金眼と金毛。



「あにゃ、本当に耐えたにゃ? お前、中々やるにゃ。マトモな頭してたら子分にしてやったのにゃ」


 信じられない程の破砕音が鳴り響いた後に残ったのは、宙に浮いた……、否。宙に状態で金のイノシシを見下ろすフリルと、本来なら氷塊に潰されて死んでるはずなのに結構元気なイノシシだった。


 フリルは後ろ脚で首の裏あたりをクシクシと掻きながらも、本当に関心してる様だった。


 ちなみにだが俺達の避難も間に合った。持ち上げたトラックごと走り、このくらい離れたらええやろって所でトラックを地面に降ろした。勿論横転した状態じゃなくて正位置で。


 何が何だが分からないトラック内部のサバイバー達は呆然としてるが、俺はそれどころじゃない。


 フリルが言った意味を理解して、あのイノシシの強さを測る。


 現在、魔物ってのは大体撃てば殺せる存在だ。なのに日本が滅んでるのは、ひとえに数の多さが原因だろう。


 ペット可のマンションなんか近くにあったら、そのマンションの半数以上の部屋から暴走ワンワンが飛び出して来る世の中になったんだから堪ったもんじゃない。


 だけど、それでも魔物は撃てば死ぬ。どれだけ異能が強くても、その使い手まで頑丈にはしてくれない。


 だがあのイノシシはどうだ? 凄まじく頑丈だ。コレはどういう事か?


 その答えはフリルが言ってた。防御系の異能だなって。つまりアイツは『頑丈に成れる異能』を持ってるんだ。多分、自身を硬化させるタイプの異能だ。


 ネコのシールドと比べてどっちが優れてるかは分からないが、少なくともネコに無い利点だけならすぐに分かる。


 まず、全周防御が可能な点。自分が硬くなってるだけだから、後ろ前も関係無い。


 そして恐らくはパッシブな事。不意打ちをしてもダメージが通らなかった事から、異能の形としてはストレングスなんかと近しい物だと予測出来る。


「ストレングスとかと同系って言うなら、名付けるとしたらバイタリティってところか? 基礎魔石系統の名前なのに金かよ……」


 フリルを強敵と認識したイノシシはフリルを見上げ、しかし『関心』止まりのフリルにとってはイノシシ等そこまで気にする必要の無い相手らしい。


「はぁ、三番目に耐えられたから、次は二番目にゃ? まぁ食らうと良いにゃ」



 --ッッッダガアァァァァァァァァァアンン……!



 フリルが「食らえ」と、そう宣言にイノシシの足元、腹の下にある地面が大爆発を起こす。その爆轟と共に立ち上がった水蒸気が、フリルの攻め手がなんだったのかを表してる。


「これはフリルの旦那様つがいが考案した技にゃ。光栄に思えにゃ? さっきヤマトが投げた剣を拝借してサイコキネシスで地面に仕込んで、パイロキネシスでドロドロに溶かして置いたのにゃ」


 大氷塊を使った時にはもう、それを仕込み終わってたらしい。もうもうと立ち上る水蒸気が辺り一帯に広がって、今はフリルも声しか聞こえない。


「地上は水で、地下に溶岩溶けた鉄。混ぜたらどうなるか分かるにゃ? 水蒸気爆発って言うのにゃ」


 大氷塊で地上に仕込まれた大量の水。それを地面の下でドロッドロに溶かされてた鉄と一気に接触させ、足元で炸裂させたのだ。


 もう少し近かったら水蒸気の熱で俺達も死んでたかも知れない。それだけの規模で爆発したし、それだけの威力があったのだと水蒸気の量が物語ってる。




 しかし、それでもイノシシは生きていた。




 腹は抉れ、血も腸も零しながら、それでもイノシシはあんな大爆発をゼロ距離で食らっても即死は回避していた。いったいどれだけの防御力が有るのか、恐ろし過ぎる異能だ。育つ前に殺さないと取り返しが付かなくなる。


 それとも、育ってるからこそこんなにも強いのか?


「……………………あにゃ? お前、まーだ生きてるにゃ? 執拗しつこいにゃぁ」


 だが、それでも、やはりフリルにとっては、それすら『関心』止まりでしかなかった。なんなら関心を通り越して『呆れ』まである。


 立ち込めた霧が風によって吹き散らされた時にはもう、フリルはイノシシの背中に居た。


「二番目にも耐えたなら、一番目も食らっとくにゃ」


 なんて事無いように呟いたフリルの目が金色に輝き、




 --瞬間、轟音。




 世界が丸ごと揺れた様な錯覚すら覚える大轟音が鳴り響き、水蒸気の次は粉塵がフリルとイノシシを包み込んで立ち上った。


「あにゃぁ……、お前本当に凄いにゃ。流石に褒めるにゃ。フリルのこれを耐えるとは思わなかったにゃ。お前は鵺より強いと、フリルが此処で認めてやるにゃ」


 そして、そして、そして。イノシシは、それすら耐え切った。


 使ったのは恐らくショックサイト。それも、何時いつからチャージしてたのか分からないレベルの、もしかしたら車を出た時にはもうチャージ始めてた可能性も有るくらいのフルチャージを、背中の上と言うゼロ距離で食らったイノシシは、それでもギリギリ生きていた。


 小さな隕石でも降ってきたのかと疑うような大惨事の中心で、地面が円形に大陥没したその中心で、丸太の様に太ましかった身体がグシャッと平たく潰された状態で、まだピクピクと動いていた。


 思わず、もう止めてあげてと言いたくなる様な惨状で、イノシシはまだ生きていた。


 勿論もう、生きてるだけだ。ほっとけばそれだけで死ぬ。間違い無く致命傷だし、ともすれば「耐え切った」とは言えないのかも知れない。


 けど、


「じゃぁ、ゼロ番目で死んどくにゃ」 


 フリルは、「仕留め切れなかった」と言う事実が気に入らないらしい。ほっとけば死ぬイノシシに対して「耐えられた」と感じたフリルは、きっちりトドメを刺してから俺達の方へと歩き始めた。


 フリルがゼロ番目と呼んだ攻撃は、ただクリアコントロールで水を操ってるだけだった。


 ゴポゴポと苦しみ藻掻くイノシシの顔を、ただ水の玉で覆う。水のヘルメットを強制的に被せて、それで終わり。


 呼吸の禁止。確かに、ゼロ番目か。


 強い技じゃない。威力で言えばほぼゼロだ。だけど、これを食らって死なない生き物は水棲生物だけだろう。


 文字通りに必殺技。威力ゼロの確殺技。故にゼロ番目。一番強くは無いけど、それより殺せるからゼロ番目。


 最初っからそれでも良かったのでは、なんて無粋な事は言わないし思わない。フリルとしてもこんな結果になるとは思わなかっただろうし。


 途中、俺達の元に辿り着く前にフリルは最後に振り返り、


「ああそう、その水だけど、飲み切れば呼吸は出来るにゃ? まぁ、その潰れた内臓で水が飲み込めればだけどにゃ」


 救済措置を伝える死刑宣告と言う器用な真似をこなしたフリルは、俺達の元へと堂々の凱旋を果たした。


 やはり、ウチの最強はフリルであった。


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