第5話 油断ならない猛者


―――ラハルの森



「こちらです。アード様」


 先を歩くのは、聖女"アリステラ・シャル・フォルランテ"。


 確実に俺が戦闘をしているところを見られた。よりによって、勇者パーティーなどというイカレたパーティーにだ。


 さすがの俺でも勇者パーティーの名前くらい知っている。


 噂には聞いていたが、この世の者とは思えないほどの完璧な美女だ。感情が読みづらい無表情がアリスの神々しさを演出している。


 少し白みがかった金髪に紺碧の瞳。


 真っ白のローブは所々焦げて穴が空いており、先程の"ゴクエンチョウ"とかいう怪鳥が『いい仕事』をしたのは見ればわかる。


 綺麗な白い肌にたゆたゆの胸。ボロボロのローブとは対照的にその中身は美しく、見ているだけで癒される。


 こんな美女と一生居られればもう何も要らないだろうが、俺は声を大にして言いたい!


 『騙されないぞ!』


 俺のようなヤツには、シルフィーナのように庶民的だが、同じ価値観で居られる美女のほうが合ってるんだ。


 いくら美人だろうが、俺は負けない。


 とっても形のいいお尻と思わず掴んでしまいたい細い腰になんて、負けないからな!



クルッ……



「アード様はこの地の出身なのですか?」


「……」


 な、なんて女だ。

 振り返り方すら麗しい。

 一切、油断できない猛者(おっ○い)だ。


 いや、騙されるな! 公爵令嬢なんてみんなわがままで、傲慢で、私利私欲を満たすためだけに、何人もの男に身体を捧げ、権力を手にする事しか考えていない淫乱娘しかいないはずだ! ※めちゃくちゃ偏見。



「……アード様?」


「……な、なんだ?」


 俺はわざと冷たく言い放つ。

 お前と馴れ合うつもりはないと態度で示す。


「……あと2時間も歩けば到着するかと思います。それまで少しアード様の事を知りたいと思いまして。ご出身をお伺いしたのですが?」


「え? 別に関係ないだろ?」


「……そうですか」


 アリスは眉を少し垂らしていて、なんだかシュンとしたような姿に見えるが、あまりにも表情が動かないので、よく分からない。


 ただ、なんか……冷たい印象だ。


「森の火は"ランドルフ"が何とかしてくれるでしょうし、心配はありません」


「……? "ランドルフ"ってヨボヨボの"賢者"だっけ?」


「…………は、はい。ヨボヨボの賢者です」


 先を歩くアリスの肩が小さく震えている。


 笑っている……? いや、怒ってるのか?

 本当によくわからんな、この聖女!!

 やっぱり絶世の美女でも、感情豊かで素直な子の方がいいな!



「……面白いお方なのですね。アード様は」


「えっ? あ、ああ。まあな?」


 予想外の褒め言葉に少しパニックになり言葉を返したが、全然、楽しそうじゃないんだが? えっと、コレはアレだ……。俺とは噛み合わない!


 あまりの美貌に面食らったが、やっぱり高貴な女ってのはいけ好かない。


 俺はガキだから、自分を好いてくれる女にしか興味がない。まぁ今のところ、シルフィーナだけだし、それも"常連客"としてかもしれないが……、あ、あぁ……なんか泣きそうになって来た。


「……よかったです。すっかり口も聞いて頂けないほどに嫌われてしまっているのかと、思っておりましたので」


「……えっ? い、いや、別に? 仲間には絶対にならないぞ?」


「はい。嫌われていないだけで"今は"充分です」


「ハハッ! "聖女様"を嫌う男なんていないだろう? 相当な美人だし、公爵令嬢なら婚約話が山ほど来てるんじゃないか?」


「……私は【聖治魔法】のスキルを授かり、幼い頃から"聖女"として過ごし、"完璧な聖女"となるべく、全ての時間を捧げて来たので、同年代の男性とこうして2人きりでお話する事は初めてです」


