乗ってるだけ。



 今。八咫烏はほんの一瞬だけ見えた隙に差し込む様に異能を使う。


 長々と戦い、見慣れぬ空中機動によって翻弄されたが、これ程長い時間を観察出来た。このチャンスを物にして制空権を取り戻し、この獣を空から叩き落とそうと雷撃を撃つ。


 当然、衝撃によって遮られるが問題ない。あの衝撃は溜めが必要で、連発は出来ないと見破ってる。今の内に突撃し、その柔らかい腹をくちばしで────…………。


「──────甘いにゃぁ?」


 フリルの空中機動に慣れて来た八咫烏は勝負に出て、そして遮られた陽射しに気付いて空を見る。


「ッッ!?」


 空は自分の領域。その自負がある八咫烏は、動きを把握さえすれば一方的に相手を殺せると考えていた。だからこそ崩し、翻弄し、痛烈な一撃を加える為に戦闘を組み立てた。


 しかしそれは、全てフリルの思惑通りであった。


 カラスと猫。どちらもイタズラ好きで高い知性を持つ動物であるが、こと『狩り』に於いては猫に軍配が上がったらしい。


「お前はカラスの癖に戦いが愚直過ぎるにゃ。さぞ弱い敵とだけ戦ってきたんだろうにゃぁ?」


 気付かぬ内に空へ溜められた水の塊が、太陽の光を歪めて光線を生む。それは生き物を瞬時に殺傷出来る程の威力なんて無いが、目に当たれば一瞬だけ視界を潰す程度の事は出来てしまう。


 水のレンズによって集められた光線が眼球を直撃して、八咫烏の視界が潰れる。今の戦闘速度ではこの一瞬が確実に命に届くと判断した八咫烏は、すぐさま転身して距離を取る。視界が戻るまで、どうにか粘らなくては命が無い。


「だから、甘いって言ったにゃ」


 ほんの一瞬だけ稼いだ時間で、フリルは積み上げた戦術を濁流の如く解放する。散々と時間を稼がれ、愛するつがいの前で無様な戦闘を強いられたフリルは実のところブチ切れ状態だった。


 傷付いた名誉を取り戻すには、もう確実に、一瞬で、完膚無きまでに、華麗に勝利するしか無い。ヤマトに胸を張る為には、もう感動するほど綺麗にハメ殺すしか手が無いのだと、フリルはそう考えてずっと罠を張っていた。


「さぁ、コンボの始まりにゃ」


 最低限の視界が戻るまで、あと何秒か。その数瞬の間、八咫烏は何が起きても絶対に回避する為に神経を尖らせる。


 だが、意味が無かった。


「異能は組み合わせて使うにゃ。つよつよ異能を単品で使ってドヤってるたけじゃお里が知れるにゃん」


 背後に違和感を感じ、炎を生み出す異能を使われたと判断した八咫烏は翼で風を打ち付けて回避行動をするが、そんな当たり前の行動はフリルにとって読み筋だった。


 パイロキネシスの使用で生まれる空間の歪みを知覚して回避した八咫烏だが、フリルはそもそも当てる気なんて無かった。天空でレンズの代用にしていた水が降りて来て、生み出された炎を包んでしまう。


 そして、まだ八咫烏がいくらも離れてない内に────


「タングステンすら溶かす超高温のパイロキネシスにゃ。水で囲うとどうにゃると思う?」


 ────大爆発。


「────────────ッッッ!」


 三千度を超える炎を包んだ水が一気に気化し、水蒸気爆発を起こしたのだ。何気にヤマト一行の得意技でもある。


 声にならない声を上げて、しかしまだ落ちない八咫烏。普通の鳥であれば数百回は死ねるだろう爆発を受けてもまだ飛べるのは、真に魔物と言えるだけの変化があったのかも知れない。


 しかし、そんな事はフリルに関係ない。ヤマトの前で無様をさらした。ヤマト本人は下で「やっぱフリル強ぇなぁ」と関心してるが、そんな事もやっぱり関係ないのだ。


「水蒸気って結局は水だよにゃ?」


 水蒸気爆発によって生まれたそれに巻き込まれた八咫烏は、即席の雲に包まれてる様な状況である。フリルはクリアコントロールで雲を掌握し、水の牢獄とする為に八咫烏へと水蒸気を集める。


 せめてもの抵抗で、一番信頼してる雷撃を使って雲を突破しようと試みる八咫烏だが、もはや全てがフリルの手のひらの上。


「知ってるにゃ? 水って電気を流すと分解されるにゃ」


 そして、また爆発。


「お前の電気吸って分解した水は酸素と水素って物になるにゃ。これは混ぜて火をつけると爆発するにゃ。エアロメーカーで気流をちょっと弄ってやれば、お前は勝手に自爆するのにゃ」


 二度の爆発がほぼ直撃。流石に八咫烏も耐えられなかった。気を失い落ち行く金の鳥を、フリルは空中で踏み台にして最後の一撃。


「さぁ、墜ちろ…………!」


 特大のショックサイト……、と思ったフリルだが、真下に最愛のつがいと妹分達が居るのに気が付き、異能をキャンセルした。その代わり、そのまま足蹴にしたまま落ちて『猫流パイルドライバー(乗ってるだけ)』でトドメを刺す。


 ぐちゃり。


 頭から地面に叩き付けられた八咫烏の最後は、雷鳴では無く鈍い壊音に彩られて居た。


 ◆


 っぱフリルさんっすわ。


 八咫烏を仕留めて地上に帰って来たフリルを見た俺は、すぐに立ち上がって敬礼した。


 なに、この、…………なに? 家猫なのにまるで百獣の王ライオンの如き威風堂々とした立ち振る舞いよ。見てみ? 俺の後ろで味方ガルムが震え過ぎてガルムからガクブルに退化しちゃってるから。


 なんだよあの、なに、最後の鬼コンボ。こわっ。殺意のバーゲンセールだったなあれ。


 水蒸気爆発は分かる。金猪を殺る時にも使ってたしな。でも二回目の爆発はなに? 水素爆発? 相手が電気使うのを見越して? フリルのインテリジェンスどうなってんの? 異能的な意味じゃなくて。


「フリルおねーちゃん、強かったねっ!」


「さすがボス〜」


「そりゃネコも格上として従うわ。シールド張れる虎だから何って感じのスペックだよな」


 やっぱウチの最高戦力はフリルで間違い無いのだった。


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