暗闇の怪

「あ〜、クソ!! 弱ぇクセに数ばっか揃えやがって……!」

「忍、魔力が乱れてる。まだスタミナは尽きていないはずよ、心を鎮めて」

「ぬぐ……む、難しいな……」


 奥へ進めば進むほどに、骨の魔物は数を増していった。かといって一体一体が強くなるでもなく、戦術的な動きもないので純粋に手間が嵩むばかりだ。ゴブリンでさえ遠距離から矢を射掛けてきたというのに。

 それよりも、戦いながら全身を覆う魔力を維持する方が遥かに難しかった。攻めに逸って精神が乱れると、途端に周りの景色さえ視えなくなってしまう。

 戦意を高揚させつつも、落ち着いて集中したままで居続けるというのは、体力的にも気力的にも大きな消耗を強いられた。感情の起伏が激しい忍にとって、もっとも苦手な技術である。


「ぐぬぬ、また目が霞んできやがった!! 集中、集中!」

「全力で魔力を解放し続ける必要はないのよ。必要なときに必要なだけ解放するの。まあ、それの理想形が五行術なのだけど」

「じゃあそっち教えてよ……」

「あなたが魔法陣を描けるようになったら、ね」


 それを言われると何も返せない。魔力を放出し、長時間全身を鎧うだけでも苦労したというのに。今度はそれを使って空中に画を描けというのか。

 一般人に例えるなら、口から吐いたタバコの煙でアートを作るようなもの。文字通り雲を掴む話だが、カルディナ王国だと早ければ三歳児にだって可能なのだとか。


「オレは幼児未満かよ⁉」

「拗ねないの。あなたの出身地じゃ魔力の操作技術が無かったのでしょ? 見たことも聞いたこともない技術を短期間で習得しようっていうのが無茶なのよ。今の段階でも、充分過ぎる成長速度だわ」

「けっ。お慰みのお言葉をどうもありがとうございました〜」

「子供か! ふふっ」


 ずんずんと洞窟を下っていく忍の後ろ姿を、ルーディは柔らかい微笑みを浮かべて追う。ある程度の距離を取って忍の戦いを邪魔しないよう気を遣いつつ、淀みない足取りで暗闇を進む。

 だが、せめて手綱ぐらいはきちんと付けておくべきだった。


「……あ。忍、ストップ!」

「ん? なんかあったうぎゃああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁーっ!!!!!!」

「遅かったか」


 唐突に開けた場所に出たのと同時に、忍が奈落の底へと転がり落ちていった。シルエットでしか周囲を把握出来ないので、縦穴に飛び出してしまったことに気が付けなかったらしい。

 岩肌に硬いものが打ち付けられる音が反響しながら遠ざかっていく。悲鳴はすでに途切れており、相当な深さを転がり落ちていたらしい。


「しまった……これ、さすがに死んだんじゃないかしら……ど、どうしよう……忍っ!!」


 ポーカーフェイスを崩しながらも、ルーディは忍が落ちていった奈落の底へと躊躇なく飛び降りていった。




「……いってぇ〜……顔からイッちまった……いだだだだだ」


 焼けるように痛む顔面を押さえて、忍はなんとか立ち上がる。

 幸いにして、途中で横穴に滑り込んだお陰で最下層に叩き込まれるのは避けられた。何度も体を打ちつけたり、急斜面になっていた横穴を転がり落ちたりもしたが、思ったよりもダメージが無い。

 しかし身体を強化していた魔力が剥がれてしまった。目に意識を集中しても、ボヤケたシルエットすら視えてこない。また精神集中から始めなければ。

 身体的な負傷が少ないのも、魔力で肉体と衣服が強化されていたからだろう。その強化が剥がれてしまったのもまた、落下の衝撃が強かったからだが。


「こりゃまいったな〜、こんなところで遭難かよ……。呆気ねえな、オレの人生」


 壁を叩き、音の反響で道が分からないかと試しても、進むべき方向が一つであることしか分からない。その先が魔物の巣か、外へ繋がる出口か、どちらでもない行き止まりか。

 こういう時のセオリーは、迷ったその場から動かないことだが。


「……上手いことルーディが見つけてくれればいいけど。こんな――うおっ!?」


 辞世の句でも考えておこうかと思ったその時、地面が傾いたと錯覚させられる強烈な横揺れが襲って来た。

 何事か、もしや火山活動の再開かと驚く忍だったが、すぐに何者かが戦っている衝撃であることに気付く。それも、壁一枚隔てた程度の近くでのことだ。


「物騒だな。噴火したらどうすんだよ。……こっちか」


 もしかすると他の冒険者達かもしれない。合流できれば脱出の目もある。

 そう閃いた忍は、断続的な音と衝撃を辿り暗闇を進んだ。歩いているうちに視力を補助する魔力も回復して、また薄ぼんやりと周囲の様子が見えてきた。


「この向こう側か。……ん〜っと、お!」


 ちょうど良い横穴を見つけて、躊躇なく半身になって潜り込んでいく。小柄な今なら通れるかと思ったが、大して進まないうちに無駄に大きい胸と尻がつっかかってしまった。

 押しても引いても身動きが取れない。ルーディだったらこうはならないだろうに。


「やっぱ小さい方がいいな。削いじまおうか……ふんっ!!」


 全身に気合を入れ、魔力を全開で放出する。発揮された怪力で、岩肌を掘削して無理やりに前進を続けた。崩落とか大丈夫だろうか、と一瞬頭を過ぎったが、ここで身動きできないまま干からびるのも生き埋めと変わらないと割り切ることにした。


「ぃよいしょーっ!!」


 削岩機かボーリングマシンのように、脆い岩をガリガリと削っていく。そういくらかも掘らないうちに、ひび割れた壁の向こうから光が射し込んだ。

 さらに力を込め、亀裂を押し広げるようにして向こう側の空間へと転がり出た。無事、トンネルとして開通したらしい。


「よっしゃ――え?」


 しかし狭いところから抜け出したと同時に、光源であったらしい大出力のビームが忍を直撃。大爆発を起こし、忍はせっかく開通させたトンネルを逆走するようにぶっ飛ばされた。

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