第19話 勇者パーティーでの初クエストへ
―――高級宿「風見鶏」
「しっかりやれよ、アード!」
「本当に気をつけてね? アード君」
満面の笑顔を浮かべるガーフィールと今にも泣き出してしまいそうなシルフィーナ。
「……」
行きたくない。行きたくない。行きたくない。
いやだ! "ダンジョン"なんか行きたくない!
だが、行かないわけにもいかない。
アリスと離れる事は許されないのだ。
ガバッ!
俺はシルフィーナに抱きつき、スゥーッと大きく息を吸う。いい匂いとあばらに当たる胸の感触を確かめながら、"充電"する。
「おい、アード! お、お前、何してくれてんだ!?」
「ケチケチすんなよ、ガーフィール。これから勇者パーティーとしての初クエストなんだ。しばしの別れを惜しんで何が悪い!」
「おまっ……、よ、嫁さんの前で堂々と、」
チラリとアリスに視線を向けるが、目の前にはカレンが立っている。
「アード様! ほら行くよ!!」
ガシッ……
カレンに腕を掴まれ、ちょこんと俺のコートを摘んでいたシルフィーナから引き剥がされる。
「……ほ、本当に気をつけてね? ちゃんと帰って来てね?」
「シルフちゃん、俺、絶対に、」
「大丈夫、大丈夫! アード様は最強だから!」
「え、あ。はい。カレンさん……」
カレンに感動の別れを台無しにされ、転移陣の元まで手を引かれ、アリスとランドルフと合流する。
「……旦那様。では行きましょうか」
アリスは無表情で口を開く。
「ラン爺、いつでもいいよ! "魔将王"が相手でもアード様の力があれば何の問題もないよ!」
「フォッフォッ! 確かにアードがおれば、すぐじゃわい!」
目的地は「No.28」のSランクダンジョン。
7人の"魔将王"の1人がダンジョン内に城を築き、ダンジョンから魔人や魔物が溢れかえっては近隣の村や都市に壊滅的な被害が出ているとの事だった。
ランドルフの転移陣は風見鶏の裏庭に設置し、勇者パーティー……、俺を含めた4人でその上に立つ。
「《転移(ワープ)》……」
ポワァア……
ランドルフの言葉と共に、勇者パーティーの初クエストが幕を開ける。
(……エール飲みたい!! もう全てを忘れ去りたい!!)
現実逃避を望む俺は、もちろん、涙目。
「ア、アード君! 本当に気をつけてね!」
「さっさと済ませて来いよ? ご馳走を準備しといてやるよ!」
「シルフちゃん、ガーフィール! 俺、やっぱり、行きたくな、」
俺の言葉は2人には届かなかった。
〜〜〜〜〜
新婚生活が幕を開けて5日目。
高級宿でダラダラと過ごし、万全の変装をして夜にはラフィールに飲みに行く。
宿に戻り、一緒に風呂に入る。
お互いの"背中"を洗い合ってから、同じベッドで眠るだけの日々が続いた。
2日目の朝には「おっぱいを触ってみよう大作戦」を決行し、アリスが起きないように、こっそりとおっぱいを触ってみたりしたが……、
「んっ……」
小さな声が聞こえてアリスの顔を伺うと、目をギュッと閉じている真っ赤な顔のアリスがいた。
アリスがエロすぎて、バッキバキになりながら鼻血を吹き出したのもいい思い出だ。
はっきり言って「無理矢理はしない」という言葉を後悔しかしなかったが、童貞の俺にはかなり刺激の強い毎日。
(まぁこれくらいがちょうどいいのかもしれないな)
などと心の中で呟きながらも、タオル1枚の聖女に悶絶しては、虎視眈々と「アリスと一線を越えるためのはどうすればいいのか?」を考える日々を送っていた。
ランドルフに至っては、俺以上の大酒飲みで、
「クエストとかもうええじゃろう……。それより、飲みに行かんか? "アード"!?」
などとめちゃくちゃ話しのわかるやつで驚いた。すっかり名前を呼び合うほどに意気投合し、
「アードは賢いのぉ……。ワシも若い時に気づいておれば……」
などと英雄にあるまじき言葉がすっかり板についている。
「この爺さんは禁酒させないとダメだな」
苦笑するガーフィールも記憶に新しい。
麗しすぎる妻と、飲み歩ける友人、変わらずに接してくれる店主と看板娘。
不安しかなかった勇者パーティーは尋常ではないほどの幸せに包まれていた。
問題は……、
「アード様!! アード様の装備を揃えたよ! 早くクエストに行こうよ!」
獄炎鳥の素材をふんだんに使った衣服と軽装備。籠手に簡易鎧に黒いコート、それから少し変わった形の剣……極東に伝わる"刀"と呼ばれる物まで、一式を揃えて持って来たカレンは、もう屠ってやろうかと思った。
頑なに「行きたくない」と駄々をこねる俺。
「……カレン。旦那様もこうおっしゃっていますし、"緊急クエスト"が来るまではこのままでもよろしいのでは?」
相変わらずの無表情で味方してくれる妻。
「……実は2日前に緊急クエスト出とったんじゃ……」
照れたように「忘れとった、ごめん」と舌を出しながら絶望を叩きつけてきたクソジジイ。
「全っ然、可愛くないぞ! ランドルフ!」
俺の怒号にアリスは、
「……仕方ありませんね。困っている民を放っておくわけにはいきません」
俺の妻から聖女になった。
ここ数日、無表情ながら赤面するところばかり見ていたので忘れていたが、アリスが俺と結婚したのは勇者パーティーの戦力増強である事を思い出した。
(アリスって、実は俺のこと好きなんじゃね?)
