第4話 〜聖女"アリステラ・シャル・フォルランテ"〜
※※※※※【side:アリステラ】
私は夢でも見ているのでしょうか?
討伐難度「SS」。世界に災厄をもたらす"四天怪鳥"の一種である"獄炎鳥(ゴクエンチョウ)"。
勇者パーティーで挑んだはいいが、立て直しを余儀なくされ、私達が逃亡を計った獄炎鳥を相手に……、木の枝1本で討伐してしまった光景が脳裏に焼き付いている。
(う、嘘でしょ……?)
少しチリチリになっている黒い髪は男性にしては少し長い。頬には焼けた木々の煤(すす)がついて黒くなっているが、非常に整った容姿をしている。
切長の目元に黒い瞳。なぜか引き攣った表情で、「助けてーー」と棒読みのセリフを叫んでいる。
(い、いったい、何が……、どうなって?)
心の中でどれほど動揺しようが、それを表情に出す事は許されない。"聖女"として動揺をしている姿など見せてはならない。
指先まで神経を張り詰め、完璧な聖女を演じなければならないのだ。
「討伐してくれた人、どこかに行っちゃったなー!! 助かってよかったぁー」
意図はわからないが、彼は分かりきった虚偽を叫ぶのをやめるつもりはないようだ。
見たところ、装備は良質とは呼べない。
着古されているのは普通の服と……木の枝1本。鎧や剣すら装備していない姿は、フード付きのマントを羽織っていなければ、ただの村人のようだ……。
それにしても……、
「なんて規格外な力……」
いや、正直、今でも自分の目を疑っている。
頭には鮮明に焼き付いているのに、私は現状を把握する事が出来ていない。
「……た、たすけてー……」
彼は少し狼狽えたようにピクピクと顔を引き攣らせているが、何か良くない事でも起きたのだろうか?
獄炎鳥を単独撃破するほどの力を持ちながら、何に狼狽える事があるのだろうか?
それよりも、こんな逸材が明らかに困窮した生活を送っているように見えるのはどういう事なのだろうか……?
ただただ、彼の顔を見つめて固まっていると、彼はコホンッと一つ咳払いをして、
「……じゃ、じゃあ、俺はこれで……」
私に背を向けて、歩き去って行こうとしている。
(……えっ? なぜです!? 討伐したのですよ? あなたが……1人で。なぜ、去るのですか?)
これだけの偉業を達成したのだ。
王国から最大の褒賞と栄誉が送られるのは確実、って……、
ガシッ!!
私は彼の手を取り、しっかりと顔を覗き込む。
「お待ちください。お話を……」
「……え? いや、俺はルフに帰るんだ」
「獄炎鳥を討伐したのですよ? あなたが単独で……」
「……ゴクエンチョ? なんだそれ……、あ、いや、気のせいだろ。ちゃんと見ろ! こんな格好で、あんな怪鳥を討伐? ハハッ、冗談だろ……?」
「いいえ、私はこの目で見ました。さぞ、有名なお方なのでしょう? お名前をお聞かせ下さい」
綺麗な黒い瞳に吸い込まれてしまいそう。
シュッとした顔は苦虫を噛み締めたようで、自分が興奮のあまり至近距離に顔を寄せてしまっていた事を理解する。
「……申し訳ありません。私は"アリステラ・シャル・フォルランテ"と申します。ぜひ、あなた様の名前を教えては下さいませんか?」
私ったら、はしたない。
いきなりあんなに顔を寄せてしまうなんて、失礼にもほどがあるわ。
「……聞いてどうする気だ?」
「ぜひ、ご助力して頂ければと……。このような場所に1人でおられるなんて、ソロの冒険者なのでしょうか? もし、そうであるのなら、ぜひ私達と、」
「"勇者パーティー"に?」
「はい。どうでしょうか? 我々は今、『四天怪鳥討伐』と『SSSダンジョンの攻略』、その他にも5種の邪竜討伐から、7体の"魔将王"の殲滅……。私達には、あなたの力が必要です」
「……お、俺は"Dランク冒険者"だ。お前達とは一生関わり合いにならない存在だ!」
