アリスと手を繋ぎ直した。



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