第2話 カウントダウン
「足立睦実さんですね?」
スーツを着た黒髪の女の人と金髪の男の人が同時にこちらを向いた。黒く長い髪を一つ後ろでまとめた女の人がそう尋ねてくる。戸惑いながらとりあえず頷くと男性と女性が同じタイミングで微笑んだ。
「よかった。それではご同行願えますか?」
「え、どこにですか。父さん、母さんこれ何?どうなってんの?」
父さんが、顔を上げて俺を見た後、口を開こうとした。しかし、その口からは言葉が紡がれることはなく口を抑えて嗚咽を漏らした。口を手で抑えていないと声を上げてしまいそうになるのを必死で耐えているかのような父さんに、俺はなんだかふっと力が抜けてへたり込んでしまった。父さんが泣くのなんて初めて見た。寡黙で厳しい人ではるか昔の”昭和の頑固親父”を体現したような人が、体を震わせている。何か大変なことが起きているということだけが理解でき、それ以外は何もわからない。
スーツを着た男性が女の人とアイコンタクトをしてからこっちに近づいてきた。
「初めまして、世界政府のOPNHから派遣されました。私がT1でこちらがN2です」
その名前を聞いてハッと男の目を見ると虹彩が確かにアンドロイドのものだった。アンドロイドの瞳は、ほとんどの設計上カメラとして機能しているからもし精巧なアンドロイドを見て人間かどうか見分けることが難しければ虹彩を確認しろと学校で教わったのが役にたった。しかし、こんなに人間に近いアンドロイドなんてみた事ない。教科書ではまだ人間の技術では不気味の谷を克服できていないと書いてあったはずだ。
「私たちは旧EU地域にある新人類の学園で製造されたアンドロイドです。あなたは先日の健康診断で新人類であることが発覚しましたので、太平洋にある新人類の方が集められる学園に通っていただきます」
「T1、私たちの製造元を明かす必要がありましたか?不必要な情報の共有は不要と考えます」
「N2、あなたはニンゲンの感情に疎すぎます。ある程度の説明は必要です。貴方がたN型が強引すぎるので私がこうして説明役にあなたに付き添えと言われたのでは?」
「あなた達T機はアンドロイド法の成立以降に作成されたので力が制御されています。私が護衛として派遣されたという事実を正しく認識していただけますか」
2体はしばらく睨みあって同時にふっと目を逸らした。このはさっきからアイコンタクトが多いと思ったが通信をしているのか。そんなことを考えて頭を振る。いや、今はそんな場合じゃない。
「俺が?なんで、だって、新人類ってもっと子供の時にわかるもので。それに俺は何も特別なことなんてできなし、新人類はもっと特別な」
考えがまとまらなくて、自分がわからないことをとりあえず口にする。
「ああ、教科書がまだアップグレードされていないのですね。日本自治政府はいつも対応が遅いと批判がされるのがよくわかります。現在新人類はニンゲンの遺伝子が環境の変化に対応し突然変異することで現れます。近年では大気における含有成分の変化、紫外線からの影響で足立さんの年齢であっても変化することが確認されています」
「もっとも年齢が上がれば上がるだけ変化する確率は少なくなります。現状が理解できましたね。ニンゲンのものはすべて不要ですのでそのまま車に乗ってください」
T1がそう答えてN2がさらに付け加える。二体がが俺を見下ろして、二体の向こうから父さんと母さんが見える。俺が、新人類?今から太平洋にある学校に通う?頭の中に非現実的な内容ばかりが浮かんでそれを現実と理解できないまま、何かをしないといけないという焦りのみが募る。ふと、泥だらけになった。靴下が目に入った。
「俺、大会出ないといけないんだ。今年最後の大会で、みんなと約束して」
そうだ、俺、大会に出たい。新しい学校なんて行きたくない。ぐっと足に力を入れて立ち上がる。真っ直ぐと二体を見つめ返す。
「っ、俺っは、その学校には行かない。基本的人権の中に自由とか幸福追求権ががあったはずだ。俺を無理やり連れて行くならそれは俺の自由を侵害している。世界政府であってもその権利は侵害できなかったはずだろ」
3度の大戦を経て各国の承認のもと形成された世界政府の制定した最高法規は旧体制を引き継ぎつつ新しいものになっている。それを小学校のうちに暗記させられているから真面目に勉強をしてなかった俺でもこれくらいのことは言える。
「自然権はニンゲンに認められた権利ですが新人類の方々の人権はニンゲンの持つ権利とは異なります。世界政府によって定められた最高法規にて新人類の方は規定区域で保護することが定められているのでできかねます」
