白い思い出。
「おにいちゃんがね……、すきだったの」
あまりにも上がり続ける悲鳴がヤバ過ぎて、周囲一帯のレイダー達が撤退したらしい。
ぱったりと襲撃が無くなった幕張を、ミルクが乗せてくれる白虎の背中から眺めて移動する。
ちなみにフリル白虎に乗ろうとすると「まだ乗るのは早いにゃ」と拒否られた。乗るとか言うなよえっちだなぁ。
さて、その最中、俺の前に乗ってるミルクが、ポツリと零すように呟いた。
「え、なに? 俺の事?」
「……ふぁ? あ、ちがうよ。ミルクのほんとうのおにいちゃんのこと」
ああ、家族の事か。
何がトリガーになったのかは知らないが、ミルクは今まで黙してたそれを聞かせてくれる気になったらしい。
突然俺に告白して来た訳では無かった。ちょっと娘に「パパとけっこんすゆー!」って言われる父の気持ちを味わえると思ったのに。
「ミルクのおにいちゃんはね、アニメがすきだったの。動物のロボットとかでるアニメでね…………」
もしかして、
「おにいちゃんはね、そのなかでも、虎さんがすきだったの。主役の子がのる白い虎さんでね」
…………それ多分、虎じゃないぞ。ライオンだぞ。
いやでも、あれ機体名がライガーだし、虎でも合ってるか? ライガーってのは
父が
種の名付けとしては犬のミックスに近い。
そも獅子と虎は生息圏がほぼ被らないので、人工的な交雑をさせないと発生しない生き物だ。
「それで、さっきコストロで色んないきものを氷でつくってる時にね、固くてカクカクしてる虎さんをみたら、おもいだしちゃったの」
…………ああ、それは辛かったな。
ふとした瞬間に頭を過ぎるのが一番辛いと思う。だって心構え出来て無いからノーガードだもんな。
俺は段々と鼻声になるミルクの頭を撫でてやる。この立派な白虎が兄との思い出を経て完成した異能の使い方だと言うなら、さっきまでの恐ろしい姿さえ尊く思える。
「そのアニメ、白い虎が青くなったりオレンジになったりしなかったか?」
「した! おにーちゃんもしってるのッ!?」
「おう。昔はそれのプラモデルとかも作ってたぞ」
「おにいちゃんもつくってた!」
「主人公が『GO! ライガー!』って言うだろ?」
「いってた! なつかしぃ……!」
追悼の思い出が、共有出来る思い出に変わったミルクは涙を引っ込めてくれた。
最近のコックピットが無いタイプかと思ったら、二代目のファンだったのかお兄ちゃん。やっぱ良い趣味してるぜ。生きてたらきっと仲良くなれたぜ。
「……それで、ね」
ひとしきり懐かしんだ俺達、少しの間沈黙を保った。
けど、またミルクがポツポツと当時の事を聞かせてくれる。
「くまがね、でて」
ミルクと出会ったのは上野だ。上野は動物園から解放されたバケモノがうようよ居た魔境であり、そこでは多くの命が散っただろう事は容易に想像出来る。
ミルクの家族も、その犠牲者の中に居るんだろう。
「おにいちゃんが、ミルクを……」
ミルクは、家族全員で逃げてたらしい。
しかし熊はあの図体でもかなり早い。時速40〜60キロ程で走る生き物だ。
自転車を必死に立ち漕ぎしても逃げれない可能性すらあるスプリンターを前に、人間の足は驚く程に無力だっただろう。
しかも、ただでさえスペックで負けてるのに、さらに異能まで持ってるんだ。堪ったもんじゃない。
結果、ミルクの家族はまず父が囮になって家族を逃がし、次に母が長男にミルクを託して命を使う。
最後に兄が、ミルクに「大好きだぞ。生き残れよ」と言い残して熊に突っ込んで行った。
例のビルまであと少しだったのに。あとほんの少しで一緒に生き残れたのに。
「だからミルクね、がんばって生きるの」
妙にチカラへの固執が強く、異能を磨く事に余念が無いミルクの原点が知れた。
「おにいちゃんが好きだった虎さんでね、もっといっぱい倒すの! おにいちゃんも、おかあさんも、おとうさんも、ミルクはだいじょーぶだよってわらってくれるくらい、つよくなるの……!」
もうミルクの声は震えて無かった。そのかわり、無理に笑うミルクの目からは、決意の涙が零れていた。
「だからおにーちゃん、ミルクをいっぱい戦わせてね」
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