第16話 周囲の変貌



―――辺境都市「ルフ」


「旦那様。このお方は?」

「アード様、この男の人知り合いなの?」


 2人の視線に深く息を吐き、フルフルと首を振る。

 頭痛で声を出すのも億劫だ。


「あ、あの後、よく考えてみたんだけど、やっぱり、お前を入れてやってもいいかなって思い直したんだよ!」


 道を塞ぐ男に、俺、アリス、カレンは絶句した。俺が言えた事ではないが、上から目線がやけに鼻につく。


「今からでも遅くねぇよな? 俺のパーティーに入れてやるよ!」


 男はドヤ顔で胸を張るが、無表情のアリスとポカーンッとするカレンを順々に見渡しては頬を染めている。


「ふっ……、"アード"は俺の力を知ってんだろ? もう新しいパーティーに入ったんなら、全員まとめて俺のパーティーに入れてやるぞ?」


 おそらく、アリスとカレンという美女とパーティーを組みたいのだろうと察する。「なんなら俺が入ってもいいけど?」という雰囲気すら感じてしまう。



 しかし……、


「えっと、ごめん。誰もパーティーに入れてくれなくて焦ってたから覚えてないんだ。誰だっけ? お前」


 ドヤ顔の所悪いが、俺はコイツを覚えてない。一度見たら忘れられないような濃い顔をしてるのに、一切記憶にない。


「……はっ? ……お、俺だよ! スキル【中級剣技】の!! "ソニック"の!!」


「……あ、ああ! "ドンガ"か!」


「"ゴンラ"だよ!」


「あ、あぁ……。ちょっと体調悪いんだ。また今度に」


「……ま、待てよ! その、アレだ! パーティーは解散しようかなって思ってた所だったんだ! 俺の力を貸してやるぞ?」


「……だってさ、カレン。じゃあ、そういう事で」


 俺はカレンに丸投げしてその場を去ろうとすると、


ガッ!!


 乱暴に肩を掴まれる。


「待てって言ってんだろ!? おい、アード! この俺が入ってやるって言ってんだぞ!?」


「……あぁ、わかった、わかった。パーティーに入ればいいじゃないか? 俺は関係ないから好きにしろ。頼むから俺に構うな! お前の顔を見てると吐き気が増すんだよ」


「……なんだと、【縮小】が……」


「はいはい。わかったわかった。すごいな、【中級剣技】! ……じゃあ、俺、もう帰るところだから」


 また歩き始めた俺をアリスがそっと支えてくれる。カレンは"ドンガ"の顔をマジマジと見つめると、


「なんだか、君、ゴブリンに似てるね」


 なんてポツリと呟いた。


「ぷっ、くくっ……! わ、笑わせるな、カレン。頭痛いって言ってるだろ……」


「ハハッ! ごめん、ごめん! アード様、それよりさっきの話しなんだけどさぁ、」


 俺達がドンガの脇を通り過ぎると、


チャキッ……


 剣を抜く音が聞こえ、俺は背後から首元に剣を突き付けられる。


「さっきからなんだよ、その態度!! 泣きそうな顔で『パーティーに入れてくれ!』って頼んで来たくせに! "縮小ぼっち"が調子に乗るなよ?」


 ドンガは"赤色のゴブリン"になって俺を睨みつけるが、


(こんな面前でバカじゃねぇの、コイツ)


 これが率直な感想だ。


「……面白いお方ですね」


 無表情ながら一瞬で冷たい目つきになったアリスに少しだけキュンとしていると、



ガキンッ!!



 怒気を滲ませるカレンが、容赦なくドンガの剣を叩き折った。


「……"ゴブリン風情が"……。誰に剣を向けているのかわかって、」


「そ、そうだ!! 『アード様』になんて無礼を!」

「勇者パーティーにお前なんかが入れるわけねぇだろ!」

「さっさと消えろ! "ドンガ"!!」

「"アード様"に謝罪しろ!!」


 カレンの言葉を遮るようにドンガに罵声が降り注ぐと、


「アード様! 俺を覚えてるか? 一度、パーティーに"誘ってもらった"んだけど!」

「俺を舎弟にしてください! アード様」

「俺は"普通の人"ではないってわかってたっすよ!」


 カレンに剣を叩き折られ、ドサッと尻もちをついていたドンガは、俺達に押し寄せてくる冒険者達にドガドガと踏んだり蹴ったり……。


 なんて可哀想なゴブリンなんだ……。


 憐れむと同時に押し寄せてくる冒険者達に頭痛が増す。


 悪夢だ。これは夢だ。

 散々、バカにしてきてたやつらが、こんなに簡単に手のひらを返すはずがない。


 こんな簡単に、平穏が崩れ去るはずがない。

 俺の築き上げた『無能』のレッテルが……。



パッ!!



