武器が欲しい。



「にゃぁあッッ……!」


 愛らしい声と共に衝撃が走り、俺を仕留め殺さんとした大型犬……、パッと見は白いボルゾイに見える犬畜生が吹き飛ぶ。


「死ねよらぁぁァアッッ!」


 相棒からのアシストを貰い、倒すべき敵が住宅街のブロック塀に叩き付けられたその瞬間に、俺は一気に肉薄した。


 痛いほど握り締めた包丁を、力の限りその首に叩き込む。


 そのままブロック塀に縫い止めるくらいの勢いで刺し、抜いて刺し、抜い刺して抜いて刺して、死亡を確信出来るまでは白いボルゾイの毛並みを赤く染め続ける。


「ラァァァアアアアアアッッ!」


 これで三頭目。いくら都会と言っても、人に飼われた犬なんて本当に何処にでも居る。そこら中に居る。だからこそ、なんだろうか。


 まだ家を出て十分ちょっとしか経って無いのに、慎重に進んでるにも関わらず、もう三回目の戦闘なのだ。


「にゃぁんっ」


 未だに悲鳴が木霊する、滅びに向かう血腥い住宅街。そのブロック塀にボルゾイの亡骸を押し付けて滅多刺しにしていた俺は、相棒の鳴き声で正気に戻る。


「…………はぁ、すまんフリル。まだ、殺し合いに慣れてなくてな」

 

「にゃぁう」


 興奮し過ぎてた俺は、一息吐いてから相棒のフリルに言う。

 

 すると、まるで「気にするな」とでも言うように、俺の愛するフリルが足に尻尾を絡ませて来た。この、猫の尻尾にきゅってされるの、控えめに言ってキュンキュンして死にそうになるよな。


「にゃっ! にゃんっ!」


「あ、ああ悪い。さっさと魔石取っちまおう」


 ぼーっとしてたら怒られた。

 

 命のやり取り。殺し合い。平和に生きる現代日本の二十歳の若造にとっては、本来馴染みの無い行為であり、これからも関わりの無いはずだった要素だ。

 

 そんな熱に当てられて頭が茹だってる俺は、まだ意識がフラフラとしてて、フリルに促されてやっと行動に移れた。

 

 白いボルゾイの首周りを真っ赤に染めた包丁をそのまま使い、仕留めた相手の腹をカッ捌いて内臓を露出させる。

 

 直接胸を開いても良いのだが、その場合は肋骨が微妙に邪魔だった。なので腹を裂いてから手を突っ込んで心臓付近に有る目当ての物をブチブチと取り出すのが一番早かったのだ。

 

 そうやって魔石を取り出すと、すぐにタオルで手ごと拭く。飼われていた犬とは言え、元の飼育環境がどんな様子だったのかも知らないのに、魔物化までしてる犬の血液だ。ずっと付着させておくのは衛生的にアウト過ぎる。


「……うん、やっぱり犬はストレングスの魔石が出る確率が高いっぽいな」


 取り出した魔石は、ペス君から抜き取った物と同じ色、同じ形、そして中で揺らめく不思議な模様も同じものだった。

 

 途中でフリルが道端で事切れてる人の頭を吹っ飛ばして回収した、推定インテリジェンスの魔石は、色と形は同じでも模様だけは違ったので、魔石の種類ごとに中で揺らめく模様が違うのだと思われる。

 

 ストレングスはS字を重ねた蝶の模様だったが、インテリジェンスの模様は、眼鏡というか無限記号というか、八の字だった。まぁ魔石の模様を見る正位置とか知らないので、シンプルに数字の「8」かも知れないけど。


「まぁ種類を識別出来るのは助かるよな。手に入れる異能が分からないと困るだろうし」


 最初のペス君を含めれば四つ目のストレングス魔石。フリルとは交互に分け合ってるので、ペス君の魔石をフリル、次に俺、次にフリルと分配して来た。つまり今回の魔石は俺の物となる。ちなみにインテリジェンスは流石に道徳的にあれだったので、実験的に取り出した一個しかまだ入手して無い。そして入手したインテリジェンスはフリルが食べた。

 

 なので今のフリルは確実に俺より賢いはずだ。

 

 まぁ良いや。今は魔石を食べて異能を育てる時間だ。

 

 俺は背負ったバックパックのサイドメッシュポケットからペットボトルを出して、魔石を良く洗う。これから飲み込む訳だから綺麗にしなきゃな。

 

 血塗れの魔石を丸呑みとか、雑菌が普通に怖い。

 

 そうして良く洗ったら、血を拭ったタオルとは別のタオルで良くぬぐい、そして飲み込む。

 

 ごっくん。


「…………んぐっ、やっぱちょっと、慣れないな」

 

「にゃぁんっ」

 

