第21話 〜カレンの秘策とランドルフの夢〜



―――12階層


【side:カレン】




グザンッ!



 襲いかかってくる魔物を屠りながら、つい先程思いついた"秘策"の実現性を考える。


 初めての事だらけの初恋だ。

 好意を伝えても、身体に触れてみても、アード様は一切揺るがない。


――カレン。好きな男の子ができたら、押し倒して"ヤっちゃえば"いいのよ!


 伯爵令嬢にして第二王子であったお父様を射止めたお母様の言葉。僕には無縁で嫌悪感しか抱かなかった言葉が、今の僕に光明を示してくれる。



グザッグザンッ!!



 難なく魔物を屠りながら、


(うん。やっぱり……お酒を飲んだ時だよね!)


 やっぱり"それ"しかないと決意し、聖剣についた魔物の血を払うように、シュッと素振りをした。



 『酒場での記憶がないなら、その"ついで"に無理矢理にでも既成事実を作ってしまえばいいんじゃないか?』



 僕の"秘策"はけっこう的を射てると思う。

 ※犯罪です。


 アード様と僕が結ばれるためには仕方ないよね? ※犯罪です。


 無理矢理でも、一線を越えて"愛し合えば"、後は、なんか、こう……、いい感じになるよね? ※犯罪です!


 そりゃ、アリスみたいにいい子で、世界で1番の美人がずっと隣にいたら、僕の美しさも半減するけど、それでも割といい顔だと思うんだ。


 なんでアード様は僕に触れようとしないんだろう……?


 アリスの頭は撫でても、僕の頭は撫でない。

 アリスの手は握っても、僕の手は握らない。

 アリスとお風呂に入っても、僕とは入らない。


 僕の全てを打ち砕き、僕の奥底に眠っていた心を奪ったアード様。僕達は絶対に結ばれる運命にあるはずだと僕の全細胞が叫んでいる。


 それなのに、上手く行く気配はない。


 アリスはいつもいい匂いがするから、それが原因なのかもしれない。おっぱいが大きいから、それが原因なのかもしれない。


 そう思って、こっそり自分の赤髪や服をクンクンしても自分では匂いがわからない。自分で胸を育てようと揉んでみても成長の兆しはない。


 動き回って汗もいっぱい掻いてるから臭いのかもしれないし、アード様はおっぱいにしか興味がないのかもしれない。


 でも、"乱れる時"はお互いの汗も混じり合う物なんじゃないのかな? 

 

 おっぱいはまだしも、僕のお尻はキュッとしていながらも、柔らかいし、形だってアリスよりいい……、いや、同じくらいのはずなんだけど……。


 そんな事より……、


(……アード様の汗かぁ。ふふふっ……、いつも涼しい顔をしているアード様の……)


 勝手に妄想して、勝手に悦に浸る。


 チラリと2人が手が繋いでいるのが見えて、ハッと我に帰った時の虚しさは経験した事のない物だけど、アリスに対して憎悪などは湧かない。


(アリス……。アード様に2人とも幸せにしてもらおうね! よぉし! ……早く終わらせて、早く実行しよう!)


 そっとアード様が口づけをしてくれた瞳に手を当てて、笑みを浮かべる。



 早く、身体の奥底の"疼き"を解き放ちたい。





※※※※※【side:ランドルフ】




 これは"猛獣王、グリムゼード"じゃな。



 猛獣系の魔物とダンジョンに生まれる魔物達の割合を振り返りながら、下層に城を築いた魔将王が猛獣を統べる王である事を確信する。



「見て、見て! アード様!!」



 カレンは勇者の"威厳"や"尊厳"は、ゴミ箱に捨てたらしい。



――"僕"は男になる! 勇者として強く勇ましくいなければならない!



 ワシはカレンの決意をきっかけに禁酒を始めたが、明らかに"女の顔"になっているカレンには苦笑する事しか出来ない。


 じゃが……、ワシも、


「《無限水牢(エンドレスウォータープリズン)》」



ゴボォオッ!!




 大技を繰り出し魔物達を巨大な水玉の中に投獄して即座にアードの方に視線を移し、



「どうじゃ? アード!」



 "神の子"に意見を求める。


「あぁ、カッコいいな。すごい、すごい」


 アードはアリステラと手を繋いだまま、「ふっ」と小さく笑みを溢す。


(くぅ〜……!! ワシ、"神の化身"に褒められとるぅ!)


 ワシはカレンの変化を笑える立場にはない。


 自分より強者である者との邂逅は、"大賢者"と崇められる事よりも刺激的だ。


 これまでの研鑽を"神"に見て貰い評価して貰う。


 それが堪らん。


 それと同時に、このダンジョンに入ってからの不可解な問題の数々はワシの知識欲を揺さぶって仕方がない。


 アードはおそらく"何もする気がない"。


 じゃが……、魔物達の怯え方は普通じゃない。おそらくは魔物達の本能が、アードを恐れて屈服してしまっている。



 ワシにとって、これほど興味をそそられる存在があったじゃろうか? 



 アードと出会ってからのわからない事への連続が、ワシを更に高みに連れて行ってくれるという確信と、もっと魔法の可能性を広げる事ができる事への興奮が冷めない。



――世界に誤作動を起こすんだよ!



 エールをあおりながら、アードは言った。

 世界を書き換える力が【縮小】の正体らしいが、明らかに常軌を逸している。


 仮に【拡大】というスキルがあったとして、同じ事ができるのか? いや、それは出来ない。ワシの所感で言えば、スキル自体の特異性もあるかもしれんが、アードの異質な魔力の正体が鍵を握っておるように思う。



 『神がイタズラに造ったのか、使命を授けたか』


 ガーフィールの言葉は間違っておらん。


 しばらくの間、ギリギリの毎日を送って来た勇者パーティー。アードの"緩さ"が、人が本来、当たり前に持っている『楽しい』という感情を刺激する。



 アードには中毒性がある。



 男嫌いのカレンがアードの虜になったのも、傀儡のようじゃったアリステラが、意志を持ってアードと結婚した事も……、きっと偶然ではない。



 きっとアードはワシらを導く存在。

 この世界の『劇薬』。



 毎晩のように酒を飲み、笑い合ってはいるが、どこか距離を感じる。過去も未来も見据えず、アードは『今』を重視し続けている。



 ワシは"アード・グレイスロッド"という男を解き明かしたい。アードの背中を守れるような最高の魔術師となり、夜には酒を飲んで笑いあいたい。

 


 どこまでも探求したい。

 

『この世の全てを解き明かしたい』



 ワシが忘れかけていた"最初の夢"。


 きっとアードがそれを叶えてくれる。

 ワシはそんな予感がしている。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る