 俺は手を前に出して、押し寄せる者たちから、とりあえずアリスを死守する。



「……や、やめてくれ! 俺が森で死にかけた所を聖女様が救ってくれて、居場所のない俺を勇者様が雑用として雇ってくれただけなんだ!」



シィーン……



「俺のスキルは【縮小】! 戦力として必要とされるはずがないだろう!?」


「……旦那様は最強、」

「アード様は僕よりもはるかに強、」


 俺はクルッと振り返り無言の圧で2人の口を止める。


 すると、目の前で固まっていた者たちが、



ドサッ……ドサッドサッドサッ……



 1人、また1人と倒れ始めた。

 俺はここぞとばかりに声を上げる。


「……勇者様の練り上げた『剣気』だ! みんな! 離れるんだ! クエスト前である勇者様の張り詰めた空気と漏れ出るオーラに当てられると、意識を失うぞ!」


「ア、アード様? 僕にそのような、」


「下がれ! 勇者様の"剣気"に触れるな!」



ザザザッ……!!



「た、たしかに急に息苦しく……」

「お、俺もヤバかったんだ……」

「さすが勇者様だ……!!」


 数名には悪いことをしたが、俺はもう帰りたいんだ。


 手段は選んでられない。


 手を前に出した時、こっそりと3m52cm四方の"空気"を意識が薄れる程度に《縮小》していたのだ。



「旦那様。これは何を致したのです?」


 アリスは無表情で俺に顔を寄せて首を傾げる。


「……アリス。適当に回復させといて。俺、帰るから」


「……《範囲回復(エリアヒール)》。お待ち下さい、旦那様。そちらではありませんよ」



ポワァア……



 倒れた者達が緑色のオーラに包まれたのを横目に見ながら、俺までオーラに包まれて絶句する。


 脈打つ度に割れるような痛みを伴っていた頭痛がスゥーッと消えて行ったのだ。


「……おい、アリス。二日酔いも治せるなら言ってくれよ」


「……申し訳ありません」


「ふっ、まぁいいや。ありがとうな?」



ポンッ……



 アリスの頭に手を乗せる。

 

(なんだ……。少し抜けてる所もあるんじゃないか)


 無表情ながら顔を真っ赤に染めたアリスに頬が緩む。頭痛が治れば、途端に眠気が襲ってくるから不思議だ。※深酒しただけ。



「勇者様の『ケンキ』か! カッコいいな!」

「なんだよ、無能のくせに勇者パーティーに……」

「ただの"無能"がパーティーに入れるはずがない! 何か隠されてるぞ!」

「これだけの人を一瞬で治癒するなんて、流石、聖女様だ……!」


 

 後ろからは、俺が勝手に作ったカレンの『剣気』という意味のわからないものと、アリスの治癒魔法、そして、勇者パーティーに成り上がった俺への妬み、驚嘆、疑心の声が鳴り止まない。


 えっ? これから先、何をしていても、みんなからの監視の目が付き纏うのか……? 常に勇者パーティーの一員として責任のある行動を……?



ゾクゾクッ……



(や、やっぱ嫌だ! なんとかしないと!)


 冷静になった俺はこの事態にゴクリと息を飲むが、


(……ん? ……いや、別にいっか! 勇者パーティーの評判がどうなろうが、俺の知ったことじゃないしな!)


 頭痛からの解放に俺はポジティブを発動。


 冒険者や住人にバレるのは想定内。

 王侯貴族にさえ、バレなければ問題はない。


 平民の立場は弱い。かと言って貴族になっても国王に認識されれば、終わりだ。


 逆らえば極刑となる、"王命"なんてクソ喰らえだ。


 そうならないように、こっそり、ひっそり、ポーターとして、ただの雑用係として……、


 サボれるだけサボるだけ!!

 よし……、やる事はシンプルだ。


「ふわぁあ……」


 1つ大きなあくびをしながら、俺はアリスに視線を向ける。


「アリス。"新居"に行こうか!」


「はい、旦那様」

「ま、待ってよ! 僕も帰るからさ!」


 カレンの声に苦笑しながら、これからアリスとの新婚生活が始まるんだなぁと実感した。



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