「……ハハッ。"完璧な聖女"か。確かに近寄り難いし、神々しい雰囲気が出てるよ。"女神の化身"とはよく言ったもんだ」


 あまりにかけ離れた価値観に苦笑すると、


クルッ……


 振り返ったアリスは無表情だが、少しムッとしたように見えた。


「……それはどういう意味でしょう?」


「えっ? いや、ご立派だなぁと思っただけだ」


「聖女とは人々を導く立場。『神の使い』として、皆を不安にさせる事のないように、」


「ハハッ、馬鹿馬鹿しい。俺はそんなものには死んでもなりたくないな」


「……」


 大きく見開かれた紺碧の瞳。


 きっと幼い頃から"完璧"の定義を刷り込まれ、自分の感情など後回しにし、求められるがままに生きて来たのだろう。


 その結果が、この無表情の鉄仮面。


 ほらな、やっぱりロクな事にならない。

 心底、目立たずに振る舞っていてよかったと実感する。


 周囲からの期待や羨望の視線は自我を"殺される"。なりたくもない自分を演じないといけない。幼い頃からなんて、それにすら気づかないからタチが悪い。


「俺は君に同情するよ。楽しくないだろ? 生きてても」


「……わ、私は聖女です。楽しんでいる暇などありません! 私には皆を癒し、導く義務があるのです」



ぷにッ……



 俺はアリスの頬を摘み、左右に引っ張る。


「義務なんてクソだ! 聖女である前にお前はアリステラ・シャル・フォルランテ。楽しんじゃいけない人間なんてこの世に存在しないんだよ!」


 目の前には俺に頬を引っ張られたままのアリス。その表情は麗しさのカケラもないが、とてつもない可愛らしさはある。


「ハハッ! 俺は"女神の化身"と呼ばれて笑おうともしない聖女より、こんな風にニカッて笑ってる"ただの人間"の聖女の方が100倍は好感が持てるぞ?」


 手を離し「まあ、俺個人の意見だし関係ないけどな」と付け加える。


 『自由気ままに』がモットーの俺にとって、アリスはおそらく1番かけ離れた存在だ。


「……」


 何か言いたげではあるが、変わらず表情から感情を読み取る事は難しい。


 だが、まぁ……圧倒的な美貌なのは間違いない。


「ごめん、ごめん。俺は相手の気持ちを考えないとこあるから……」


ポンッ……


 気まずさに耐えられず、アリスの頭を撫でて歩き始めるが……、


「そちらではありませんよ……」


「……あ、そう? な、何か偉そうな事言って悪かった!! じゃ、よろしくお願いします! 聖女様!」


「いえ……。では、行きましょうか。こちらです」


 カッコつけた手前、顔に少し熱を感じながらも歩き始めたアリスの後を追った。


 ぷりっぷりのお尻を眺めながら、(これがあれば一生迷わないだろう)などとバカな事を考える。


 かなり気まずい沈黙に耐え続けていると、ルフの城壁が視認できるところまで帰って来る。


 目印があれば、流石に迷うこともない。



「アリス。ありがとう! ここまで来れば、もう自分で帰れるから!」


「……そうですか」


「まぁ、もう会うことはないと思うけど、勇者パーティーの事は応援してるから!」


「……アード様。私達と、」


「じゃ!! そういうことで! あっ。それから……」



バサッ……



 俺は自分のボロボロのマントを脱いで、アリスに羽織らせた。


 長年使用していて臭いし、汚いし……、とてもじゃないが、聖女には似つかわしくない物だ。


「……アード様?」


「アリスが特別な力を持っていても、その格好はちょっと刺激的すぎるぞ? 完璧な聖女にはとても似合わないが、服を着替えるまでの繋ぎにでもしろ。捨てていいから」


「……ありがとうございます」


「じゃあな、気楽に頑張れよ?」


「はい」


 聖女の素肌を見れたのは俺の特権にさせて貰うことにした。


 アリスの破壊力は大した物だ。


 アリスとこれから交わることはないが、これからの彼女が笑ったり、泣いたり、素直に感情を表現できればいいなと思った。



「《地面縮小(アース・シュリンク》……」


 アリスはまだ何か喋っていたみたいだが、俺は振り返らなかった。


 ただただ、ルフの城壁に向かって地面を《縮小》し続けた。



トンッ……


 ルフの城壁に手を置き、深く深く息を吐く。


(……冷えたエール飲みてぇええ!)


 城壁を飛び越えて街に帰る事も考えたが、万が一見られてしまうと元も子もない。


 俺は壁に手をついたまま、トボトボとルフの正門を目掛けて足を進めたが、



グギィ……


 

 チラリと見えたゴブリン。


(……そういえば、俺、金ないじゃん!!)


 薬草採取もしていない、ゴブリンも討伐していない。


 丸1日森に入っていたのに、何の成果も上げていない無能として、ますますパーティーに入れてもらえなくなるのが目に見える。



(……仕方ない。狩るか)


 

 周囲を入念に確認し、人がいない事を確認した俺は、24匹のゴブリンの群れに突っ込み、5秒ほどで全てを討伐した。


 なぜかゾクリッとしたので、慌てて振り返ったが、まだ城壁が見えていて心から安堵した。



※※※※※



「アリス!! 無事だったかい!?」

「とりあえず森は鎮火した! それにしても何じゃ? あの獄炎鳥の死骸はッ!?」


「カレン……。ランドルフ……」


 血相を変えて駆け寄ってくる勇者"カレン"と賢者"ランドルフ"。


「……顔が赤いよ? 何かあったのかい? アリス」


 首を傾げるカレン。アリステラはアードに貰ったマントをギュッと握りしめる。


「いいえ、なにも……」


「カレン!! "そんな事より"も獄炎鳥じゃ!! あの断面を見たかッ!? あんな、いや、まるで……『次元』でも斬ったかのような……。剣なのか、魔法なのかもわからん! このワシが分からんのじゃ! そんな事がまだこの世界にあったのじゃぞ! 何か知っておるなら教えておくれ! アリステラ!」


 興奮するヨボヨボ賢者こと、ランドルフ。


「"ラン爺"少し落ち着き、」


「勇者パーティーに絶対に必要な方を見つけました」


 カレンの言葉を遮ったアリステラに2人は大きく目を見開く。


「み、見たのか!? アリステラ! 誰じゃ!? ワシに教えてくれ! どのようなスキルで、どのような原理で……!! どのような者であった!? 早く教えてくれ!!」


「ちゃんと仲間になって頂けるまで、私が頑張ります。何も聞かず、しばしお待ち頂ければ……」


 カレンとランドルフは押し黙った。


 それは、獄炎鳥を討伐したと思われる人物がパーティーに加入するかもしれない期待が半分。


 王国1の美女と言われるアリステラの顔が、見た事もないほどに真っ赤になっていた事がもう半分。



「……えっと、とりあえず、"ルフ"で少し休息をとろうか?」


「はい」

「……そうじゃな」



 勇者パーティーは辺境都市「ルフ」に入った。


 そんな事とは知らず、アードはたくさんのゴブリンの解体を終え、


(よし。違和感がないように2体ずつ順々に売って行けば、1ヶ月は持つぞ!!)


 また怠惰で幸せな日常に帰ろうとしていた。


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