第6話 聖女にストーキングされてます




―――辺境都市「ルフ」



「聞いたか? 勇者パーティーがこんな辺境に訪れたって話!」

「領主様は勇者パーティーにも忖度せず、特別扱いはしてないそうだ!」

「勇者様と聖女様はとてつもない美人らしいぞ!」


 街の噂に顔を引き攣らせながら、【縮小】していた残り12匹のゴブリンのうちの2匹分の素材を《縮小解除(シュリンクオフ)》する。


「……早く旅立ってくれないかなぁ」


 アリス達がルフを訪れて7日。

 この街で勇者パーティーの出立を心から願っているのは俺だけだろう。



――アード様。獄炎鳥の素材をお持ちしました。


 アリスと別れた日の夜。


 俺の宿泊するボロ宿に現れたのは、相変わらず無表情のアリスだった。


 どうやら、ヨボヨボ賢者の収納魔法で獄炎鳥を持ち出していたようで、律儀にその素材を俺に持って来たのだ。


――"残り"も全てございます。よろしければ、カレンとランドルフにお会いしませんか?


 一瞬で居所がバレた事も、夜更けに男の部屋に訪れたアリスの危機感のなさも、遠回しのパーティーへの勧誘も、全てが恐怖でしかなかった。


 聖女に付き纏われる日々。

 普通の人からすれば、こんなに幸せな事はないのだろうが、俺は違う。


――えっと、アリス。……迷惑だ。


 そう伝えたのにも関わらず、アリスはやって来るのだ。本来なら、アリスが罪に問われてもおかしくはないのだ。



 だって、そろそろ……、



コンコンッ……



 ほら来た。

 ……毎朝、同じ時間に俺の部屋を訪れる。

 「迷惑だ」と伝えたのに、毎朝、同じ時間にこうして顔を見せに来るのだ。


「おはようございます。アード様」


 アリスの服装は、この街の平民と変わらない。俺が「目立ちたくない」と伝えたので、配慮しているつもりだろうが、漏れ出る気品は間違いなく高貴な淑女。


 まぁそんな事はどうでもよくて、まず顔が良すぎるのだ。


「……おはよう。アリス」


「今日はいい天気ですね」


「あぁ」


「「……」」


 俺の素気ない態度にしばしの沈黙。


 だが、アリスはそんな事も気にしなくなっている。思ったよりもずっと逞ましく、さすが過酷な旅をしているだけある。



「……どうですか? 考えは変わりましたか?」


「全然。もう諦めたらどうだ?」


「アード様がいなければ、」


「はぁ〜……。1度見ただけの戦闘で、どうしてそこまで必死に勧誘できるんだよ?」


「ランドルフの感知魔法で、アード様が明らかに異質な魔力の持ち主とわかりましたし……、私は『あの時』の光景が頭に焼き付いて離れませんので」


「……何度来ても同じだぞ?」


「構いません」


「……あ、そう。じゃあ、俺、もう出るから」


 俺はゴブリンの素材を手に取り、そそくさと部屋を後にする。


「アード様。いってらっしゃいませ」


「……ん、行ってくる」


 アリスの無表情でのお見送り。

 7日も続けば、不思議とクセになってしまっているのが、なんだか憎たらしい。


(……麗しすぎんだろ!! クソォオオ!)


 美人は見慣れると言うが、それは嘘だ。

 俺の平穏を揺るがす"最強最大の敵"の顔は、見慣れるほどに虜になってしまう。


「勇者様一行は"風見鶏"に泊まってるそうだぞ」

「一目だけでも見てみたいけどなぁ〜」

「見に行ってみようぜ!」


 外に出ると勇者パーティーの話題で持ちきりだ。



「なぁ、最近、この街に越して来た美人みたか!?」

「あの子か!? 見たぜ! あの子なら聖女様や勇者様にも引けをとらないんじゃないか!?」


(……その子が聖女だ。バカめ!)


 俺をパーティーに入れてくれなかったバカ共に心の中で言葉を返しながら、ため息を吐く。


 正直、アリスがここまでグイグイ来るとは思ってなかった。そこまで衝撃的な戦闘だったのか? まぁ俺は控えめに言って最強だが、勇者だって最強のはずだ。


 俺とは違い、魔法も出来るんだろうし、あれほど必死になって俺を勧誘する理由はないと思うんだが……。


 魔力が異質と言われたところで、魔法を使わない平民からすれば、魔力はそんなに重要視されないから「異質だ」と言われても実感が湧かない。



「はぁ〜……厄介な事になったもんだなぁ」



 まだ1日は始まったばかりだが、こんな時にはエールが必要だ。酒を飲むと全てどうでもよくなるから不思議だ。※ただ酔うだけ。


 俺はギルドへの足を止め、酒場"ラフィール"へと向かう事にした。


 もちろん、店はまだ開いていないが、ガーフィールを叩き起こせば、文句を言いながらも開けてくれるだろう。


 シルフィーナはまだ寝てるだろうから、酒や食事の美味さは半減するが、今の俺にはエールが必要なんだ。



ガンガンッ、ガンガンッガンッ!!


