価値の指標。



「………………ん? 待って下さい。今、『異能をお持ちでない皆さん』と言いましたか?」


 交渉を初めて、ばら蒔いた餌にサナダが食い付いた。駆け引きは置いといてって思ったけど、高く買ってもらえるなら多少の小細工はしますとも。


「ええ、言いましたよ。…………では、この情報はお先にプレゼントしましょう。…………異能は人間も入手可能です」


 宣言しながら、俺は手のひらにアクアロードで水を生み出し、そしてクリコンで操って蛇のようにうねらせる。そしてそのままビキッと凍らせて氷像に変えた。


 地味だが、間違いなく俺が行使した異能だと分かっただろう。


「お、教えて下さい! どうすればその異能とやらが手に入りますかッ!?」


「ですから、情報を買ってくださいと申してます」


「買います! 買いますとも! ヨシダさん、良いですよね!? これを今知らないと、絶対に後悔しますよ!」


 入れ食いの爆釣で内心笑ってる。ちょっとしたパフォーマンスと、不安を煽った後に解決策を提示する。これによって必要以上に情報を高額に見せ付ける手法だ。


 だって、冷静になったら「魔物が異能を使う。じゃぁ魔物を調べれば異能について分かる」って誰でも思い付く。このまま没交渉しても、コストロさん達はそのうち異能の入手方法を知るだろう。つまり実質ゼロ円の情報なのだ。


 だけど、『今、ノータイムで知れる』って付加価値はゼロ円の情報を時価に変えてくれる。やっぱ情報は鮮度ですよ。


「…………しかし、情報を買うにしろ、コチラが差し出す物資も無尽蔵とは行きませんよ、サナダさん。お互いに価値を決めませんと」


「それもそうですね。…………では、こうしましょう」


 俺は少し考えた後、提案した。


「お互いに差し出す物にまず価値を決めましょう。俺が差し出す情報は、日本円で50万円って事にします。そして、そちらは情報を買う時に50万円相当の物資を俺にください。勿論、日本が壊れる前の値段でお願いしますね」


 こんなご時世だからパンが一つ一万円ですって言われたら、俺も情報料を二億円とかにせざるを得ない。


「…………50万円、ですか」


「はい。ただ、損はさせませんよ。ええ、絶対に」


 ぶっちゃけると、この交渉を受けてくれるなら、俺は自分が買った品物をイミテーターで複製して、コピー品を返す気でいる。だから向こうは実質ゼロ円で買い物出来るんだ。


 下手に難癖付けて値切ろうとしたらその限りでも無いが、俺だって何人居るかも分からないコストロ避難民に対して、飢え死ねとか言わないよ。


「それと、情報を買っていただけるなら、コッチが持ってる物資もそちらにお売りする用意が有ります。サナダさん、八九式の弾とか余裕有ります? 生命線ですよね?」


「売れる程に弾薬を持ってるんですか!? 是非、是非お譲り頂きたい……!」


 この交渉が成立しないと、弾は売らない。そういう形でも有るから、最終的にコストロ側が折れた。


「お買い上げ、ありがとうございます」


 口約束だが50万円分の物資を購入出来る権利を得て、更に弾薬の販売で更に架空の資金を得る。


 房総半島の山で望む生活が出来たなら、そこでディーラーみたいな生活もしたいから、こういう場合の通貨を俺が発行しても良いな。後で考えてみよう。


「では、弾薬の交渉は後にして、先に情報を頂けますかな?」


「勿論。隅から隅までお教えしますとも」


 俺は今日までに手に入れた情報を全て吐き出す。魔物が魔石を持ってる事、そして魔石を飲み込むと人間も異能を手に入れる事。重複して魔石を飲むと同じ異能が強化されるが、何回もやると強化率が落ちること。魔石の重複摂取なんてしなくても、使い込めば異能は成長する事。


 そして、人間も魔物化する事。


「これが魔石の現物です。皆さんが仕留めた犬からも、心臓が脳みそ辺りから出て来るはずですよ」


 ちなみに赤い犬の魔石は既に回収済みだ。死体処理の時にサクッと抜いておいた。


「…………ちなみに、魔石コチラもお売り頂けるのですか?」


「物によりますね。魔石の名称も勝手に俺が名付けましたけど、それは気にしないでくださいね」


 まずストレングスとインテリジェンスは安い。一個辺り千円前後で売って良い。ぶっちゃけ犬もカラスもその辺にわんさか居るから、いくらでも集められる。


「で、それ以外の魔石は結構レアでして、情報料だけで物資が賄えそうな今は放出したくないのが本音ですね。もっと困った時に使う交渉材料にしたいですから」


「…………なるほど」


「ヨシダさん、買えるだけ買うべきです! これさえ有れば死者がグッと減りますよ! それに、戦闘員が増えれば周囲から物資集めも出来るようになりますし、自分達でも魔石を集められるようになります! 今は損しても早急に得を取るべきです!」


