カントリーホテル。



「単刀直入に言う。武力、食料、身の安全を提供するから、この避難所を俺にくれないか?」


 地元民からの案内で辿り着いたカントリークラブは、説明の通りに立地が完璧だった。


 狩りに行けたければ、その方面に自分で道を作れば良いし、それ以外についてはもう最初から全部揃ってた。


 ゴルフ場という広い平野から芝生を剥がして土を入れ替え、少しづつでも畑を作っていける。少なくともその土地がある。


 畑に使う水も、アクアロードに頼らずとも近くにダムがある。そこからどうにか組み上げて使えば井戸を掘るよりは簡単に、そして手早く多くの水が使えるだろう。


 建物も理想的だ。まずホテルなので、最初から大人数が暮らせる造りである。避難民も含めて寝るところには困らない。


 大浴場や食堂などもあるので、物資を管理して炊き出しなどもし易い。それぞれに任せて勝手に消費されると困ってしまうだろうから。


 そして、ホテル内に最初から店舗があるのだ。ゴルフショップだけども。


 そう、店舗が! 店舗があるのだ! 俺がトレーダーやる為の店舗が!


 もう、此処がいい。絶対此処にする。何があっても此処を本拠点とする。


 そう意気込んで交渉するのは、このカントリークラブに最初から居た避難民達だ。十八人くらい居る。


 此処の従業員や利用客だった人達が殆どで、それだと嫌に人が少ないなと思ったら、「こんな所に居られるか! 私は帰らせてもらう!」ってフラグ立てて勝手な行動の後におくたばりあそばされた人達が結構居るんだって。馬鹿かよ。鴨川は他と比べても中々の地獄だぜ?


 シーワールドと海からそこそこ離れてた事と、そもそも土地の割に人が少なかったことから被害が少なかったのだが、だからこそ危機意識が薄かった金持ちが無惨に死んで行ったらしい。


 そこで、たまに迷い込んでくる魔犬やカラス、デカい魚類などから隠れて過ごし、ホテルにバリケードを築き、たまにゴルフクラブで魔犬をぶっ叩いて撃退したりで生き残った皆さん。


 此処までやって来た俺たちを見て、追い払うでもなく受け入れる体制をとってすぐ建物に入れてくれた善良な人々だ。金持ちは心が豊かって本当なんだな。


 そして、ホテルの食堂にて交渉が始まる。


「見ての通り、俺達には武器も異能も有ります。それを皆さんに提供する事も出来ます。物資も豊富にあるので、もう、減ってゆく物資を見て不安にならなくても大丈夫です。任せてください。そちらのお子さん達にも、お菓子をたくさん食べさせてあげられますよ」


 食堂に集まった避難民のウチ、ホテル宿泊客の二組が家族連れで小さな子供も居た。俺はその子達にと言ってクッキーの箱を何個か親に差し出しながら、全員に言って聞かせた。


 そう、だから、ホテルを丸ごと俺に寄越せ。


 そう交渉する俺は、もしかしたら悪魔かも知れない。


 向こうは特にリーダーとか居なくて、何となく集まって何となく避難行動をして過ごしてた集団らしく、代表と交渉する形にはならず会議制みたいになってる。


 凄いよな。集団にリーダーが居なくても、何となく行動すれば結果に繋がる人種達。これがゴルフリゾートを利用するタイプの金持ちか。そりゃ金持ちにもなれるよな。能力が有るんだもん。


 ただ逆に、リーダーが居ないからこそ「こんな所に居られるか!」って言う死亡フラグ回収RTAみたいな奴を止められなかったんだろうけど。


「しかし、突然ここを寄越せと言われても……」


「我々を追い出す気か?」


「いえ、追い出す気はまるで有りません。…………そうですね、では先に、俺が思い描く展望をお聞き願えますか?」


 避難所のトップに俺を置けって戯言を真剣に受け取ると、確かに何かを無理強いされたり追い出されたりといった事を思い浮かべるだろう。


 だから俺は全くそんな事を考えてない事をプレゼンさせてもらう。


 俺は考えてた。「トレーダーやりたいんじゃぁ〜」って言う頭の悪いマイドリームをそれっぽく正当化する魔法の言葉を。


「まず、これを見てください。手品では有りません」


 俺は胸ポケットから取り出したビニールパッケージのクッキーをイミテーターで複製した。その様子を隠すこと無く、一部始終が見れるように。


 今更だが、イミテーターを使うと複製品はなにか、霧のようなものが俺の手から湧き出て固まっていく。生成がゆっくりで良いなら今はかなり軽い負担で複製出来るが、戦闘中みたいな即応性が欲しい時は相応に魔力を練り込むと一瞬で複製が終わる。ルリ達を助けた時の蛮刀コピー投げとか、まさにそれだ。


