カルディナ王国
カルディナ王国王家に伝わる『賢者デマカッセの百年記』。
始まりは千年前。当時の大陸全土を統治していた巨大な帝国が、異世界より現れた大魔王とその軍勢によって滅亡した。
紆余曲折の末に大魔王は賢者デマカッセの手で斃され封印されたのだが、その封印は僅か100年で解けてしまうことが判明した。
封印を維持するには、100年ごとに異世界から光の聖女を喚び出し、結界に魔力を注いで補強しなければならないのだ。
デマカッセは100年周期で聖女が召喚されるシステムを造り、戦後に建国したばかりのカルディナ王国と、カルディナの国教アステラ教会に封印の管理を任せた。
これまでの900年間と同様、1000年目も問題なく聖女が喚び出され、結界が何事もなく維持される。王族をはじめ国民全員がそう考えていたのだが、やはり同じものを改良もせず使い続けるのは危険だったらしい。
事故に近い形で召喚されたのは、戦う相手を求めて悪魔の力で世界を渡った、若い修羅だった。
「つまり聖女ってのは大魔王の封印を補修する宮大工みたいなもんか。……やっぱりちゃんといるんじゃないの、大魔王!」
ニヤリと嬉しそうに口許を微笑んだ忍は、ぶつ切りにされた何かのステーキ肉50グラムをフォークで突き刺し、丸ごと口に押し込んだ。
忍がこちらの世界へ現出したのは、カルディナ王国内でアステラ教会が管理する召喚神殿だった。歴代の聖女は皆、この神殿から次元の門を超えて現れた。
同時に小高い山の頂上にある巡礼地でもあって、麓には巡礼者や観光客用の宿場町が広がっている。食事と状況説明の為に忍が連れてこられたのは、宿場町最大規模のホテルだった。
聖女を迎えるべく召喚神殿までやって来たグレン王子と、その末妹のゼノビア・カルディナーレ王女が仮宿に選んだだけあって設備も一流だ。
スイッチで点灯する照明が普及している事から、文明レベルもそれなりに高いことが伺える。忍は気にしていないが。
「大魔王とは多くの悪魔を従えた大悪魔の称号だ。千年前の遺物といえども、その力は未知数。イタズラに刺激するものではない」
「悪魔……いいね! ますます興味が出てきた! その封印、どうやったら解けるんだ?」
「おいおい! 聖女は大魔王を倒すのではなく、復活しないようにするのだからな!」
「知るかよ。オレは大魔王と戦いに異世界に来たんだ。そもそも男だし」
「その話、やはり信じられないのだが……」
怪訝そうに眉をひそめるグレンを、忍は鬼瓦みたいな怖い顔で睨み返して黙らせた。そこのところはまだ、忍自身でも受け止めきれていないのに。
ただ忍の話が事実だとした場合、グレンの考えでは融合している女性こそが聖女であり、忍にも一応聖女の資格があるのだが。しかし『大魔王』そのものにしか興味を示さないのはどう説得したものか。
なお、すでに互いの口調が砕けているのは、どちらも相手に敬意は不要と判断したからだ。
「ふーっ。食った食った。ごちそーさん」
四人前は平らげた忍が食後の茶を飲み干したタイミングで、グレンは改めて話を切り出した。
「相談だが、シノブ。今後の身の振り方を考える必要があるだろう。私とともに一度王都に来てはもらえんか?」
「やだ」
「む……なぜだ。生活の保証はするし、報奨も出すぞ?」
沈痛な面持ちのグレンに、忍は冷酷に切り返す。
「大魔王の封印は、オレが何もしなけりゃ解けるんだろ? だからだよ」
「大魔王の力は強大だ。伝説では一国をも容易く滅ぼすともされる。犠牲者が大勢でるし、君だって勝てる保証は無いだろう」
「馬鹿言え。他人が何兆人死のうがどうでもいいぜ。それに勝てる喧嘩しかしないなら、わざわざ異世界まで相手探しに来ねーよ」
当然のように言い切った忍の頭の中では、すでに口から火を吐く巨大生物が家々を薙ぎ払う姿が浮かび上がっていた。それは魔王ではなく怪獣なのだが。
常識的な判断を期待するのは無駄だと判断したグレンは、アプローチの仕方を切り替える。
「……協力してくれるなら、君の戦う場を私が用意したっていい。冒険者ギルドという組織があってな、そこに舞い込む魔物退治の依頼を、優先的に受けられるようにしよう」
「その代わり、あんたの為に働けってか?」
「話が早くて助かる。もっとも、君に大口叩くだけの実力が伴っていればの話だがね」
「言ったな〜? 何ならあんたの部下で試してもいいぜ」
忍としては、一刻も早く異世界での実戦を試してみたい。魔物だろうと王国騎士だろうと、喧嘩相手として不足はなかった。
拳を突き出す忍に、グレンは弱った顔で首を振った。
「今日はもう遅い。異世界などに来て疲れただろう、模擬戦をするにもよく休んでからの方がいいんじゃないか?」
「馬鹿言うな。喧嘩っつーのはやりたくなったらいつでもどこでも始めるもんだ。スポーツじゃないんだぜ! さあ、やるぞ!!」
「野蛮人かね、君は!?」
やる気満々で席を立った忍は、どうにか宥めるグレンを振り切って騎士達の部屋へ乗り込もうとする。
その時だ。日暮れ間際の宿場町に、けたたましい鐘の音が響き渡った。
「こいつは……ラスト一周!?」
「何の話だ!? これは警鐘だぞ、何か事件が起きた――おい!」
事件、という単語を耳にしたと同時に、忍は窓から外へと飛び出して、音の響いてくる方向へと走っていった。
「話半ばだというのに……血の気の多いお嬢さん――いや、男だな」
あっという間に見えなくなった忍の背中に、グレンは肩を竦めて大きな溜め息を吐いた。
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