「ガーフィールゥ!! 起きてぇええ!」


ガンガンッ!


「ガーフィールさぁーん! 遊ぼうぅう!」



 憲兵に突き出されても文句は言えないが、勇者パーティーが来てからガーフィールは何やら機嫌がいいし大丈夫だろう。


 まぁ、それとは対照的にシルフィーナの機嫌が悪くて……、なんかそっけないんだよなぁ……



ガチャッ……



 店から出てきたのは目元を擦っているシルフィーナ。


「アード君、おはよう。どうしたの?」


「……え、あっ、いや!! そんな格好で外に出ちゃダメだろ! ガーフィールは?」


 薄い短めの白いワンピース。肩紐が片方ずり落ちていて、それはもう眼福でしかない。


バタンッ!!


 俺は慌てて酒場に入り即座に扉を閉めた。



「ふふっ。声でアード君だってわかってるから……。パパは仕入れに出てて、今はいないよ? ふぁああ……」


 大きなあくびをするシルフィーナ。


 いつも後ろで縛ってある綺麗な茶髪は、所々に寝癖をつけていてたまらなく可愛い。明らかに寝巻き姿のワンピースは、わがままな胸が存在感を増している。



「そ、そっか。ごめんな! 起こしちゃって! ……また夜にでも顔出すことにするよ!」


「……ふふっ。アード君、顔が赤いぞ?」


「えっ、いや、普通だし! そんな事より、男の前でそんな無防備な姿を見せるもんじゃないぞ!?」


「……アード君だからだよ……?」


 シルフィーナは寝ぼけ眼でふにゃっと笑いながら小さな声で呟いた。


 やっぱりシルフィーナは可愛いなぁ……。何を言ったのかは全然聞こえなかったけど、とりあえず部屋着、最高!!


 いつもテキパキと仕事をこなすシルフィーナもいいが、このプライベート感にドキドキだ。


「アード君! 何か言うことないの?」


「……んっ? 何だって? 小さくて聞こえなかったけど?」


 シルフィーナはぷくぅーっと頬を膨らませる。


「えっ? なんて言ったんだ?」


「……内緒!」


「えっ? なんで? シルフちゃんの寝起きが可愛すぎて、見惚れちゃったんだぞ?」


「ふふっ、ありがとう! ……私でよかったらお店開けようか?」


「……いや、そんな事より俺が子守唄でも歌おうか?」


 いつもの軽いノリでその場を和ませようとしたのだが、


「うぅ〜ん、……子守唄より……抱き枕になって欲しいかな?」


 シルフィーナはイタズラで妖艶に微笑みを浮かべながら俺を見上げた。


 えっ……? 夢か? 何が……。ってそんな事考えてる場合じゃないぞ! いつもの軽いノリで流される前に、行かなくてはッ!!



「ふふっ、なぁんて、」


パシッ……


 俺はシルフちゃんの言葉を遮るように手を取った。


「……さ、さ、さぁ、行こうか!!」


「……え、あっ、いや……う、うん……?」


 シルフちゃんは少し困ったようなそぶりを見せたが、徐々に頬を染め始めて、俺から視線を外した。


 えっ? 本当に?

 マジで!? どうすりゃいいの!?

 おっぱいくらいなら触っていいの!?

 

 現実味が出てきた途端にドクンドクンッと息苦しさを感じる。


 と、とりあえず、シルフィーナの部屋に行けば、なんとかなるだろ!!


 2階への階段を目がけて歩き始めた途端、



ガチャガチャガチャッ



 絶望を知らせる音が入り口から鳴る。


 じゃ、邪魔するんじゃねぇえ!! 

 いま、いいところなの分からないか!? 

 ……って、ガーフィールだったらやばくない!?

 出入り禁止になったら、俺のオアシスが……!!



「……パ、パパかな? こ、こんなに帰ってくるのが早いなんて……、ど、どうしよう、アード君……」


「……え、あっ、いや……! と、とりあえず、シルフちゃんは着替えて来て! 俺はとりあえず、店に入れて貰って、待ってた事にすれば……、」



ガチガチャガチャ……



「わ、わかった。じゃあ、着替えて来る!」


 シルフちゃんが2階に上がっていくのを見ながら、とりあえず、真っ白い下着を確認した俺は超速でカウンターの椅子に腰掛けた。


(ヤバい、ヤバい、ヤバい……。ガーフィールにバレたら俺のお気に入りの場所が……)



ガチャガチャガチャ……



 って……、手こずりすぎじゃね?

 ガーフィールがこんなに鍵を開けるのに手こずるか?


 俺は恐る恐る扉に近づくと、


「あれ……? この扉、どうやって? ……開きませんね」


 なんだか聞き覚えのある声が聞こえた。



(……俺の『安寧』だけでなく、"人生最大のチャンス"まで脅かそうって言うのか……? もう許さんぞ! アリス!!)


 俺は確実に諦めてもらうためにはどうすればいいのかを思案し始めた。


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