T1に取り付く島もなくそう返されて戸惑う。でもここで引き下がれない。ここで引き下がれば俺はその学校とやらに入れられる。そしてもうここには帰って来られない。新人類はニンゲンとは隔離されているのだから。
「それなら大会まで、あと1ヶ月だから。それまで待ってくれたらちゃんと行くから」
「心苦しいのですが新人類の方はニンゲンの権利を守るためにニンゲンの大会には参加できませんよ。新人類に関する法律はある程度勉強されていただいていると思いますが、ああ、なるほど、まだ自分がもうニンゲンではないことが受け入れられていないのですね」
T1が笑顔を浮かべながら俺を見て頷く。ぐっと手を握り込んでまた座り込みそうになるのを耐える。爪を食い込ませれば痛みを感じてその痛みを頼りに必死に考える。するとN2が後ろからやってきて口を開いた。
「あなたのご両親も同じことを何度も聞くのですね。何が問題なんですか?あなたは生き残るにふさわしいと"選ばれた”新人類で、ご両親には世界政府から補償金が手渡されます。必要になればその都度支払いが行われます。一生苦労なく過ごせます。合理的に考えればむしろこの状況は喜ぶべきです。全く理解不能です」
ガシッと俺の腕をN2がつかむ。その力が徐々に強くなっていき俺はN2の表情が怒りを表していることに驚いた。アンドロイドはプログラムで動いているはずなのになんで、こんなにこのアンドロイドは不愉快な表情を滲ませるのか。
「あなた達にわかってたまるものですか......あなた、達、血も通ってないアンタ達なんかにわかってたまるか。睦実は私達の子供だ!こんな、、こんなお金で納得なんてできるわけないじゃない!!」
母さんが怒鳴りながら、テーブルに置いてあった札束をN2投げる。震えながらもアンドロイドたちを睨む姿に、不覚にも鼻の奥がツンとしてしまう。
「俺達の息子を離せ」
N2と俺の間に割り込むようにしてN2の腕を掴む。一瞬N2が俺を掴む手に力がかかったが父さんがN2の肩を強く突き飛ばせばその力は緩んでN2が後ずさった。父さんの背中に庇われながら少し袖で目元を拭う。
「N2、あなたの力ならニンゲンの力くらいで怯まないでしょう?ニンゲンの感情にあてられましたか?アンドロイドとニンゲンは別の物なのに理解しようとするから処理に負荷がかかるんです。家に帰ったら私のように、ニンゲンの感情を処理できるデータを追加してもらえるようマスターに申請しましょうね」
「黙れ、T1」
「これだから旧型は......足立さん。今から3度警告します。あなたは今までの話し合いでまだ自分がここに残れる可能性を見出しているようですがそれは間違いです。私たちには新人類の保護に置いてありとあらゆる手段の行使が可能とされています。アンドロイドが禁止されているニンゲンと新人類に対する武力行使も可能となります」
「それって、脅しかよ」
「ええ、そうですよ。人道的なルールに則って対話での交渉を行うことが定められていますので。まずは1度目の警告です。足立睦実さん、一緒に来てください」
行きたくない、でも、父さんと母さん、もしかしたら友達までに迷惑をかけるかもしれない。目を閉じて奥歯を噛み締める。
___諦めろ、諦めよう___
「行かなくていい、行かなくていい。父さんが守ってやる」
「睦実......」
父さんと母さんのその言葉に覚悟を決める。新人類の学園なんて存在初めて知ったし、どこにあるのかなんてわからない。そこで何をされるのかもわからない。でも、ここで俺が行かないとダメなんだ。家族が大切だから、友達が大切だから。
「2度目の警告に入ります。足立睦実さん、一緒に来てください」
「わかった、一緒に行くよ」
それは俺が今まで言ってきた言葉の何よりも重たく俺の肩にのしかかった。今までこんなに重大な決断をしたことなんてなかった。たとえそれが他に選択肢がなかったとしても。俺を見る父さんと母さんに俺は頭を下げた。
「今まで育ててくれてありがとう。体に気をつけて、その金使ってさ、ほら母さん食器洗濯機欲しがってたし、父さんもゴルフの新しい道具欲しがってただろ?学校に行くのだって留学だと思えばいいし」
母さんが言っていた別れる時は笑顔でいなさいという言葉をいつも実践していたつもりだったけど今は自分がうまく笑えているのか自信がなかった。
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