「まぁ、明らかに力が手に入ってる感が有るのは助かるよ。ぶっちゃけ自覚無しで異能が手に入る方が怖いし、違和感ある」


 普通に市販されてるのど飴よりも一回り大きいくらいの魔石を飲み込むと、魔石が喉を通り過ぎた後から度数の高い酒を飲んだような、喉が焼ける感覚を覚える。

 

 そして魔石が胃に落ちたなら、胃の腑が無駄にポカポカして、喉から酒精が抜けて行くような感覚が暫く続き、それらを感じ無くなる頃になってやっと、魔石が俺の体に馴染むのだ。

 

 時間にして大体一分ちょいか。長くても三分以内だ。

 

 異能の継承が終わったら、軽く力を込めて近くのブロック塀をボムボムと殴ってみる。思いっきりはやらない。確かにストレングスの異能は筋肉の出力を上げてくれるが、それは別に皮膚を固くする訳でもなし、骨を丈夫にする訳でも無し、つまり全力でブロック塀なんか殴ったら強くなった反動を自分で受けるのだ。

 

 そんな訳で、手加減して壁をドムドムして強化具合を確かめる。ストレングスは平時の膂力もビックリするくらい上げてくれるが、明確に意識して体力的なナニカを消費すると、その分さらに筋力をブーストしてくれる。多分、この意識して使うと消費する体力的なリソースが、魔力とか呼べる定番のアレなんじゃないかと、俺はそう予想してる。

 

 なので、異能を使うために体内から目減りするリソースは、そのまま魔力と呼ぶ事に決めた。


「…………ふむ? 一個目でストレングスを獲得して体感筋力が倍で、二個目でさらに二割くらいの強化か?」


 あえて余力を残して壁を殴ったり、全力で力むだけしてみたり、色々と確認して魔石の重複取得による強化具合を確認すると、体感で二割くらいだと分かった。

 

 三個目も二割くらいなのか、回数が増えると増幅値が落ちたりするのか、その辺はこれから検証していく必要があるだろう。

 

 思えば、ストレングスの魔石集めは結構重要だ。自身の体が出力可能な膂力の最大値って、分かり易く頼れる、シンプルな暴力である。

 

 直接的に使える暴力。それは、これから地獄を生きて行く為にも、基礎と言っても過言では無い異能だろう。可能な限り集めて、早い段階で強化しておくのが吉のはず。


「…………だけど、武器がなぁ」


 改めて方針を固めてから、俺は自分の手元を見る。

 

 家から持ち出した安物の包丁だ。家を出て三回、家でもペス君の解体で使って、既にガタが来てる。本当なら生きてる生物を滅多刺しにするアイテムじゃ無いからなぁ。

 

 流石に素手じゃどうにもならない。まだ数回は使えそうだが、何回も骨に当てたりしたから刃もボロボロで、正直ナマクラだ。

 

 この先も魔石を集める為にも、武器の調達が急務だ。


「……よし、フリル。次はホームセンター的な場所を目指すぞ。早急に武器の確保が必要だ」

 

「にゃぅんっ!」


 周りの民家を家探しすれば何か見つかるだろうけど、普通に生き残ってる住民とか居ると気まずいなんてもんじゃないし、これから俺たちに必要な武器は包丁やカッターナイフなんてちゃちなアイテムじゃない。もっと丈夫な斧とか鉈とかだろう。

 

 鈍器にしてもハンマーやバッド、バールなんかが視野に入る。

 

 ならば探すべきは持ち主の居なくなった民家ではなく、ホームセンターだ。ホームセンターさえあれば全て解決する。

 

 選り好みさえしなければ、マジであそこには何でもある。食料も結構ある筈だし、バックヤードにも在庫が山盛りある筈だ。あらゆる意味でポストアポカリプスの一手目はホームセンターであるべきだ。


「よし、行くか」


 そうと決まれば、名も知らぬ魔物、元ボルゾイの亡骸を適当に打ち捨てて、俺は行動を再開する。

 

 道に倒れてる自転車を拝借して、前カゴにフリルを乗せる。鍵は付けっぱなしでフレームやスポークに歪みは無く、パンクも無い。最高か。


「さてさて、買い物出来るのか、略奪になるのか」


 一応財布も持って来てるので、これから向かうホームセンターが店として生きてても、何とか買い物は出来る。だが、まぁ今も断末魔ばかりが耳に聞こえるこんな地獄では、もう普通の買い物なんて望み薄だろう。

 

 普通に避難民が立て籠ってたり、普通に魔物にやられて廃墟化してたり、どっちかだろう。この阿鼻叫喚の地獄絵図で普通に「いらっしゃいませぇー」とか言われたら逆に笑うわ。いやドン引きするかも知れない。


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