第10話 〜カレンの困惑〜



【side:カレン】




―――高級宿「風見鶏」




 ……な、なんでそうなったの!?


 

 "らしくない"真っ赤な顔のアリスと、少し眠そうな"Dランク冒険者"。


 結婚……? パーティーに加入?

 だ、だめだ。アリスの考えが全くわからない!



「……アリスが決めた事なら、"僕"は結婚に反対しないけど、フォルランテ公爵様は大丈夫なの?」


「ええ。もう《聖約》を交わしたので、お父様やお母様が、何を言ったところでどうしようもありませんね」


「え、あ、うん……。そ、それでパーティーに加入って……えっと。【縮小】だっけ……? そ、それはどうだろう?」


「カレンも"旦那様"の戦闘を見ればすぐにわかるはず。そのあまりに規格外で圧倒的な力を……」


「……え、えっと、」


 助けを求めるように"ラン爺"に視線を写すが……、


「……な、なんなんじゃ、お主は……? そ、それは魔力なのか? いや、ん? と、とにかく! お主のような人間には会った事がない!! お、教えてくれ!! どのようにして獄炎鳥を討ったのじゃ!?」


「ま、まぁ落ち着けよ、"爺さん"。そんなに興奮して大丈夫なのか?」


「お、教えてくれぇ! 気になってこの7日間、まともに寝れておらんのじゃ! そりゃ、こんなおかしなテンションにもなるぞ!?」


「……そ、そうなんだ」


 め、めちゃくちゃ引かれてるじゃない、恥ずかしい! 賢者としての威厳なんてどこにもない……。


 おかしなことになっているはずなのに、賢者も聖女も、この『スキル【縮小】のDランク冒険者』に夢中なのはわかった。


(ぼ、僕がしっかりしないと……!!)


 獄炎鳥の討伐。僕からすれば、本当にこの男が討伐したのか信じられない所だ。


 アリスが「見た」と言い、ラン爺が一切疑っていないということは、それは絶対にそうなんだろうけど……

 

「……ね、ねぇ、君。急で悪いんだけど、僕と模擬戦をしてくれないかな?」


「……"僕"? ああ。胸がないから開き直ったのか?」


「……ハ、ハハッ……。お、面白いね、君」


 許すまじ!! Dランク冒険者!!


「……いや、まぁ、美人だとは思うぞ?」


「ハ、ハハッ……」


「……ハ、ハハっ。ごめんな?」


「いや、大丈夫だよ……。で、どうかな? 模擬戦!」


「ん? まぁ俺もどれくらい強いのか興味はあるな。まさか俺より弱いなんて事もないだろうし、やってみようか!」


「……じゃあ、森にでも行こうか?」


 女を捨て血反吐を吐きながら身につけた剣技。勇者として必死に努力して来た僕の力を見せてやる! こんな適当で無礼な者をパーティーに入れるわけにはいかない!!


「歩いていくの面倒じゃないか? なぁ、爺さん、転移魔法とか使えないのか?」


「フォッフォッ!! 面白い、童(わっぱ)じゃなぁ! 転移陣を準備するから少し待っておれ。……あの場所でよいな? カレン」


「うん。僕は少し身体をほぐしておくよ」


「どれくらいかかるんだ? エール飲む時間ありそう?」


「フォッフォッフォッ! 残念ながら酒を飲む時間はないぞ? 5分もあればできる」


「そうか。まぁ5分もあれば2杯は飲めるが準備する時間がないか。残念だ……」


 これから僕……、いや、勇者との模擬戦を行おうとしているのに、なぜ、お酒を飲む発想に至るんだ!?


 僕が闘志を燃やしていると、アリスがトコトコと"Dランク冒険者"の元に歩いていく。



「旦那様。私達は夫婦となったのですから、共同生活を行うべきだと思うのです。よろしければ、この宿にもう1部屋、用意させて頂いても?」


「……え、あ、ぉ、おう。……俺、こんな高級宿に泊まれる金なんて持ってないぞ?」


 少し狼狽えてアリスの胸に視線を向け少し頬を染めたDランク冒険者と、照れたように頬を染めるアリス。


「お金の事はお気になさらなくて結構です。……それよりも、旦那様の宿泊されている宿の方がよろしいのであれば、私がお邪魔させて頂きたく思います」


「えっ? あぁー……まあ、どっちでもいいけど?」


「……でしたら、お邪魔してよろしいですか?」


「いや、この高級宿がいい!!」


「……承知致しました」


 アリスはこんな男の何がいいのだ……?

 まぁ確かに顔は悪くないけど、欲に忠実すぎない?

 

 僕がストレッチをしながら苦笑していると、聞き捨てのならないセリフが鼓膜を揺らす。


「旦那様。……カレンを屠るような事は絶対にやめて下さいね?」


「ハ、ハハッ……、アリス。どこの世界にDランク冒険者より弱い勇者がいるんだよ……」


 言葉とは裏腹に一切臆している気配を感じない。


 苦笑を見るにおそらく無自覚なのだろうけど、アリスの絶大な信頼はどこから来る?


 ……本気でやろう。アリスには恨まれるかもしれないけど、アリスがいるのだから死ぬことはないはず。


 この男には僕の全てをぶつける。


「あっ!! えっと、"カレン"? もし、万が一にでも俺が勝ったら、毎晩のエール代を君が払ってくれないか?」


「……僕が勝ったら?」


「ん? ああ。何して欲しい?」


「……負けるのは微塵も思ってないんだ」


「ん? 何か言ったか?」


「いや! 別に……。じゃあ、僕が勝ったら獄炎鳥の素材を全部くれないか?」


「……アレ、俺の物なのか?」


「そりゃ、君が討伐した"らしい"からね」


「うぅ〜ん。まぁ……いいや、それで!」


 獄炎鳥の価値がわかってないのか……? エール代って……。あの素材を売るだけで一生分のエール代になるんだよ?


 だ、騙してるようで気が引けるけど、勝負は勝負!

 ……鎧に組み込んで貰おう! 鉤爪でダガーも作って貰おうかなぁ!!



「できたぞ。皆、ここに……」


 ラン爺は魔力でマーキングした魔法陣を指差した。



「カレン。全力で行くといいです。おそらく、旦那様には触れられないので」


 こっそりと耳打ちしてくるアリス。


(その盲信を、僕が解いてあげるよ……)


 ポンッとアリスの肩に手を置き可哀想な親友を憂いていると、ラン爺が口を開く。



「《転移(ワープ)》」




ポワァア……



 僕達4人は光に包まれた。



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