第3話 スタートライン

 車の後部座席に乗って窓に頭を預ける。父さんと母さんはずっと道路に立っていて曲がり角を曲がった後でもきっとあの玄関で俺を待っている気がした。T1が運転する車と助手席に乗ったN2は何も言葉を発しない。静かな中で友達との約束だとかつまらなかった授業だとか、学食のこととか、そんな当たり前だったことばっかりが頭の中でぐるぐる回って考えはまとまらない。


「申し訳ありませんでした」


「え」


一瞬その声が誰から発せられたものなのかわからなくて顔を上げる。二人の顔は見えないがさっきの声はN2だった。理解不能だと言っていたはずだ、人間の気持ちなんてわからないと言ったはずなのに。


「私にはニンゲンの感情はわかりません。でも、一緒に働いたニンゲンがいつも家族の写真を持っているのは知っています。メモリーに限りがあるニンゲンが外部記録によってその記憶を保持しようとすることは家族はニンゲンにとって大切なものなんだということは学習しています」


「そのくらいわかってるなら、こんなこと......ごめん。そんなこと言っても仕方ないよな。結局新人類なら隔離されるんだし」


俺がそういうとN2が少し肩を落としたように見えた。T1は人間の感情がわかるようにプログラムされていると言っていたがそれにしてはN2の方が人間らしいような気がした。


「あのさ、言っていいことかわからないんですけど。T1よりもN2の方が人間らしいと思ったんだけどほんとにT1は人間の感情を理解できるようにプログラミングできてるんですよね?」


「その認識は誤りですね。ニンゲンの感情についてはN2の方が長く稼働している分、私よりもN2の方が理解できます。私たちは他のアンドロイドと違って高性能なので人間の感情を理解しようとしてしまう。これは私たちの作成者が人間の感情をアンドロイドに与えることを諦めなかったからです」


「人間の感情は複雑だからAIがもうできない分野だってなんかで読みました。確か、処理ができなくて負荷がかかるって」

「ええ、そうです。私にはニンゲン感情を分析する一環として感情を分類したフィルターがかかるようになっています。喜怒哀楽など簡単に分類することで処理に負荷がかかりにくい。ニンゲンの感情なんて私たちアンドロイドには毒のようなものですから、交渉にくる前にその毒に対する免疫をつけるために私に追加されました」


「なんでそんな便利なものがあるならN2にもアップロードすればよかったんじゃないのか?」


俺がそういうとT1は頷いたのがルームミラー越しに見てとれた。


「最もな質問ですね。私たちの作成者は私にこの機能をアップロードしてN2にアップロードしなかったのは比較して実験を行うからです」


「私からも質問しても?」


N2がそう尋ねてきて俺は思わず頷いた。俺の見てきたアンドロイドは決められた受け答えができるくらいで何かを聞いてくることはほとんどなかった。なんの質問がくるんだろうと少し身構える。


「貴方は私たちを憎んでいると思います。なぜ、罵倒せず、怒りもぶつけることなく私たちと対話しているのですか?貴方の両親や友人への言葉を考慮すれば貴方は今までの生活に満足している。今までの経験から言えば怒り、暴言を吐くのが一般的な行動です」


「正直にいうとまだ、わからなくて。なんか、大人になったらとか卒業したら会える気がしてしまって。会えないのはわかってるんだけど。それに、N2とT1がやりたくてやったわけじゃないのはなんとなく伝わったから」


「変わっていますね。貴方は私たちをニンゲン扱いしている」


T1がそう言いながら自分で運転をしていることに気がついた。自動運転に切り替えずに自分で運転するなんて緊急事態以外ではなかなか行われないのに、合理的に見える彼は運転を続ける。


「俺や貴方たちが同じじゃないのはわかっているんですけどね。でも、普通のアンドロイドは自動運転に切り替えているのに貴方が切り替えないのは運転が好きだからじゃないんですか?それってすごく俺たちと近いって感じます」


「……そうですか。あと数時間で飛行場に到着します。N2も貴方の話を聞いて処理落ちしています。貴方も少し休んでください」


T1が一方的に話を打ち切ったから多分当たらずも遠からずだったんだろう。ルームミラーの彼の表情は変わらないがそれでも返答まで間があった。鏡越しに目があったがすぐに逸らされてしまった。少しだけ、二人に親近感が湧いたからか少しだけ肩の力が抜けて、自分が今まで気を張っていたことに気がついた。一度気が緩んでしまえば急激に眠気が襲ってくる。そもそも部活終わりで体は疲れ切っていた。


俺は目を閉じて柔らかい座席に体を預けた。

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