魔のもの

 火山島の中央にでーんとそびえ立つセントカロリック山は、標高2000メートル級の休火山だ。ほとんど垂直に切り立った崖ばかりの険しい環境ではあるが、別にこの山は登らない。麓に並ぶ溶岩洞窟が仕事場だ。

 火山の調査隊は洞窟前に大規模なキャンプを設営している。冒険者達に与えられた仕事は、その露払いとなって洞窟内の魔物を駆逐することだ。

 内部構造はまったくの未知、故に準備するものもパーティごとに大きく異なっている。


 あるパーティはサファリジャケット姿で、額に火術で発光する札を括り付け、暗闇での活動に備えている。

 また別のパーティは、つなぎ、軍手、安全靴にヘルメットで完全防備で、魔物よりむしろ岩肌などによる擦過傷に備えている。

 ……忍も彼らの恰好に「なんか日本のテレビで観たような?」と多少の既視感を持った。だがカルディナ王国には自動車が走っているし、人間の考える事なんて世界が違っても変わらないと考え追求しなかった。


 忍もまた、普段よりも厚く拳にテーピングを施し、両足も晒しを巻いた上で草鞋を履いている。道着の下には、全身鎧の時にも用いたぴっちりアンダースーツを着用していた。

 このアンダースーツは優れものだ。通気性や伸縮性に富み、ただ晒しを巻く以上に強く安定して巨乳を固定してくれる。防寒や防熱には全然向かないが、洗い替えも含めて複数常備するぐらいに気に入っていた。

 余談だが、彼が今着ている赤黒い空手道着は、こっちでの活動用に新調したものだ。転移時に着ていたのは汚れが酷いので廃棄して、カルディナの服屋に仕立ててもらった。


 さらなる余談だが、ルーディが普段から着用している長袖・ロンスカのメイド服も外見は城務めのメイドと外見上は変わらないだけで、材質的には極細の金属繊維で編み上げられたボディアーマーである。弱い攻撃なら跳ね返してしまえる強度を持つ。

 なぜメイド服なのかについては、百パーセント彼女の趣味だ。


「ところでルーディ。今さらだけど『魔物』って何なんだ? ただの害獣程度にしか考えてなかったんだけど」

「それで合ってるわよ。大昔、暴走した魔力に汚染された動植物が変異して、それが繁殖したのが魔物の祖先よ」

「悪魔とは違うんだよな?」

「ええ。魔物は悪魔と違って、実体のある生命体よ。まあ実体を持つ悪魔もいるけど……気になるなら、ベルガーラの図書館にでも行ってみたら? わたしは専門家じゃないし」

「そういや〜図書館は行ったことなかったな。帰ったら行ってみっか」


 忍とルーディは雑談を交わしながら、他の冒険者よりも一足早く暗闇の地下洞窟を軽快に下っていた。他の冒険者連中と足並みを揃えるのが面倒だったので、別の入り口を探して単独行動中だ。

 周囲としてもいない方が連携を取りやすいからか、先行するという二人を止める者はロベール以外にいなかった。


 ゴツゴツした不安定なうえに崩れやすい岩場を、忍はちょっと急な階段感覚で下り、ルーディがやや距離を置いて後続する。

 二人とも灯りの類を持っていないが、両眼に魔力を集中することで周囲を見渡すことが出来る。不慣れな忍だと暗闇に白いワイヤーフレームみたいな輪郭がなんとな〜く視える程度だが、ルーディにとっては真昼の屋外と遜色なく、紙に書いた文字だって読めるらしい。

 ルーディの得意とする火術なら松明代わりに火玉ぐらい作れるだろうが、修行にならないので今回は使わない方針だった。


「あ。おい、ルーディ。何か近づいてくるぞ」


 まっすぐ伸びた道の奥から、カラカラと鳴子のような音を立てて何かが集団でやってきた。シルエットだけは人型だったが、糸で吊られたようにギコチない挙動が気持ち悪い。


「ちゃんと気付いたわね。通路の奥からゾロゾロと、予想通りスケルトンタイプだわ」

「予想してたのか?」

「そりゃそうよ。こんな苔も生えない洞窟に棲息できる魔物なんて、アンデッドやスペクターみたいな非生命タイプか、無機物が変じた非生物タイプぐらいよ。餌が無いし」

「それもそうか。……ま、お喋りはこいつらを殴り倒してからだな。スケルトンって……動く骨だっけ。実際に戦うのは初めてだぜ」


 拳を固く握った忍は、闇の中を近づいてくるシルエットへ駆け出た。最前列の一体を、早速大振りのフックで殴り飛ばす。


「あれ?」


 骨しか無い体は思った異常に軽い手応えで吹っ飛んだ。最初の一体に激突され、後続の連中まで将棋倒しに崩れていく。


「軽くね?」

「スケルトンだからね。けどこいつら、生物の死体が魔物化したタイプじゃないわ。最初っから人型の骨格として産まれたタイプみたい」

「どういうこと?」

「五行術で作られたゴーレムってこと。いいから遠慮なくやっちゃって。それと攻撃部位への魔力を途切れさせないようにね。普通に殴っただけじゃ効果が薄いわ」

「お、おう。よっしゃ! 暗闇デスマッチ、燃えるぜ!!」


 勢い勇んで突撃していく忍の背中を見送り、ルーディはロベールから分けてもらった飴を口に放り込んだ。

 彼女がその気になれば、周囲を明るく照らすことも、忍の拳に火属性を付与して戦いを補助することも可能だ。だが今は、飽くまで本人の体術と魔力で切り抜けさせるつもりだった。


(忍についてはもう放っておいて構わないわね。ここまで来たら、もうどう転がってもわたしの邪魔にはならないでしょうし。それより……あの骨は何なのかしらね?)


 鎧袖一触に倒されていくスケルトンの群れを観察し、ルーディは考えを巡らせる。

 最初から骸骨型として生まれた魔物。ルーディの知る限りでは、土と竜の牙を触媒に作り出せる使い魔がそれだったはず。自然発生したものだとは考え難かった。

 つまり洞窟の奥に発生源……もっと言えば、生み出している術者がいることになる。


(ひょっとすると、いきなり当たりだったりしてね。……思ったより一緒にいられないかもね、忍……)


 憂いを潜めた溜め息は、骨の軍団が殴り砕かれるけたたましい音に掻き消されてしまった。

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