第8話 〜シルフィーナの失恋〜



【side:シルフィーナ】



―――酒場「ラフィール」



(……ウチは何を見せられてるの?)



 自分の"想い人"が、この世の者とは思えないほどの美女にキスされ、白い光がそれを祝福している。


 つい先程、この女性がアード君の恋人ではなく、仲間に勧誘している人と分かり、心から安堵したのに……、これは何の冗談なのかな?



 酒場にはルフの全ての情報が集まってくる。


 7日前、勇者パーティーが訪れたと街が沸き立っていたが、ウチが気になったのはそんな話題ではない。


「あの"縮小ぼっち"が痴話喧嘩してたってよ!」


 頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。


 アード君はとてもカッコいい容姿をしているけど、誰とも親しくなろうとしない。見えない壁のバリアで線を引いて、いつも近寄り難い雰囲気を醸し出している。



――シルフちゃん、今晩どう?


 それだけに、いつも可愛い笑顔で冗談を言ってくれるアード君が、ウチにだけに心を開いてくれているようで嬉しかった。


 きっかけはパパとアード君が仲良くなった事だけど、それでも飾らないアード君を知っているのは自分だけだと油断していた。


 どんなに笑われても、笑い飛ばす事のできる人。いつも余裕があって、面白くて、すこしエッチで……。


 アード君とずっと一緒に居られれば幸せになれる。


 ってそう思ってたのに……



「アード様……、いえ、"旦那様"」


「……」


「これから、末永くお願い致しますね?」



 頬を染め合う2人はとてつもなくお似合いだ。


 まるでそうある事が当たり前みたいな不思議な感覚に包まれて、ウチなんかじゃやっぱりダメだったのかもしれないと実感する。


(……近くにいたのに。ウチは本当にアード君を愛しているのに……)



――アードはこんなとこに居ていいヤツじゃないんだよ、シルフ……。アードはいつか街を出る。過酷な旅にだって出るかもしれない。俺はな、シルフ……お前に寂しい想いはして欲しくないんだ。



 若い頃は有名な冒険者だったパパの言葉の意味が、今になってわかってしまった。きっと、パパにはいつか"こうなる"事がわかっていたのかもしれない。



「アリス! お前……、って、シルフちゃん!? どうした? 大丈夫か!?」


「……えっ? 大丈夫だよ? ……アード君。お、おめでとう? よかったね? こんな綺麗な人と結婚できて!」


「いやいや、そんな事より何で泣いてる!?」


「……えっ?」


 アード君はウチの顔に手を伸ばし優しく涙を拭ってくれる。それで初めて自分が泣いてる事を自覚した。


「こ、こらこら! お嫁さんの前だぞ?! 大丈夫、大丈夫! 綺麗な光に包まれたから、ちょっと感動しちゃったんだ!」


「……ん? そ、そっか」


 アード君は苦笑して顔をポリポリと掻く。


 本当に鈍感な人。無理矢理にでも奪ってくれたらウチは……。いや、これは言い訳だ。聖女様みたいに、ただ真っ直ぐアード君の元に走って行ってればよかったんだ。


 パパの言葉や周りの人達の目を気にして、待ってるだけだったウチが悪い……。


「カレンとランドルフに会って頂けますか? パーティー加入と結婚についてお話したいのですが……」


「ま、待て待て! ちょっと落ち着けよ!」


「"旦那様"が仰ったのですよ?」


「……ち、違う! まず、"これ"をどうにかしろー!」


 アード君は自分の薬指を聖女様に見せる。


「『神に誓って』しまいましたので、私にはもう……」


「……シ、シルフちゃん! アリスが無理矢理! 無理矢理なんだ! 助けて!」



 アード君はウチに抱きついて来る。どさくさに紛れて胸に顔を埋められている気がするのは気のせいなんかじゃない……と思う。


 ウチだって抱きしめ返してあげたいけど……、


「……ア、アード君が言ったんでしょ?!」


「だって、だって……」


「こ、こら! 離れっ……!!」


 無表情でこちらを伺う聖女様と目が合う。無表情なのに、今にも泣き出してしまいそうに見えるのは気のせいなんだろうか?


