危ないワンちゃん。



 玄関を開ければ、殺意増し増しの犬。


 ビビって倒れる俺に、のしかかる様に飛び付く犬。


 そこそこ大きく、見た目からするとバーニーズマウンテンドッグかっ!?

 

 と、とにかく正気を失ったように目がイッてる畜生だ。俺を見てるのに、どこを見てるのか分からない焦点の合ってない濁った目をしてるヤバい犬だ。


 マジ目の前で牙をガチガチされると超怖い。映画とかで良く見るワンシーンだけど、自分が経験すると本気で怖いぞ。


「ルゥゥグゥゥウアアアアアアッッ……!」


「ちっ、力つよッ……!?」


 俺の首に噛み付いてブチブチ千切りたいクソ犬が涎を垂らしながら口をガチガチしてる。その首に肘を当てて抵抗するが、信じられない程にクソ犬の力が強い。えっ、待って犬ってこんなに力強いの?


 いや、確かに犬が本気になったら人間なんて勝てないって聞くけど、膂力だけで言ったらぶっちゃけそこまでじゃ無いでしょ? え、ここまでなの? ホントに?


 マジかよ、だめだコレ。死んだ、死んだわ。せめてフリルだけでも生き残ってくれ。


「ふり、フリルっ、逃げろッ…………!」


 俺が手を離したせいで、ゆっくりと閉まりつつある玄関。そこから逃げてくれと、俺はフリルを見た。


 俺はあと数秒もしたら多分死ぬから、玄関が閉まる前に逃げないと密室になっちゃうぞ。フリルとクソ犬じゃ玄関も窓も開けられないから。


 そして、密室でこんな暴走クソ犬と俺の可愛くてか弱いフリルが閉じ込められたら、どうなるかなんて誰でも分かる。そんなの嫌だ俺の可愛いフリルは世界一長生きするンじゃボケェ! 猫又になるんじゃハゲゴルァッ!


「にげろぉぉっ……!」


 犬の首に肘を入れて噛み付きを阻止して、必死に抵抗を続ける。少しでも足掻く。噛み付きは回避しても引っ掻きがクソ痛い。地味にゴリゴリ削られる。待ってマジで犬ってこんなに力強いの? なんかおかしくない?


「くそっ……」


 玄関が締まり切る前に、足につっかけてた靴を玄関に蹴り飛ばして扉に噛ませる。扉が閉まる未来だけは拒否する。よし、これで最悪でもフリルは逃げられるぞ。俺の死に際としちゃ上出来だろうよ。


 ああフリル、一年半も一緒に過ごせて幸せだったぜ。俺はここで死ぬけど、フリルは長生きしてくれよな。俺の分まで長生きして、とにかく長生きして、猫又になって幸せになってくれや。


「…………にっ、げぇっ」


 にげろ。ただそれだけ伝えたいのに、もうクソ犬の口が、凶悪な牙が、もう少しで俺の喉笛をブチィッて出来る場所でガチガチしてて余裕が無い。


 て、て言うかフリルさん? あの、逃げてくれませんかね? なんでずっとこっち見てるの? 俺が死ぬ瞬間を観察するの? え、俺そんなに嫌われてた?


 いやいや、まぁ俺も、良い飼い主だった自信とか無いしね。だから怨まれるのは良いや。でも、あの、お願いだから逃げてくれ?


 俺さ、例えフリルが俺を嫌いで、怨んでても、やっぱり俺はフリルのこと大好きだからさ、頼むから逃げてくれや。死なないでくれ。長生きしてくれ。


 内心で懇願する俺は、犬畜生の餌になる前に必死の抵抗をしながら、愛しいフリルを見続ける。そして--…………。


 フリルの両眼が光った瞬間を見た。


「にゃぁぁぁぁあああああッッッ……!」


 一年半もフリルと一緒に居て、一度も聞いた事が無いレベルの絶叫が、狭苦しいワンルームに響く。


 -ゴゥッ、ゴシャッ……、がしゃぁぁぁああんッッ!


 まずフリルの目が光り、次に俺の上のクソ犬が吹き飛び、そして玄関の傘立てやら何やらを巻き込んで扉を弾いて、半身だけ外に。

 

 そして扉が閉まり、犬が挟まる。


「グルゥゥゥアアアアアァァァアッッ!?」


 良くあるタイプの半自動ドアに胴体が良い感じに挟まってしまったクソ犬は、犬としての体の構造上もう、自力で扉をどうにかして逃げ出せる状況じゃ無くなった。いや、そのままズリズリと這いずって外に向かえばまだ逃げられるけど、扉を開いて俺を襲いに来るのは無理だ。


「にゃあっ!」


「お、おぅ……! ぅぉおラァアッ……!」


 フリルの声で正気に戻った俺は、急いで立ち上がり、そしてドアノブに手を掛けて思いっきり引っ張る。


 そう、引っ張る。クソ犬が挟まった状況で、このクソ犬を殺す気で玄関を閉める。胴体を扉でギロチンしてやるつもりで全力の『閉め』だ。


「るぅぅおおおおらぁぁぁぁあっっ! 死ねよラァァアアッッ!」


 そして。


 -ゴッキンッ……!


 流石にブチンと切断は出来なかったけど、内部の骨を砕き折って内臓を潰して、事実上の内部切断は果たせた。

 

 つまり、殺せた。そのはずだ。


「………………はぁっ、はぁ、なんだよ、なんなんだよッ」


 扉に挟まって死んだ犬の下半身を見ながら、俺は玄関で崩れ落ちた。疲れか、精神的なものか、とにかく息が乱れる。頭が茹だる。


 なんだこれ? なんだってんだよこれ?


 まだ、玄関を開けただけだぞ? 

 

 まだ家から一歩すら出てないのに、こんな死にかけるイベントが発生するとか、マジでやめて欲しい。


「まじ、なんなんだよ…………」


 ここはもう、日本じゃ無いのか?


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