「いえ……、先程の凄まじい戦闘。あなたの戦闘力は確実に"カレン"よりも、」
「み、見間違いだ! 君の見間違いだ! 俺が"勇者"より? 勘弁してくれ!!」
「そんな事はありません。あなたは、」
「俺は帰るんだよ! ルフに……!」
素気ない態度にグッと押し黙ってしまう。
(……何か気に触る事を言ってしまったのでしょうか? ……らしくない。彼の戦闘を見て、完璧に冷静さを欠いてしまっているようです)
去っていく彼を引き止める事が出来ずに視線を落とすが、やはり先程の戦闘が頭を駆け巡る。
(このお方を仲間に引き入れる事ができれば……)
今の勇者パーティーには、絶対に彼が必要だ。私達はあまりに弱い。
これからのクエストはより苛烈になるのだ。世界の平和のため、より良い世界に導くために……、
私達には彼が絶対に必要なのだ。
決意すると共に顔を上げると、そこには私の顔を覗き込む、彼が立っていた。
「……!」
至近距離で不思議そうに首を傾げる彼に心臓が飛び跳ねてしまうが、頬の肉を噛み締めて無表情を装う。
戦闘時の鋭くかっこいい眼光はなく、明らかに怪訝な表情を浮かべていて、自分が嫌われている事を実感してしまうが、『人類の希望』を失うわけにはいかない。
「……で、ルフはどっちかわかる?」
「……はぃ?」
「聞いてた? ルフはどっちって聞いてるんだけど?」
「仲間になって下さるなら、お教えしましょう」
「ふっ、あり得ないな。別にいいよ! どうにかして帰るから……」
少し口を尖らせ、辺境都市"ルフ"とは反対方向に歩き始めた彼に、キュゥっと心臓が掴まれる。
(か、可愛らしい人なのですね……)
あれほどの力を持ちながら、わかりやすすぎる欠点を目の当たりにして途端に親近感が湧く。
常人とはかけ離れた戦闘を目の当たりにした手前、こうした人間らしさがあまりに可愛らしくて頬が緩んでしまいそうになってしまう。
「……そちらではありませんよ?」
彼は私の言葉にピタリと足を止めると、ズンズンと私の方に歩み寄ってくる。
「仲間には絶対にならないが……、ど、どうかルフまでの道を教えて下さい。"聖女様"!!」
うっすらと涙を浮かべている姿に、また心臓がキュウゥッと締め付けられる。
(か、かわいいです……)
彼には、どこか子犬のような愛らしさがある。男性に対してこのような感情を抱いた事はないが、思わず頭を撫でてあげたいような……。
「……道を教えたらなどと、姑息な手段を取ってしまった事を謝罪致します」
「……え? いや、別に」
「まず初めに言うべき言葉ではありませんでしたね」
「……?」
「獄炎鳥の討伐、本当にありがとうございました。本来なら私達のクエストでしたが、失敗して散り散りに逃亡していた所だったのです」
「……」
「あなた様がいなければ、今頃、私は消し炭になっていた事でしょう……。本当に感謝申し上げます」
私は丁寧に腰を折り、感謝を伝えた。
彼のあまりの強さに、言うべきことも伝えず『仲間になって欲しい』など、礼節を欠く行為だった。
嫌な顔をされるのも当たり前だ。
ちゃんと誠心誠意に気持ちを伝えてからでないと、伝えたい事も伝わらない。
「……え、あぁ。いや、別に? 俺が討伐した訳じゃないし、気にしないでくれ……」
「いいえ、この目で確認致しました。……あなた様のスキルを、」
「"アード"だ。"あなた様"はやめてくれ」
「……でしたら、私の事は"アリス"とお呼び下さい。"アード様"」
"アード様"は、なぜか更に嫌な顔をするとトコトコの歩き始めた。
また違う方向に進んでいくアード様が可愛くて、また笑みが溢れそうになったが、"完璧な聖女"として、人前で歯を見せるわけにはいかず、必死で無表情を装った。
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