ごめん寝。



 銃が効かない。ならば銃を使わなければ良い。


 スリングを引いてライフルを背中に回し、代わりに背負ってる大剣を引き抜いた。


「お望み通り、殴りあってやんよォ!」


 ビルの影から飛び出し、奴が居を構える雑居ビルに吶喊とっかんする。


 俺の戦意に釣られた虎もビルの巣穴から飛び出し、アスファルトが砕けて地面が見え隠れする荒廃した道路で激突する。


 タングステン製のクソ重い大剣を大上段から振り下ろすも、やはり不可視のナニカが剣戟を遮る。シールド系の異能か? 何それめっちゃ欲しいんだが!?


「なんだよ上野まだレア異能が残ってんじゃねぇか!」


「ルガァァアアアアッッ!」


 異能の盾に大剣が防がれて無防備な俺を、虎はここぞとばかりに引っ掻きに来るが、俺は大剣を左手で保持して素早く腰の蛮刀を右手で抜いた。


 薙がれる爪を蛮刀で受け止め、左手で持った大剣もストレングスをアクティブにして押し込む。しかし虎も負けじと空いた前脚で攻撃してくるので、一旦引く為にその脚を蹴っ飛ばして後ろに下がった。


「チィッ! てめぇ良い異能モン持ってんじゃねぇかよ」


「グルルルァ…………」


「だが、そのシールドは何枚出せる? どこまで有効だ? お前、全周囲を守れるか?」


 厄介な能力だが、もっと厄介な能力を俺は沢山持ってる。


「…………ガァッ!?」


「コレか? コレはサイコキネシスってんだよ。良い異能だろ?」


 かなり強固なシールドだっだが、逆に考えると強固過ぎる。多分展開する数とか時間に制限あるタイプの異能だろう。じゃないと無敵過ぎるしな。鵺から逃げて来たんだろうが、そんな異能があるなら逃げる必要は無かったはずだ。


 だから俺はサイコキネシスでライフルとリボルバー、蛮刀を空中に浮かべて移動させる。


 正面には大剣を構えた俺。両側面から銃撃。背後から蛮刀が突っ込んでくる。そんな状況で、お前はどう戦う?


「…………グゥっ」


「虎でもぐうの音は出るんだな。…………さぁて、終わりと行こ--」


 サイコキネシスで銃撃しながら俺が突っ込む。そうして決着だと思った瞬間、


「ルァァッ……!」


「--はぁ?」


 その瞬間、虎が…………、



 ごめん寝した。



 いや、えっと、アレだ。「ごめん寝」だよ。あれ、前足で自分の両目を塞いで伏せる奴。耳もペタンとして、尻尾もクルッと巻いて、いかにも降参って感じのあれ。


 …………………………は?


「……え、はっ? なに、え?」


 もしかして、降参してんのソレ? え、虎が? 人に?


「……おい? え、おいぃ? 虎さん? 嘘でしょ? え、それマジでやってる? 待てよちょっとその巨体でごめん寝されたちょっと可愛いじゃんか止めろズルいだろそれ」


「ルァ」


「いやルァじゃねぇわ。チラッと俺の顔色を確認するな。前脚の隙間から覗くな。そしてごめん寝に戻るな。継続するな」


 前脚を少し退けて俺の顔をチラ見した後、また前脚で両目を隠してごめん寝を続ける虎。


「…………いや、て言うか」


 よく見ると、もしかして…………--


「お前って、魔物化してないのか? よく見ると目が濁ってないな?」


「…………ルゥ?」


「いやだからルゥじゃねぇんだわ」


 チラチラと俺を見る虎の目は、濁ってなかった。今まで大型の獣で精霊化してる個体を見た事ないから攻撃したが、もしかしてコレ俺が悪い奴か?


 気が付くと、銃声や戦闘音、俺と虎の叫びなどを聞いた雑居ビルの生存者が、ビル二階と窓からコッチを見てた。生存者は全部で五人か。全員そこに集まってるな。


「えーと、虎よ。人の言葉は分かるか? 俺の言葉が理解出来るなら、地面を叩け」


 言うと、すぐに虎は地面をバシッと前脚で叩き、そしてすぐごめん寝に戻った。


「俺の言葉が合ってるなら地面を叩け。違ったら尻尾を振れ。理解出来た時も地面を叩け。否定したい時は尻尾を振れ。分かったか?」


 -バシッ。


 うん、こいつ賢いな。不自由なく言葉を理解出来るって、インテリジェンスを相当伸ばしてるぞこの虎。


「…………お前、他の仲間みたいに凶暴化してないな?」


 -バシッ。


「人を襲った事は有るか?」


 -バシッ。


 有るんかい。まぁ当たり前か。しかし、これで俺は人喰いの虎を倒そうとしたって大義名分が手に入ったな。良かったぜ。善良な精霊を一方的に殺そうとしたってレッテルは辛いものがある。


 まぁ、精霊化したうえで悪辣な生物ってのも居るかもしれないし、その辺はまだ良く分からんか。これから少しずつ知って行こう。


「お前が凶暴化してないのに気付かずに襲ったのは、俺も悪かった。だがお前が人を襲う以上、凶暴化して無くても戦う理由は有る。分かるな?」


 -バシッ。


「お前がもう人を襲わないって言うなら、もう戦いは止めよう。だが変わらず人を襲うつもりなら、今お前を殺さなきゃならん。分かるか?」


 -………………バシッ。


 今、タイムラグがあったな。


 と言うか、地面を叩いたままコッチを見てる。困った顔をしてる。


 死にたくないが、人を襲えないのは困るのか。…………ああ、そりゃそうか。


「……分かった。お前は俺に着いてこい。食い物は俺が何とかしてやる。だからもう人を襲うな」


 人が世話してくれた時代が終わり、自分で餌を探さないと飢えてしまう今、一番手軽に手に入る肉って人間なんだよな。隠れてる奴探し出せば、殆どノーリスクで食い殺せる。そんなか弱い生き物だし、そこそこの量が居る。上野にも俺が見つけられてないだけで、まだまだ人は居るんだろう多分。エコーロケーションだって万能じゃないしな。


 だから俺がコイツに「人を襲うな。じゃないと殺す」って言うのは、「飢えて死ね。じゃなきゃ今殺す」って言うのと同じだ。それは良くない。


「それじゃダメか?」


「…………ルゥ」


 多分、こいつは純粋なんだろうな。


 だって雑居ビルの住人は今も生きてる。コイツが悪辣な魔物だったら、腹減ってなくても今頃殺されてただろ。イタズラに、弄ばれて。ネコ科ってそう言うところあるし。コイツならビルの壁殴って壊すくらい容易いはずだ。


 でも、こいつはエコーロケーションで見付けた生存者グループを、ただ食料として認識した。虐めて殺す存在じゃなく、お腹減ったら食べようってくらいの存在だと思った。


 そこに善悪は無い。生きたいから飯を探した。ただそれだけの事なのだ。


「どうだ? 一緒に来るか?」


「…………ルゥァっ」


 近付いて、しゃがんで、視線を合わせた俺に対して、虎は地面を叩いて答えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る