そんな事を考えていた俺は、自分をぶん殴りたくなり、なんか泣きたくなった。
「ふふんっ! じゃあ、今日は各々準備して明日の明朝に出発するよ! それでいいね? アード様!」
カレンのドヤ顔は、悔しいけど顔だけは悪くなかった。
〜〜〜〜〜
転移魔法で訪れた場所に俺は絶句する。
「こ、ここが、魔将王の1人が、城を建てたダンジョンか?」
「そうじゃぞ? "No.28"のSランクダンジョン。この世界の謎が詰まった異質なダンジョンじゃ」
「アード様、このダンジョンには伝説の邪竜"アジダハ"が巣食っていると言われていたけど、その存在が3年ほど前に消失したんだ!」
「……へ、へぇー……"アジダカ"? えっと、ソイツはどんな邪竜なんだ?」
「"3頭3口6目"の化け物です。旦那様……」
「ふ、ふぅ〜ん……」
アリスの言葉に興味無さそうに答えながら、(ソイツ、知ってるぅう!!)と心の中で絶叫する。
俺にダンジョンにトラウマを植え付けたのが、この「No.28」のダンジョン。
あの時は何の知識もなくダンジョンに飛び込んだが、ここがSランクのダンジョンだなんて聞いてない!!
2階層でパーティーメンバーは逃げ出したまま、あれ以来会ってないし、なんていうか……、「俺、すごくね?」って感想しか出てこない。
「旦那様? どうかなさいましたか?」
小さく首を傾げ、俺の顔を覗き込んでくるアリス。
「えっ? いや、別に、」
「うん? なになに? あぁ!! わかった!! アード様が討伐したんでしょう?! アジダハ!!」
「フォッフォッ! アヤツは生きる伝説、討伐難度『神級(ゴッズ)』の化け物じゃぞ? 討伐したなんて事になったら歴史的快挙じゃ!! アジダハの消失が確認されてから、例外的にSランクに下げられたが、本来は"No.03"のSSSランクなんじゃからな!」
「世界に3つしかないSSSダンジョンの一つ?」
「あぁ。まぁ……、アジダハがおらんとわかっておれば大した事はないぞ? 上層であればBランク冒険者でもやっていけるくらいのダンジョンじゃ! あの邪竜の存在だけでSSSランクと呼ばれとったダンジョンじゃからのぉ」
「そ、そんなにすごい邪竜なんだな……」
「討伐にはカレンが100人とワシが1000人はおらんと……、って……、アード、もしやお主……本当にッ!?」
ランドルフは大きく目を見開いて俺を凝視する。
カレン100人にランドルフが1000人?
それはない! 流石にそんなに強くなかった……と思う。あの時の記憶はあやふやだし、もう3年も前の話しだ。
た、確かに共通点は多いけど、俺はそれを認めたくない。
今回のクエスト。
7人の魔将王の1人が、ここに城を建てたのは、おそらくは邪竜がいなくなったからって事だ。
って事は、俺のせいって事になるような気がするからだ。
「ど、どんなパーティーで臨んだの!? どんな邪竜だった!? も、もしかして、た、た、単独って事は……?」
「違う! 俺はDランク冒険者! ダンジョンなんか、入ったこともない!!」
「……アード。お主……。弟子にしてくれ」
「ふざけろ、ランドルフ! お前の方がよっぽど"師匠顔"だろ!? こんな爺さんの弟子なんか要らない!」
「……冷たいのぉ」
「可愛くないぞ?」
「じゃ、じゃあ! 僕はどうかな? アード様の弟子に……。ハ、ハハッ……弟子にして貰えれば、手取り足取り、」
「早く参りましょう、旦那様。カレンとランドルフもです。旦那様とはサポートに徹する事を約束しておりますので、今一度気を引き締めなさい……」
「はぁい……」
「わ、わかっておるゎ……。はぁ〜……酒飲みたいのぉ……」
このパーティー今までよくやって来れたな!!
アリスがいないと、全然ダメじゃん!
俺は薄々気づいていたカレンとランドルフのバカさを実感し、"女神の化身"と呼ばれる自分の妻のかっこよさに痺れる。
トコトコと歩き始めたカレンとランドルフ。俺はアリスの手を引き、こっそりと耳打ちする。
「なぁ……、アリスは俺が迷子にならないように手を繋いで欲しいんだけど?」
急速に顔を赤く染めるアリスに頬を緩ませる。カッコいい妻より、可愛い妻の方がいい。
「……戦闘時は、その、」
「ふふっ、冗談だよ!」
まぁ、アリスの後ろに居れば迷うことはない。ぷりっとしたお尻があれば、俺は迷う事はないのだ。
さてさて面倒だが、最高のエールを飲むために必死でついて行きますか!※戦う気は一切ない。
真っ赤のアリスに少し癒され、カレンとランドルフの背中を追うように1歩を踏み出すと、
ギュッ……
アリスに手を掴まれる。
「……えっ? アリス?」
「……道に迷ったら大変ですので」
無表情ながら、耳まで真っ赤の俺の嫁。
なかなかの不意打ちにドキッとしながらもギュッと手を握り返す。
「は、離れたら俺、死んじゃうしな?」
「……はい。そ、その通りです」
俺達は手を繋いでダンジョンへと入った。
スリリングなデートだと思えば、これはこれで悪くないと思った。
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