悪魔竜

 全身から白煙を噴き上げながら立ち上がった忍は、すっかり目の据わった顔でトンネルの向こうへ戻っていく。

 その先にはサッカーコートほどもある空間が広がっていた。

 今のビームは自然現象や何かのトラップではなく、人為的な意志を感じた。何者かの五行術だろう。

 不意打ちを喰らった怒りで魔力の出力が無意識に上昇し、暗闇が一気に晴れたように視界が広がる。睨みつけたその先には、青い髪に裾の長いローブをまとった青年冒険者であった。


「ま、またテメェか! ディラァァァァァァン!!」


 忍は怒号を上げながら、外見だけは爽やか系の青年に、肩を怒らせて詰め寄った。

 向こうも忍に気がつくと、露骨に顔をしかめて振り向いた。


「げっ!? き、君だったのか……ごめん」

「ごめん、じゃねーよ! オレじゃなかったら死んでたぞ、今の!! いや、オレも危ねえところだったけど!」

「だ、駄目だ!! こっちに来るんじゃない! 離れろぉーっ!!」

「あぁん!? 何言ってやがホゲーッ!!」


 逆上しすぎて正面しか見ていなかった忍は、真横から突っ込んでくる巨大質量に気が付けなかった。追突を受けた小さな体が、錐揉み回転しながら岸壁に突き刺さる。

 遅かったか、とディランが額を押さえて肩を竦めた。惜しい人を亡くした……とでも言いたげだが、何事もなかったかのように忍が立ち上がるとまたもや露骨にがっかりした。


「今度はなん……な、なんだこいつぅー!?」


 殺気を滾らせて復帰した忍はすぐに、暗闇でも圧倒的な存在感を放つ禍々しい巨影を眼前に認め、子供のように目を輝かせた。


 それは典型的な西洋ドラゴンだった。四足歩行の胴体に、長い首と尻尾、背中にはコウモリに似た翼手を持つ怪物だ。頭から足先まで6メートル、尻尾までならその倍以上はありそうだ。

 悠然と自分を見下ろす圧倒的な存在に、忍は湧き上がる闘志を抑えきれず自然と口許を歪めていた。


『ふっ。なるほど、これは狂人と噂されるだけあるな。我の威容を前にして血を滾らせるとは』


 ドラゴンはその外見とは裏腹に、流暢にも忍に語り掛けた。

 だが忍の興味を引いたのは喋った内容ではなく、声だ。


「! その声、ひょっとしなくてもロベールか!?」

『え!? な、なんで分かるの!!』

「はぁ? なんでも何も、同じ声してるじゃねえか。ちょっと低くなってるけど。なあ?」

「いや、分からないよ!! 確かにアレはロベールが変身したものだけど、声に共通点なんてあるか!? ……いや、やっぱないよ!!」


 急に話を振られたディランは、一度耳を済ませてはみたものの、すぐに頭を振った。体格のせいですごい重低音に変わり果てており、ちょっと低いどころではない。

 忍から「しょうがねえヤツだな〜」とでも言いたげな視線を向けられたディランは、青筋を立てながらも彼を無視し、体中に冷たい青色の魔法陣を展開した。ロベールであるらしいドラゴンを鋭く睨む。


「それでお前ら、なんで戦ってんの? さっきからズッシン、ズッシンうるせーぞ、こら。近所迷惑考えろ」

「アホか!? よく聞け、ロベールが火山島に現れた魔物の元凶だったんだ!! さらに人間に化けて僕らを騙し討ちしたんだ!! 一緒に来た冒険者は、みんなやられてしまった……!」

「へ〜」

「どうでも良さそうだな!?」

『我が言えた義理ではないが、いくらなんでも薄情すぎると思う』


 ディランとロベール、対峙していた双方から揃ってドン引きされても、忍は動じること無く暗闇を見回す。

 確かにディランが言うように、視える範囲だけでも十数人分の死体が転がっている。確認できる顔は、いずれも船に乗っていた冒険者と一致した。

 死体はどれも押し潰されたり、凄まじい力で引き千切られていた、黒焦げで炭化していたりで、まともな状態のものは一つとしてない。


『みんな腕利きだったって聞いてたけど、呆気ないものだ。我の寝床へズケズケと踏み込んでくるから、こんな目に遭う』

「寝床? ここ、お前ん家なの?」

『そう。この火山島は我と我の父祖が、大魔王ガルバトロス様より賜った土地だ。これまでは溢れ出るマグマと地震を恐れて人間共は見向きもしなかったというのに、火山活動が沈静化するやハイエナのように群がりおって!』


 言葉に怒気を滲ませたロベールは、巨体から赤黒い炎のような魔力を放出し、前に長い口許から鋭い牙を剥き出しにする。輝く真紅の瞳を憎悪に染め、その憤怒を表すように大地が震えた。


『我が父は、古の大魔王ガルバトロス様の一番槍、邪竜王ドムリアット!! 我はその娘アンゼリカなり!! この地をお前達の好きにはさせない!! 疾く消え去るがいい!!』


 左右に広げた翼に、赤黒い魔力が無数の魔法陣を描いた。その翼長は本体の全長にも匹敵する。そこに人間の拳大の陣がみっちり敷き詰められた様子は……かなり気持ち悪い。

 その凄まじい殺気はディランだけでなく、忍まで巻き込もうとしている。


『〈火術〉フレアダート!! 焼き尽くせ!!』


 呪詛の言葉を引き金に、魔法陣が文字通りに火を噴いた。

 地下空間を埋め尽くす火矢の雨が、ロベール改めアンゼリカを中心に四方八方へ降り注ぐ。


「まずい……〈水術〉ヘイルウォール!!」


 ディランの魔法陣の色がアイスブルーからスカイブルーに切り替わり、自分の周囲を光の膜で覆った。


「おっかねえの!」


 忍もまた、逃げ場がないと瞬時に悟って拳周りに魔力を集中、気合を入れて身構えた。


「おらおらおらおらーーーーっ!!」


 忍にはバリアを張るような芸当は不可能だ。なので飛んでくる火矢を片っ端から叩き落としていく。素手だとちょっと熱かった。

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