 仕方なくじゃないんだ……。


 ウチはこの恋が終わりを告げたことを理解する。きっともう、ウチにはどうすることも出来ない……。


 じゃあ、いつもの"シルフちゃん"でいないとダメだよね……。


「こ、こらぁ!! お嫁さんが見てるぞぉ!?」


「……嫌だ! 俺はルフに居るんだ! どこにも行きたくない!」


(や、やだ、アード君。可愛い……!)


「旦那様。でしたら、ルフを拠点にする事も約束します。確かに少し強引でしたし、冷静さを欠いてしまっていました。"シルフさん"も……申し訳ありません」


(や、やだ! 聖女様、麗しい!!)


 


ガチャッ……



「……おい、アード。お、お前、……俺の可愛い娘から離れやがれ!! こらぁあ!!」



パッ……



 アード君は即座にウチから離れると、いつも通りの余裕綽々の笑みを浮かべてパパの方へと歩いていく。


「ガーフィール。じゃあ、キンッキンに冷えたエールを貰おうか……?」



シィーン……



「このガキ、説明しろ!! 何やってた!」


 パパはアード君を捕まえようと手を伸ばしたが、アード君はヒラリと躱して余裕の笑み。


「聞いてくれよ、ガーフィール。俺、そこのアリスに勇者パーティーに勧誘されててさぁ……」


 即座にまた手を伸ばすパパだが、それは空を切る。


「……くっ、アード!! 躱しながら愚痴を始めるな」


ブンッ、ブンッ……


「いや、俺って【縮小】しか出来ない無能だろ? それなのにさぁ」


ブンッ、ブンッ……


「すごいグイグイ来て、7日間ずっと付き纏われてて。……俺は断ってたんだけど、『結婚したら』って無理難題を、……それなのに、」


 ウチの目はおかしくなったのかな?

 アード君が一瞬消えてるように……、ってパパも凄い動きなんだけど! それなのに愚痴を続けるアード君って……。



――可哀想だけど【縮小】じゃどうしようもねぇよなぁ。

――確かスターダストのポーターだったっけ? 荷物持ちしか出来ないんだよな?

――弱いくせに偉そうなんだろ? そんなヤツはちょっと無理だな……。


 ウチの店で、「みんながパーティーに入れてくれない」と拗ねていたアード君のために、何人かの冒険者さんにお願いした時の言葉達が蘇る。


 こ、こんな身のこなしが出来るのに……?


 アリスさんはジッと見つめたまま動こうとしないし、パパも本来の目的も忘れて楽しそうに"追いかけっこ"に夢中になっている。


バキッ! ガッ! ドガッ!!


 パパが床を踏み込むたびに店内に穴が……って……、



「い、いい加減にしなさぁい!!」



ピタッ……。



 2人は動きを止めたと思ったら、パパはドサッとその場に座り込んだ。



「あぁああ!! クソッ! ハァ〜! 疲れた!!」


「よし。運動の後はエールだな!?」


「カッカッカ! ったく。……えっ? こ、こりゃ一体……」


 残ったのはボロボロの穴だらけになったラフィール。



「……じゃ、じゃあ、また夜にでも顔を出すから……」

「お待ちください。旦那様」


「ま、待て! アード! 手伝って、」


「俺は壊してない!! 全部、お前がやったんだぞ、ガーフィール! シルフちゃん、また夜に!!」


 ウチも軽く手を上げて走り去って行く2人の背中を見つめる。きっとアード君はウチが思っていたよりも、ずっと、ずっと、すごい人だったのだと今理解出来た。



ズキンッ、ズキンッ、ズキンッ……



 失恋の胸の疼き。


 無表情ながら頬を染めてアード君を見つめるアリスさんの顔が頭から離れない。目の前でアード君が結婚したのに、この恋心が消える事がないとわかっているのが胸の痛みの答えだ。


 冒険者の事なんてわからないウチでも、アード君が普通じゃない事はわかった。


 きっと、これからアード君の生活は大きく変わるのだろう。


 でも、変わらずラフィールにお酒を飲みに来て、いつもみたいに笑い合って、飾らない笑顔を見せてくれればいいなと心から思う。



 だって、もう会いたくなっちゃったから。




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