第14話 〜カレンの決意〜
【side:カレン】
―――酒場「ラフィール」
剣を伸ばせば"消えて"しまう。
気配は確かにそこにあるのに、手を伸ばしても手に入らない夜空に浮かぶ星のような人だった。
――《縮地(シュリンク)》……。
"アード様"の声が鼓膜に残り離れてはくれない。
優しく握られたのは手の温もり。
剣を振るい続けた僕の汚い手を包み込んだ優しい手。
唇にはアード様の頬の感触。
僕には一生、縁がない物と決めつけていたし、幼い頃から言い寄ってくる男性達が煩わしくて、男として生きていく事を決めたのに……、
(……いいなぁ)
アリスはお酒なのか、アード様が横にいるからなのか、真っ赤な顔をして、いつもより、柔らかい無表情で楽しそうだ。
このお店の店員さんである"シルフさん"も、とても綺麗でスタイルの良い方で、アード様は心を許しているように見える。
僕ももっとアード様の事を知りたい。
僕のこれまでの努力の全てを否定したアード様の『力』の正体が気になって仕方がない……。
ラン爺と店主さんは何やら話し込んでいるし、僕は1人。明らかにこの店の中で浮いている。
飲み慣れない苦いお酒を2口ほど飲んで、シルフさんが作ってくれた美味しい食事を食べるだけ……。
僕は先に宿に帰った方がいいのだろうか?
なんだか経験した事のない"モヤモヤ"に頭と身体が支配されて、不思議な感覚。
でもどこか心地よくて……、
「カレン。さっきはありがとうな? ここの支払いは任せたぞ?」
やり場のない心境の僕に、頬を染めたアード様が声をかけてくれた。
「はい。任せて下さい」
「……んぅ? どうかしたか? 何で敬語なんだよ? 気持ち悪いからやめてくれ!! ハハッ!! アリスみたいに酒は初めてなのか?」
き、気持ち悪い……? そんなことを言われたのは初めてだ。
苦笑しながらカウンターに視線を向けると、顔を埋(うず)めて眠ってしまっているアリスに「ハハッ」と少し頬が緩む。
「……いや、初めてじゃないけど、苦手ではあるかな?」
僕の言葉にアード様は漆黒の瞳を大きく見開き、ガシッと僕の肩を掴む。
(や、やっぱり敬語の方がよかったかな?)
気持ち悪いなんて思われたくないと普段通りの言葉遣いに戻したけど……、
「え、……ア、アード様?」
「こんなに美味しくて、現実逃避出来る物はエールしかないんだぞ、カレン!」
「その通りじゃぞ、カレン! お酒こそが世界を救うんじゃあ!」
「爺さん! なかなか話がわかるな! ガーフィール! おかわりだぁ!!」
声をかけられた店主さんはすぐに4杯のエールを注ぐと、3杯のジョッキを、ガンッと僕とアード様、ラン爺の目の前においた。
「カッカッカ! 好きなだけ飲めぇ!! あんたが"今の勇者"か! 綺麗な顔してるなぁ!」
「フォッフォッ! ガーフィール! カレンは男嫌いで有名じゃからな! 斬られても知らんぞい?」
「ハッハハッ! 声デカすぎだぞ、2人とも」
僕を囲んで楽しそうな3人に顔が引き攣る。
「こらぁ! アード君もパパも、ランドルフ様も! 勇者様が困ってるよぉお!! 酔っ払いは勇者様から離れて下さい!!」
シルフさんの言葉に、3人から一斉に視線を向けられるが、僕はなぜかアード様にしか視線が向かない。
ジィー……
アード様は首を傾げながら僕に顔を寄せてくる。
ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……
え、あ、いや! え……。アード様はアリスの旦那様……! いや、え、ちょ、ちょっと!!
パニックになる僕は、どうしていいのか分からずにただピシッと固まってしまうと、
ピタッ……
アード様は僕の目の前で顔を止める。
「ハハッ!! 本当に綺麗な真紅の瞳だなぁ! ガラス玉みたいだ!」
至近距離でニヤリとイタズラな笑みを浮かべるアード様は、
チュッ……
僕の瞼にキスをした。
「ハッハハ! 昼間のお返しだ!」
「……旦那様。妻は私"れすよ"?」
「……ん? アリス起きたのか? じゃあ、帰るぞ! 我が家に……ってそっか! 今日から"風見鶏"だぁ! 道案内してくれ、アリス! ハッハッハ!! ガーフィール! "ランドルフ"! 明日も飲もうぜぇ!」
「おう。気をつけてなぁ!」
「また明日のぉ、"アード"! アリステラも気をつけるんじゃぞぉ!?」
「ちょ、アード君、酔いすぎだってば! パパ! 今日は皆さんうちに泊まって貰う? アード君達、絶対に宿に辿り着けないよ?」
「んあ? ああ! 好きにしろ! そんな事よりランドルフの爺さん! 今日は寝かさねぇぞ!!」
「小童が! こちらのセリフじゃ!!」
アード様とアリスをテキパキと誘導するシルフさん。飲み比べを始めたラン爺と店主さん。
ガタンッ!!
僕は勢いよく席を立ち、その場に10万J(ジュエル)を置き、
「ぼ、僕は大丈夫だから。宿に帰るよ!」
一言だけ言い残し、そそくさと酒場を出る。
「え、あ、勇者様!」
後ろからシルフさんの声が聞こえるが、
「足りない分は明日にでも!」
静止を振り切り、ルフの街を足早に歩く。
(瞼がアツイよ……うぅ……!! どうしよう。どうしよう……。心臓が痛いよぉ!!)
きっと僕はひどい顔をしてる。
尋常ではない心拍数に顔から火が出てしまいそうだ。
「……くっ、なんだ、これ……」
アード様は"これまで"の努力の全てを否定した。
血反吐を吐いて身につけた剣技も、勇者としての自負も、女を捨てた僕の生き方も……。
アリスの旦那様なのに……。
(よ、よし……。アード様を"侯爵位"まで引き上げれば!)
よし。頑張ろう!! ぼ、僕も頑張ってお嫁さんにしてもらうぞ!!
勇者としての自負をたたき折られた僕に残ったのは、捨て去ったはずの『女の欲』だった。
―――
絶対に目立ちたくないアード・グレイスロッド。
勇者パーティーでもサポート役に徹する事を決意し、あくまで王侯貴族の前に立つような事は断固として拒否の姿勢だ。
しかし、そんなアードの思惑とは裏腹に、歴代最強の勇者はアードを英雄として祭り上げることを決意した。
もちろん、アードはそんな事を知る由もない。
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