第20話 ダンジョンデート





―――「No.28」ダンジョン 



 薄暗い洞窟のような場所。

 松明が焚かれていて、視界の確保はできる。


 もう3階層。迫り来る魔物達はカレンの独壇場で、ランドルフはマップを制作しておりカレンには見向きもしない。



 いつもの事なのか聞きたくはあるが、仕事を手伝わないといけなくなりそうな雰囲気だから、ただただ傍観する。


 本当に迷宮だ。

 マジで右も左もわからない。

 迷子になる気しかしない。


 俺の隣でカレンの魔力を回復させながら、真っ赤な無表情で手を繋いでくれているアリスには感謝しかない。



ドクンッドクンッドクンッ……



 トラウマのダンジョンによる効果もプラスされてやけに鼓動が早い。まぁアリスもそれに一役買っているとは思う。


 本来ならすぐにでもエールを飲みたい状況だが、どこか楽しく感じられるのはアリスのおかげだろう。




グザングザンッ!!



「アード様!! 見てくれたかな!? 僕の剣技!!」


「……ああ。すごい、すごい。この調子で頑張ってくれ」


「……ずっと気になってたんだけど、"それ"は?」


 カレンは俺とアリスが手を繋いでいる所を凝視する。


「旦那様は"少し"方向音痴があるので仕方ありません」


「……アリス。鏡で自分の顔を見た方がいい。そんなに顔を染めて、らしくないんじゃないかな?」


「松明の明かりでそう見えるだけでしょう」


 アリスに視線を向けると耳まで赤くなっている。カレンは少し口を尖らせると、俺の横に歩み寄り、



ガシッ!



 アリスとは反対の俺の腕を組んだ。



「アード様が方向音痴なんだったら僕が案内するよ!」



 至近距離で俺の顔を見上げてくるカレン。

 コイツの内面はともかく、"顔と力"だけは認めざるを得ない。


 これで乳があって、お淑(しと)やかで、俺をちゃんと理解して、俺をヒモにしてくれて、王侯貴族に会う事もなく侯爵になれて、シルフィーナも嫁に出来たら、第三夫人にならしてやってもいいが、それはコイツには無理だ。


 コイツはバカすぎるところがある。

 

 スキルなんて使わなくていいのに、ザコを相手にも全力。無駄に《聖剣召喚》したかと思えば、「どれにしようかなぁ?」などと、魔物が前にいるのに聖剣を選び始めたりする。


 とにかく、派手で無茶苦茶。


 アリスの事は理解できても、コイツの事を理解する事は俺には絶対に無理だろう……。


 まぁそれはそれで面白いんだが。


 

「ふっ……」



 俺が小さく笑うと、カレンは真紅の瞳を大きく見開き、パーッと笑顔を浮かべる。


「……ちゅ、ちゅ、チューをしてもいいかな? アード様!」


「……はっ?」


「い、いいよね? 僕って可愛い顔してるしね?」


 

ギュッ……



 カレンの言葉にアリスは俺の手を握る手に、少しだけ力を込めたように感じてキュンッとする。無表情なので意図は計りかねるが、これはこれで悪くない。



「カレン。あなたは最前線で魔物を処理しなければならないでしょう? 私は後方支援。旦那様は"サポート"に徹して貰っているのです。少し考えれば、誰が旦那様の手を引くのかが分かると思いますが……?」


 グッと前に立ち、カレンの顔を覗き込むように冷静に言葉を紡ぐアリス。


 この"完璧な聖女様"はあくまで効率の問題なのだ。ギュッと俺の手を握った事も、カレンのバカさ加減が気になっただけなんだろう。


 そう理解していても、俺のポジティブはとどまる事を知らない。



ギュッ……



 チャンスとばかりにアリスとの手を握り直し、自分の指を絡ませる。


 あぁ。俺、今、麗しの聖女と"恋人繋ぎ"してる!


 俺は常に理由を探している。

 アリスに「何か」をしていい理由を……。


 その点、カレンのバカさはなかなかにいい仕事をする。カレンにキスしたくないわけじゃないが、後々バカみたいに"やらかす"のが見えている。


 俺を手に入れるために国王に要らない事を言うに決まってる。


 王侯貴族に命令されるような事態だけは、絶対に避けなければならない俺にとって、コイツは地雷だ。


「おい、カレン! 鎧が痛いんだよ。それにアリスの言う通りだ。俺を戦闘に巻き込むのはやめてくれ。"いざ"って時のサポートはしてやるから」


 普段のパーティーの時より俺は働いてないが、アリスがついて行くだけでいいって言ってたし問題ない。※言ってない。



「……そ、そうです。旦那様との約束を守らなければなりません。カレンはいつも通り……攻略を進めてください」


 ん? 恋人繋ぎに少し動揺したのか? アリス。

 どうなんだ? って、無表情かよ! クソッ!



「……わかったよ! よぉくわかった。ハハハッ……いい事思いついちゃったぁ! ランドルフ! 早く終わらせよう! いま、どんな感じ?」


 カレンは嫌な予感しかしない笑みを浮かべると、トコトコとランドルフの元へと歩いていく。


「「……」」


 アリスは俺に指を絡められたまま固まっている。


「アリス? "ちゃんと"握っててくれないと、はぐれるかもしれないぞ?」


「……はい、旦那様」


 

ギュッ……



 アリスの細く綺麗な指がぎこちなく俺の手を握る。


 一緒にお風呂に入ったり、添い寝したり、こっそりとおっぱいを触ったりしているのに、何でこんなにドキドキするんだろうか?


 ダンジョンの暗がりにアリスの紅潮した頬と透き通る紺碧の瞳。白みがかったサラサラの金髪。


 アリスからいつもより恥じらいを感じる。

 それがどこか色っぽくて、握られた手からアリスの体温が少し高くて……、



 ダ、ダンジョンデート、最高!!!!



 トラウマなんて、吹き飛ばすほどの"上書き"。


 俺はダンジョン攻略より、アリス攻略に夢中だ。


 はたから見れば、ただ手を繋いでいるだけだが、思い返したら家族以外の誰かと手を繋いで歩いた記憶はなく、なんだか心がジュンッてした。




※※※※※一方のアリス。

 


 カレンは油断も隙もありません。

 そ、そんな事より、なんだか変な気分です!


 こ、この大きな手が毎晩私の背中を……。


 クエスト中なのに、こ、こんな……、旦那様と指を絡ませて歩くなんて……、う、うううう!


 無表情で悶絶していた。


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