金の猪。



「たぁすけてくれぇぇえッッ!」


 全部のトンネルを通過して、無事に木更津入りした俺達は、幕張へ向かう国道へ乗る寸前にその悲鳴を聞いた。


 こう言う時に俺が感じるデフォルトの感情が「めんどくせぇな」だから、多分だが俺って人助け向いてねぇんだわ。


「お兄ちゃん、ミルクが行ってくるね」


「お、もう大丈夫なの?」


「うん。…………というか、えっと、八つ当たりしたい」


「…………うん。行ってらっしゃい」


 俺はミルクを見送った。お友達とモンスターハント旅行を楽しもうと思ったらドタキャン食らったんだもんな。そりゃ機嫌も悪くなるさ。


 アクアロードも手に入れて水分を自発出来るようになった今のミルクは、控えめに言って超強い。


 上野で出会ったあの日から今日まで、毎日欠かさず異能を磨いたその成長度と練度、魔力量はちょっと並じゃない。


 全能で比べたら多分まだチカちゃんの方が強い。けど、クリコンただ一つの力だけ見れば下手すると俺とフリルよりも強いかも。


 そんなミルクが、大量の水を生み出して自分の周囲に浮かべながら車から降りる姿は、小さい女の子ながら結構な「圧」が有る。強者のオーラとでも呼ぼうか。


 一芸極めれば万事に通ず。クリコンって言う最初から結構強い異能を一点強化し続けたミルクは、そんじょそこらの魔物じゃ相手にならない。


 今のミルクなら、上野に居た頃のネコくらいなら余裕でボッコボコに出来るはずだ。


「…………お兄ちゃんッ!」


 しかし、世の中には何事も例外と言うものがある。


 俺が車を止めてミルクを待つこと数分。そこそこ遠くから切羽詰まったミルクの声を聞いて、俺は反射的に大剣とライフルを掴んで車を運転席から飛び出した。


「チカちゃんとアキナは留守番!」


「はい!」


 フリルは何も言わずに俺と共に飛び出し、あっと言う間に戦闘準備を終える。


 インベントリから六挺ものライフルを取り出し、サイコキネシスで周囲に浮かべる。そしてミルクと同じように水を生成して二十本近い氷槍を展開し、多少の魔物なら瞬殺出来る構えだ。


 ミルクは強い。そんなミルクが俺を呼ばざるを得ない魔物が居るって事なら、相応の用心が必要だ。何回も言うがマジでミルクは強いのだ。そのミルクが助けを呼ぶって相当ヤバい自体である。


 エコロケを最大にして場所を確認しながらジャンプして、民家の塀も屋根も関係なく飛び越えて行く。中にはサバイバーが住んでる家もあったが関係無い。


「居た」


 声から大体の方角を予想して跳んでた俺達は、エコロケに引っ掛かったミルクの居場所に向かってさらに速度を早めて向かう。


 確認した状況によると、トラックらしい物が横転してて、そこに三人ほどのサバイバーが乗ったままになってる。


 そのトラックをサバイバーごと守ってるのがミルクなのだが、戦ってる魔物は一匹だけ。つまりそいつがそれだけ強いって事なんだろう。形だけ見るなら少しデカいイノシシだ。


「避けろミルク!」


「お兄ちゃんっ……!」


 民家の屋根で跳躍した俺とフリルは、やっと目視出来たミルクの傍に居るイノシシに、その姿を良く観察する事も無く異能と銃弾をフルバーストした。


 ライフル弾と氷槍を更にサイコキネシスで後押しして、気持ちくらいの強化もしやながら、パイロキネシスも直接座標に撃ち込む形で連打し、さらにタングステンソードを複製してコピー品を思いっきりぶん投げる。


「ピギィイッ!?」


「うるせぇ死ねッッ……!」


 最後は俺自身が着地するエネルギーを全て注ぎ込んだ垂直ドロップ(踏み付けただけ)を真上からぶち込むんでから、その反動でもう一回軽く跳んでクルクル回って着地した。ふふ、決まったぜ。


「お兄ちゃん油断しないで! 多分そんなにダメージ通ってない!」


「え、マジか」


「じゃぁちょっと本気だすにゃ?」


 俺は綺麗に着地したと思ったんだけど、じゃあフリルは何処に居るのかって言うと、空にいた。なんでやねん。


 まるでそこに足場が在る様に、空をとてとて歩くフリルの様子は最高にファンタジーしてる。


 しかし多分、いや確実に、。サイコドライブの面目躍如か。


 自分が生きる現実にだけ影響を与える異能で、本当に空中に足場を作ったんだ。周囲の環境を変えるだけかと思ったけど、思ったより細かく現実改変が出来るらしいな。


 本気を出すと言ったフリルはそのまま空を歩きながら、段々と速度をあげ、やがては空を走り出した。


 自分にだけ見えて自分にだけ影響する足場を生成し、それを利用して縦横無尽に宙を飛び跳ねるフリルは、同時に極大の氷槍をいくつも生み出しては魔物に向かって撃ち込んで行く。


 何時いつも俺達が飛ばしてる氷槍は拳程度の大きさだが、今フリルが生成してる槍は2メートルクラスの大物だ。


 しかし、クリコンで片がつくならミルクが倒してる。そんな事はフリルも理解してるのか、良く見ると飛んで行く氷槍は全て螺旋回転が与えられていた。


「まだまだ行くにゃ?」


 大氷槍を撃ち出し続けるフリルは獲物の周囲を三次元的に飛び回って全方位から襲撃しつつ、本命はまるで違った。


「ミルクも見とくにゃ? 多分これが一番強いやり方にゃ」


 フリルは異能を連射して獲物を、やっと攻撃の余波が収まって見えた姿が金色のイノシシをその場に押し留めながら、とんでもないモンを用意してた。


「フリルは勉強したにゃ? 人間が使う攻撃で一番強いのは、結局質量兵器なのにゃ」


 大氷塊。それが金のイノシシから丁度真上の天空に用意されてた。


 高さは20メートルくらいか。氷塊の直径は、いくつだ? 何リットルの水を凍らせたんだ? ただデッカイって事しかもう分からん。


 ただ一つ分かることは、


「お前、見るからに防御系の異能にゃ? これ耐えられたら褒めてやるにゃ」


 此処に居ると俺達もヤバいって事だ。フリルは空に居るから良いよね。


「逃げるぞミルク! 生きてるサバイバーは全員そのトラックか!?」


「う、うん……」


「おっけ分かったトラックごと持ち上げるぞぉぉお!」


 俺はストレングスを最大ブーストしてトラックを持ち上げ、そのまま可能な限り早く走る。


「落ちろ大氷塊。今ところフリルの中で三番目に強い技にゃ」


 あ、それ三番目なんスねフリルさん。マジぱねぇっす。


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