第15話 酒の暴威
―――酒場「ラフィール」
「……天国かよ」
目が覚めるとそこは楽園。
禁断の果実が"4つ"。
2つは眼前に、2つは背中に実っている。
柔らかくて、ふわふわで、もにゅもにゅで……。
……至福だ。パーティーを断られ続け、半泣きになっていた頃の俺に教えてやりたい。
『生きてりゃいい事あるよ!』
正直、昨夜の記憶は一切ない。
だが、そんなことはどうでもいい。
今は今しか出来ない事がある!!
「……いざ……」
モニュ……
柔らか……、
「うっ……ウプッ……」
俺は飛び起き、トイレに直行した。
「旦那様……?」
「んん〜……、アード君?」
後ろから2人の声が聞こえる。
なんでこんな夢の朝に……、クソォ!!
割れるような頭痛と止まらない吐き気に、もう2度と酒は飲まないと誓ったが、この誓いが果たされた事は1度としてない。
※※※※※
アリスに介抱され、シルフィーナの朝食を摂り、なんとか自分で歩けるまでに回復した俺は、夢の生活を破壊した"酒の暴威"に半泣きだった。
店内に降りると、廃人化した2人の残骸。
「……も、う、2度と酒は飲まない……」
ガーフィールの言葉には激しく同意だ。
もう天に召されている様子の"ランドルフ"に、ツッコむ気力は今の俺には残されていない。
(……コイツ。俺と同類だ……)
酒に飲まれまくっているヨボヨボ賢者に親近感を覚えながら仲良く出来そうだと店を後にするが……、
「待っていたよ! "アード様"!」
仄かに染まった頬で満面の笑みを浮かべるカレンが、"完全武装"でお出迎えだ。
「カレン。どうしたのですか?」
「クエストに行くんだ!」
「……旦那様は体調が優れないご様子で、」
「アード様なら簡単なクエストさ! "氷華鳥(ヒョウカチョウ)"の討伐に行こう!」
「ランドルフは店内で伸びています。とてもSSS難度のクエストに迎える状態では、」
「クエストはまだたくさんある! アード様も加入してくれたんだ。獄炎鳥を赤子のように討伐したアード様がいれば何の問題もない!」
ドヤ顔で小さな胸を張ったカレンに頭痛が増す。
頭が割れそうだ。今日はもうダメだ。
この勇者の"頑張ってる感"にも吐き気が……。
「……どういう風の吹き回しですか? カレン」
「そ、そうだね。親友であるアリスには先に伝えるべきだ」
「カレン?」
「僕はアード様に侯爵位を与えられるまで休むつもりはないんだ!」
「……なぜそのような結論に至ったのです?」
「僕も『子供』が欲しいと思ってね」
「それと旦那様が侯爵位にどのような関係が……?」
「……えっ? ハハッ……。せ、正室はアリスでいいからさ」
意味がわからないカレンの言動。
えっと、何言ってんの? コイツ……。
イカれてるんじゃないの……?
「……えっと、俺、お前と結婚するのか?」
「そうしてくれれば嬉しい! よければ、第2夫人として!! どうかな? アード様」
「……あぁ〜……え、っと……なんで?」
「……! 昨夜、僕の瞳に熱いキスを落としてくれたのはアード様じゃないか!?」
カレンの言葉にアリスからの無言の圧を感じる。いや、そんなつもりはないのかも知れないが、無表情はなんかキツイ。
そもそも……、
記憶がないんだが……?
いや、仮にしてたからって、それが結婚に繋がるのか?
「……悪いけど覚えてないから。酒場での記憶は基本的にないから覚えといて。えっと、とりあえず、悪かった!! じゃ、俺とアリスは宿に帰るから」
「そうですね。ひとまず宿に帰りましょう」
「アード様! 僕、女には賞味期限があるという文献を読んだ事があるんだよ?」
歩き始めた俺とアリスの後ろにカレンがトコトコとついてきながら、その文献の知識をツラツラと語っているが、そんなカレンよりもうるさいのが……、
「お、おい。あれ勇者様だよな……?」
「何で【縮小】が? 横にいるのって、もしかして聖女様なのか?」
「……な、なんで? なんで、"縮小ぼっち"が!!」
周囲にはカレンを一目みようと人だかりができていた。そりゃ完全武装している勇者なんて、最大の見せ物なのはわかる。
その勇者に付きまとわれる事で、必然的に俺にも視線は集まり、俺の隣から離れようとしないアリスも。
「……もしかして、"アイツ"ってすごいのか?」
「ダンジョンにビビってるって聞いたぞ?」
「いや……、でもアイツが所属してたパーティーは絶対にCランクに昇格してたよな?」
カレンは、俺が必死で積み上げた物をぶち壊しにかかっている。
全ての人間が持て囃される事を喜ぶと思ったら大間違いだぞ……? こんなに目立つなんて計算外だ。
俺の"目立つ事"への嫌悪感に満ちた顔に、アリスは無表情でカレンの前に立つ。
「カレン。宿に帰るまで喋るのをやめてくれますか? まずは宿に戻ってから……。ここはたくさんの方の視線もありますので」
「なぜだい? 視線があっても別に関係ないじゃないか? いつもコレくらいじゃない?」
「カレン。旦那様は目立つのが好きではないのです。少し落ち着いて下さい」
「……えっ? なぜ?」
「それも宿に、」
「お前みたいな輩に絡まれたくないからだ!!」
アリスの言葉を遮り、カレンに大声を出すと頭がズキンッと痛む。
もう帰りたい。寝たい。頭を捨てたい。
コイツの喋ってたら頭痛い……。
「……ゆ、勇者様になんて口を」
「なぜ、聖女様が『旦那様』などと……?」
「……もしかして、本当にすごいヤツなのか?」
「い、いやいや、俺、少し前にパーティー加入を断ったんだけど……?」
「お、俺も……」
「俺もだ……」
首を傾げている住人達とざわざわと焦燥感に包まれる冒険者達。
俺が築き上げた『無能の冒険者』という仮面はものすごい勢いで崩れていくが、そんな事は今の俺にはどうでもよくて、ただ横になりたい。
吐きそうだし、頭痛いし、シャワーを浴びたいし、アリスに優しく頭を撫でられたいし、さっきのがしてしまった胸に顔を埋めたいし……。
もう構ってられない!!
意味のわからないカレンも、焦りまくってる冒険者達も……!
「大丈夫ですか? 旦那様?」
「……俺は……、俺はもう寝たいんだよ、アリス」
もう泣き出してしまいそうな俺に、アリスは無表情で頬を染めやがる。
あんまり覚えてないけど、アリスも酔ってたよな? 何で二日酔いじゃないんだ!? この苦しみを理解出来ないのか……!?
俺が2人を無視してトボトボと歩き出すと、
「……旦那様、こちらですよ」
遠回りしそうな俺に、すぐさまアリスが駆け寄ってくれる。
しかし……、
ザザッ……
目の前に1人の男が立ち塞がった。
「よ、よぉ! この間は悪かったな、"アード"」
えっと確か、Dランクの……えっと……。
誰だっけ……?
止まらない吐き気、治らない頭痛。
覚えのない男。
……マジでもう勘弁してくれ。
お前の顔にリバースする前に消えてくれ!
俺は泣きそうになるのを堪えた。
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