惨い。



 エコーロケーションに一切反応が無かったガルムに遭遇。…………遭遇? 空き家にダイナミックエントリーしてカチ会う事を遭遇と呼べるのだろうか?


 まぁともかく会敵かいてきした訳だが、そもそもエコロケって異能も万能じゃぁないので当たり前と言えば当たり前だった。


 エコーロケーションとは音を捉える事で三次元的に空間を把握する能力の事であり、この異能もその名前を付けたからには同様の効果がある。


 実際のところ、本物のエコーロケーションとはまた違う効果なのかも知れないが、体感してるところではその名を冠するに足る異能だと思った。


 その効果は音の反響を捉える他にも、音を自発した物体を捉える事も勿論可能であり、なんなら生き物を探す時はもっぱらこっちの効果を使ってるくらいだ。


 音に依存する能力ゆえに、音を遮断されたりすると異能の効果が激減する。


 本来ならば反響する音波の周波数などで透過率など色々と有るのだろうが、俺が得た異能はそこまでの物じゃない。単純に人間が把握出来る周波数に依存してる。


 何が言いたいか、つまり防音室の中などは把握出来ないし、音を発しないで静止してる物にも結構弱い。


 とは言え、異能は異能である。それは魔法としか言えないような超常のチカラが並ぶ異能に於いて、ちょっと静かにするだけで効果が無くなるなんて事も無い。


 例えば十字路の曲がり角に隠れて息を潜めるレイダーなんかは、俺が自発する足音の反響などで充分に把握出来るし、拾える音の制度を上げたければエコロケの効果範囲を絞れば良い。


 エコロケは効果範囲を広げる程に拾える音の精度がさがり、効果範囲を絞る程に精度が上がる。


 半径5メートルくらいに絞ったなら、人の鼓動すら拾ってみせるのがエコロケだ。


 しかしながら、探索中だったから広範囲に効果を広げている最中に、民家の中というある程度の音を遮断される環境で、身動ぎもせずに寝ていた魔物の存在なんて把握出来る訳が無かった。


 俺が外から建物の中を把握する時は、その内部で生物が自発してる物音を拾うか、俺が効果範囲を絞って精度を上げて呼吸音などを拾ってるにすぎない。


 俺もまさか魔物が民家の中で眠ってるとは思ってなかったから正直「てめぇ巫山戯んなよ!」って思ってるけど、ガルムの立場からすると寝てたらガラス突き破って変質者が突撃して来たんだから「てめぇ巫山戯んなよ!」って感じだと思う。


 つまりお互い様なので俺は悪くねぇ。いや悪いとしても過失割合五割ずつで俺は無罪や。


「ガラァァアアアアアッッ!」


「正直すまんかったと思ってる!」


 いや待ってくれ良く考えたら俺の事ぶっ飛ばしたのフリルじゃん。やっぱ過失割合的にも俺悪くねぇわ。フリルとガルムで五割ずつだわ。


 さて、俺が何気に余裕ぶっこいてガルムを攻撃せずに謝罪してる理由が二つある。まず一つ、ガルムの目に知性を感じた。


 そう、つまり限界まで血走った人間絶対殺すマン的なお目々ではなく、精霊個体に見られる理性的な白黒の目なのだ。


 そして二つ目。同情したから。


 エコロケの効果は先の通りだが、あれは逆に言うと広範囲を探ってる状況でも強い音があれば高精度の空間把握が可能だ。


 例えばそう、俺が突き破ったガラスの破砕音とかまさにそれ。


 俺が超迷惑訪問をブチかました時点で、俺はこの家の隅々までを把握してた。


 音が強過ぎたからか、この家の庭にあるすら暴いてしまった。


 まるで獣が自身の前脚でガリガリと掘り進めたような粗く雑な大穴に、人間が三人ほど埋葬されてる。


 ガラスの破砕音のお陰で一瞬だけだが、掘り返して柔らかくなった土と硬いままの土によって生じる差までわかってしまった。


 問題一。目の前に居るガルムは前脚が土まみれだが、それは何故か?


 問題二。コストロ勢が確認した二頭のガルムはどちらも魔犬からの進化後、逃走してる。それは何故か?


 問題三。目の前に居るガルムは精霊個体に見える。つまり、魔物だったはずの魔犬が精霊化してる。それは何故か?


 

 問題四。


 それらの疑問をインテリジェンスでブーストした脳みそで考えた結果、俺はもうこのガルムを攻撃出来なくなった。


 ……………………いや、それでも襲って来たら返り討ちにするんだけどさ。


 でも俺から攻撃したくはないのは本当だ。俺にだって人の心くらいあるんだ。本当だぞ?


「…………なぁ、その、土足で踏み込んだのは謝る。を荒らそうと思った訳じゃないんだ。もし争わずに済むなら、俺はこのまま出ていく」


「………………グルルル」


 流石に信用をすぐに得られるとは思わない。だからとりあえず穏便に出て行こうと足を動かせば、ガルムはそれにピクっと反応する。


 …………やべぇな。刺激しないように会話を重ねた方が良いだろうか。飼い犬だったはずだし、インテリジェンスも高そうだから言葉は通じると思うんだが。


「……なぁ、むごいよな。想像出来ねぇよ。お前のは正当なものだし、それをぶち破って現れた俺にブチ切れるのも正しい。完全に俺が悪い」


 俺の言葉に、特定のワードにもピクっと反応してくれるガルムに対して、やっぱり推測が正しいのだと分かる。


 なんだろうな。流石にこれは惨すぎる。終末サイコーって喜んでたのが申し訳なくなるレベルだ。


「なぁ、んだ。本当だ」


 このガルムは魔物化した。恐らくはこの家で飼われてた犬であり、庭に埋まってるのは飼い主だったんだろう。


 魔物化して、家族を殺した。正気を失って愛すべき存在を殺害した。


 これだけなら、まだ良いんだ。多分だが魔犬のほぼ全部がそうだろうから。


 ただ問題なのは、事だ。


 あくまで予測になるが、このガルムにとって最悪な要素が二つあったんだと思う。


 まず一つ、進化したモンスターが精霊化する可能性。その確率が100%じゃなくても、このガルムが精霊化してる以上はほぼ間違い無いだろう。


 進化個体が十匹居たら全部そうなのか。それとも確率で精霊化するのか。それを知る術は無い。


 ただ、最悪な要素二つ目として、多分だがんだと思う。


 つまり、この子は魔物化して無理やり家族を殺させられたのに、その後に記憶付きで正気に戻されたんだ。


 進化時に逃走したのも、そう言う混乱があったんだと思う。


 じゃなければ、昼間っから家の中でじっと動かずに過ごしてるのは不可解だ。


 家に帰って来たら、姿が転がってたはず。記憶が無かったら他の魔犬の仕業だと思うだろう。


 もしそうなら、今頃この子は魔犬狩りで復讐してるはず。


 復讐する程に家族へ愛着を持ってなかった可能性も捨てきれないが、もしそうなら家族の亡骸を自分で庭に埋葬するか? しないだろ。


 となれば、ガルムはと考えるのが一番しっくり来る。そして何故知ってるのかと言えば、記憶に残ってるからだろう。


 凶暴化して狂った自分が、家族を噛み殺して行く時の記憶が。


「…………お前、もしかして此処で死ぬ気だったか?」


 ああ、なんて惨いんだろうか。


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