 次に、フリルにもアイコンタクトをして、インベントリから大きめの物資をドドンとテーブルに出してもらう。明らかに隠したり出来ない質量が一瞬で目の前に現れるのだ。


「この様に、我々には不思議な力があり、この力は凶暴化した動物達から奪ったものです。これについても後でご説明しますが、今はコチラを」


 フリルが出してくれたのは、フロストシリアルが12パック入ったカートンだ。これを皆に見えるようにダンボールを開いて、中に入ったシリアルを一袋ずつ複製して全員に渡してく。


「この様に、我々は大量の物資を持ってます。そして不思議な力でそれを好きなだけ増やせます。もう、此処に居る皆さんは誰も飢えない」


 どよめく皆を無視して、ついでにホテル側のちびっ子に「それもう食べて良いよ」と笑いかけてから、俺は魔法の言葉を紡ぐ。


「しかし、だからと言って請われるままに、誰にでもいくらでも、望まれるだけの物資を渡すのは、あまり良くないとは思いませんか? 皆さん、何もせずに食料が無限に手に入る環境で、欠片も努力せずに生きていける環境で、腐らない自信は有りますか?」


 最初は、物資をネタに何か強要するとでも思ってた人々は、俺の言葉を聞いて「確かに……」と真剣な顔をする。恐らくは、異変の前は人の上に立つ肩書きとかを持ってただろう人達だ。思い当たることは山ほどあるはず。


「なので、俺はホテルの皆さんにも、連れてきた避難民にも、どちらも変わらず平等に、『物資と交換出来るコイン』を発行しようと思います。働きに応じて、相応しい数のコインを」


 もう既に、俺が言いたいこと、思い描く展望を理解しきった人が感心したように頷く。もちろん彼らほどの人材なら、俺が描く展望のあらなんか突き放題だろう。


 しかし、まだ彼らは、異能について殆ど知らない。だから粗が本当に粗なのか分からない。


 実際、異能でゴリ押しすれば、多少システムに粗があっても押し通せる。無限に物資が出せる強みは絶対に死なない。強いて言うならイミテーター持ちが他に出てきた時が厄介かな。


「そうです。要は、信用が無くなった日本銀行券の代わりに、俺が新しいお金を発行しますって事ですね。だから、俺はこの避難所を快適にしてくれる人に対してコインを発行し、凶暴化した動物を倒しに行く勇敢な戦士にコインを発行し、これからゴルフ場に作る畑で採れた野菜にコインを発行します。そして、コインを持って来てくれたら俺が、そこの売店で、物を売ります。コインが有るならいくらでも売ります」


 こうやって仕事が必要なシステムを構築すれば、健全に生きていけると思いませんか? そう語り掛けて説得する。


 と言うか、無限の物資ってだけでこの人達は断れないんだけどな。


「俺はコインを発行しますけど、だからって皆さんにアレをやれ、コレをやれって命令とかしません。あくまで、皆さんが自主的にお金を稼ぐ形です。俺もお願いがしたかったら、これだけのお金を払うからお願い出来ないかって依頼の形を取ります」


「…………しかし、君の一存で物の値段は自由自在だろう? なら、実質的な命令も出せるんじゃないか?」


「それはそうですね。でも、それを言うなら物資の値段とか関係無いんですよ」


 そう言って、俺は背負ってるライフルに手を伸ばしてグリップを握る。セーフティを外してチャージングレバーを引き、撃てるように準備する。


「な、なにを--」


「ほら、こうやって武力を持ち出せば、物資の値段なんて関係ないでしょ? 命令したかったらこうすれば良いんです」


 銃口を向けることはしない。ただ銃を目の前で弄るだけ。銃口を向けてしまえば、俺はこの人達から「簡単に銃口を人に向ける奴」だと思われる。


 いやそれも事実なんだけどさ、これから一緒にやってく人達だからある程度の信用は欲しいよね。


 一通り銃の存在をアピールしたらスリングを引いて背中に戻し、何事も無かったかのように振る舞う。


「つまり、俺達が最初から暴力に訴えなかった時点で、俺達は皆さんに何かを強要するつもりが無い証明なんですよ。少なくとも、俺はそう思ってます」


 こうして、俺はカントリーホテルをジャックして、早々にマイドリームの第一歩を踏み出したのだった。


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