「しかしサナダさん、入手方法はもう教えて貰ったんですから、買わずに自分達で入手する事も可能ですよ?」


「それでもです! 魔石を集める前に、さっきのような襲撃が起きたらどうするのです!? 今すぐに対抗出来るチカラを得られるんですよ!?」


 魔石を買うか否か。それで代表二人の口論が始まるが、どちらの言い分も正しい。だからこそ平行線な訳だけども。


「もう一つ、提案良いですか?」


 平行線は終わらないから平行線と呼ばれるので、線を交える為に俺は新しく提案する。


「…………なんでしょうか」


「ふふ、そんな顔しないでくださいよ。俺、今のところはお互いに利のある提案しかしてませんよ?」


 俺が声を出すと、明らかにヨシダが嫌な顔をするのがちょっと笑える。


 まぁ、俺はコストロの物資を正当な理由を持って奪おうとする、ある意味では敵だからな。この反応も仕方ない。


「俺としては、避難民全員がストレングスとインテリジェンスを11個ずつ使用するくらいが丁度良いと思ってます。でも、俺が持ってる魔石も流石に、全員分に足りるかどうか分かりません。だから、取り敢えずストレングスとインテリジェンスをそれぞれ11個セットで五セットずつお売りします」


「まだ、買うとは決めてないのですが……」


「まぁまぁ、最後まで聞いてくださいよ。それで、魔石までご購入頂けるのであれば、俺達も購入する物資をすぐには決定出来ませんから、しばらく此処ここに滞在して防衛をお手伝いします。更に、周辺の犬やカラスを駆除して魔石を手に入れるお手伝いもしましょう」


 五セットずつ買ってくれれば、避難民全員に魔石が行き渡るくらいの数を入手するお手伝いをする。つまり、実質は避難民全員分の魔石を買うのと変わらない。


「…………ふむ」


「買いましょうよヨシダさん! 一緒に防衛や魔物駆除を手伝って貰えるってことは、異能を使った戦い方も教えて頂けるって事ですよ! そうなったら自分達で物資も集められる様になりますし、今回購入するのに使った物資だって回収出来ます!」


 魔石の購入に前のめりなサナダが猛プッシュして、ヨシダはちょっうんざりした顔をしてる。それでも悪態をついたりしないのは、なんだかんだ信頼し合ってるからだろう。


 ここは、良い避難場所だな。


「……防衛もお手伝い頂けるのですね? それは、どれ程の期間です? 日数を確約頂かないと頷けませんが」


「そうですね。逆にどれくらい居て欲しいですか? コチラには見ての通り、半数が動物ですからね。嫌がる避難民も居ると思いますが」


「確かに、そうですね。正直この距離に本物の虎が寝そべってるだけで恐ろしいですから……」


「この子、めっちゃ大人しいですけどね。先程も略奪者の銃弾から仲間を守っててくれましたし、下手な生存者よりも理性的なくらいですよ」


 実際、戦闘中にも結構撃たれてたらしく、それでも全員無傷で守りきったネコは今、ヨシオ達家族もタクマもミルクも、全員から好感度爆上がりで可愛がられてる。


 今もミルクとメグミが俺の後ろでネコのブラッシングをしてる。その様子があったから、周りもあんまり騒がないんだろう。小学生女児がビビらずに触ってるのに、大の大人がビビり散らかしてちゃダサすぎるもんな。


「なんなら、ウチの動物組メンバーは全員、一匹でさっきの襲撃潰せるくらいには強いですよ。さっきは全員でやった方が早かったから全員参加だっただけです」


「…………そんなに、ですか」


「その分、皆さんも怖いのかも知れませんけど、インテリジェンスの魔石で得た知性のお掛けで、普通にこっちの言う事も理解出来てますから、普通のペットよりずっと接しやすいですよ?」


 色々と情報を出し、利点を見せ、そうして結局、俺達は一ヶ月ほどコストロに滞在する事となった。


 よっし、契約が成立したので、イミテーターをぶん回すかねぇ。


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