魔石。



「…………なんでござるかコレぇ」


 なぁにぃこれぇ。


 お風呂場を真っ赤に汚しながら犬の解体をした俺は、その犬の心臓付近から出て来た物に戸惑っている。解体と言っても、まだ腹をカッ捌いて中を弄っただけなのだが。


 もう今この瞬間をお巡りさんに見られたら言い訳の余地も無くタイーホされてしまうスプラッターな現場で、血の匂いも酷くてぶっちゃけ吐きそうなのに、更なる厄ネタが出て来たので困っている。


 マジで何だよコレェッ!


「……フリルぅ、もしかして解体しろって言った理由、これかぁ?」


 正確には「言った」は違うのだけど、まぁ「にゃん」と言えば俺が動くので間違いでも無いか。


 俺が手に持ったそれ、色は紫紺で形は菱形、八面の立方体である透明感のある石を、フリルに見せる。


 良く見れば石の中に、『S』を二枚重ねて翅にした蝶々みたいな模様がゆらゆらしてて、実にファンタジーなアイテムだ。


 解体したら心臓付近から出来てたとか、色が紫紺で紫とか赤よりだったりとか、中で意味深な模様がゆらゆらしてたりとか、もう実にファンタジーでファンタスティックだ。


「……もうこれさ、あれだよね。ラノベとかで『魔石』とか呼ばれそうなアイテムだよね。……なに、どうするのこれ? 魔道具とか動かせちゃうの? その魔道具はどこにあんだよ誰が作ンだよ」


 もうこの石の呼称は魔石で決まりだ。他にしっくり来る呼び方とか思い付かない。


 取り敢えず、フリルはこれが欲しいみたいなので、水でじゃぶじゃぶと血を洗い流してからタオルで拭き、綺麗にしてからフリルに差し出した。


「にゃぅんっ♪︎」


 そして、フリルは「ご苦労さま♪︎」とでも言うように、嬉しそうに鳴いて魔石をパクッと食べてしまった。


 パクッと、…………パクッとぉッ!?


「まっ、ちょ、フリルッ!? いやダメだろ石なんて食べたらっ! ペってしなさい! ほらペってしなさい!」


「うにゃんっ」


「あ、こら逃げるなっ」


 捕まえて吐き出させようとした俺の手を、するっと避けて逃げるフリル。


 こんな休日にありそうなほっこりするワンシーンだが、現場血塗れのバスルームだ。


 俺も事ここに至って、もう現状が「取り敢えず避難する」とかそんなレベルじゃ無い事は理解した。


 玄関を開けたら近所のワンちゃんがガチで殺しに来て、今も外では人死が発生してて、断末魔も絶えず聞こえている。


 そして襲って来たペス君を解体したら、訳分からん物が当たり前の顔して出て来たし、その前にも飼ってる猫がなんか特殊能力とか使ってたのだ。


 完全なる非常事態であり異常事態だ。俺はもう「常識」を頼れないと理解してるし、覚悟もしてる。頼りになるのはむしろ、ラノベとかの知識かも知れない。ファンタジーにはファンタジーをぶつけるしか無いのだ。


「こら、捕まえたぞっ。ほら、ペってしなさい。お腹壊しちゃうだろ? 現在進行形で外がめちゃくちゃになってんだから、動物病院とか行けるか分からんのだぞ?」


 決して風呂場からは出ずにヒラヒラと逃げるフリルをやっと捕まえた俺は、可愛い可愛い猫ちゃんの喉をゴロゴロと撫でながら諭す。今日のフリルはマジで賢いので、なんか俺の言ってる言葉も大体理解出来てるていで喋っている。


「にゃうんっ」


 すると、フリルがその可愛い尻尾を俺の腕にきゅっと巻き付けて来て、俺のハートもキュンってする訳なんだが、気を抜くとフリルの尻尾が俺の腕をぎゅぅぅっと締め付けて来た。


「あっ? あぃ!? いた、痛たたたっ!? えっ? 待って尻尾の力強くねッ……!?」


「にゃん」


 猫の尻尾に有るまじき膂力を感じてビックリする俺に、フリルは前足で自分の口をトントンした後、同じ足で自分の尻尾をトントンする。


 明らかに何か、俺に伝えようとして居る。


「……口と、尻尾。口はさっき魔石を食べて、尻尾はビックリするくらい力が強くなって……、つまり、今食べた魔石の効果で、力が強くなったと?」


「にゃぁんっ♪︎」


 まるで「正解♪︎」とでも言うように、フリルは可愛く鳴いた。


「マジか。……なんか、フリルが頭良くなってる感じのアレコレも、魔石関連?」


「にゃぅ?」


「あ、それは分からんのね。……え、じゃぁ魔石の事知ってるのはなんで?」


「にゃぁんっ」


「ん? 外? …………ああ、そういう事か」


 抱っこしたフリルに質問を重ね、そうして最後にフリルの前足が示す方向に従って外を見れば、今まさにアパート二階の窓から見える景色に、「犬が犬を食い殺し、胸をほじくって取り出した何かを食った」瞬間が見えた。タイムリーかつショッキングなスプラッターである。多分今の、魔石を食ったんだろう。


 そしてラブラドールを殺して共食いを果たした柴犬が、腰の入った右フックで電信柱を砕くシーンもオマケで着いてくる。お前は背中に鬼を背負った人類最強か?


「ふむ、なるほど。俺がグースカ寝てる時に、こんな感じの外を見てたのね」


「にゃん」


「で、魔石を食って能力を手に入れた暴走動物を見たと」


「にゃんっ」


「フリルがさっき使ったのは、最初から自分で持ってる自前のやつ?」


「にゃぅんっ♪︎」


 よし。大体理解した。


 いや、流石にこれだけの材料で現状のファンタジーを全部理解した訳じゃない。それは無理だ。


 でも今のところ読み解ける仕組みと言うか、今起きてる『異変』についてはまぁまぁの理解が出来たと思う。


 そしてそれに伴う推察も幾つか。


「まず、この現象が世界規模なのか日本だけなのか、はたまた都内かこの区域だけなのかは知らないけど、取り敢えず現在この付近に居る動物には魔石が生成されてて、基本的に凶暴化してる。フリルが凶暴化してない理由は分からないけど、それは俺との愛の絆とでも思っておこう」


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