第6話




***




 学園の生徒会室にて、生徒会長たる王太子とその側近の令息達は、いつもはストイックな侯爵令嬢が床にのめり込むように倒れて屍と化しているのを見守った。


「それで、小石ちゃんとやらに親しい女子ができたから、こうなっているというわけか?」

「さようにございます」


 レイクリードの質問に、ユージェニーが答えた。


「そこまで床にのめり込むほど好きならば、婚約してしまえばいいのに……」

「殿下、乙女心は複雑なものなのでございます」


 呆れて言うレイクリードをユージェニーが諫める。

 彼女は床にのめり込むテオジェンナに向かって言った。


「テオジェンナ。その「お似合い」というのは、貴女が勝手に抱いた印象にすぎないわ。勝手に思い込んではお二人に失礼よ」

「うう……」


 ユージェニーにたしなめられ、テオジェンナはよろよろと起き上がった。床がへこんでいる。


「し、しかし、実にお似合いな二人だった……わ、私は幼馴染として二人を祝福したい……」

「だから、勝手に決めつけてはいけないと言っているでしょう」

「うう~……」


 自分で自分を岩石その8と言い張るわりには、ぐずぐずふにゃふにゃしているテオジェンナである。





 さて、ここで時間はしばし遡る。


 テオジェンナが理想の小石ちゃんの嫁をみつけて衝撃を受ける一時間ほど前、一年生の教室にて。


「ゴッドホーン様。少々、お話ししてもよろしいでしょうか」


 この世の愛らしさをこれでもかと詰め込んだような少女が、この世の愛らしさを煮込んで固めたような少年に声をかけた。


 クラスメイト達は思わずそちらへ注目した。

 何せ、このクラスで一、二を争う可愛い二人が言葉を交わそうというのだ。

 それはもう、さぞかし愛らしい会話がなされるに違いない。お花の話とか綺麗な泉の話とかそういう、愛らしくて清らかな会話が。


「私、まどろっこしいのが嫌いですの。単刀直入にお願いいたしますわ。ロミオ様と私が結ばれるように協力していただきたいんですの。逞しく凛々しいロミオ様をものにするためなら手段は選びませんわ」


 ん?


 愛らしい少女の口からこぼれた言葉に、クラスメイト達は首を傾げた。


 話しかけられた侯爵家八男は、花が咲き綻ぶかのような微笑みを浮かべて答えた。


「令嬢ともあろう者が直球にすぎるね。兄上をものにしたいなら、生半可な覚悟じゃないということを証明してからにして欲しいな。それに第一、なんで僕が君なんかに協力しないといけないわけ? そんな暇があるなら蟻地獄の観察でもしていた方がマシだよ」


 んん?


 愛らしい少年の口からこぼれた言葉に、クラスメイト達は眉間を押さえた。


「うふふ。代わりに私も協力して差し上げますわ。スフィノーラ侯爵令嬢といつまでたっても婚約に持ち込めない情けない貴方様に」

「ははは。余計なお世話だよ。テオの父親には、何があろうと僕以外の男との婚約は阻止するという言質は取ってあるんだ。しっかり言い含めてあるから心配ご無用だよ」

「まあ。それって、軍人であらせられるスフィノーラ侯爵様を足蹴にして、鞭を手に「わかってんだろうなぁ……?」と脅していた時のことですの?」

「さすがは「女郎蜘蛛」との異名を取った伯爵夫人の娘だね。どこでその情報を掴んだのやら、油断も隙もないよ」

「いやですわ。お母様のは若気の至りですの。お忘れになって」


 あははうふふと微笑みあう二人の姿はどこまでも清らかで愛らしい。

 しかし、交わされる会話の内容は真っ黒であった。


「あはは。女郎蜘蛛の娘に大事な兄上が狙われているなんて、さしもの僕も戦慄を禁じ得ないよ」

「うふふ。ゴッドホーン様ったら。外堀を埋めて獲物が落ちてくるのをじっと待っている蟻地獄みたいな恋をしている貴方様に狙われるよりマシですわ」


 寒い。


 クラスメイト達は冷気を感じて腕をさすった。


 愛らしき伯爵令嬢と、愛らしき侯爵令息。二人には共通点があった。

 愛らしき少年少女の共通点、それはーー


「ゴッドホーン様ったら、スフィノーラ侯爵令嬢様の前でその「腹黒」を隠し続けるなんてさすがですわ」

「またまたー。ヴェノミン伯爵令嬢の「腹黒」に比べたら、僕のおなかなんて生っ白くて恥ずかしいよ」


 ルクリュス・ゴッドホーンとセシリア・ヴェノミン。


 二人は「腹黒」であった。


 腹黒同士、最終的に意気投合した二人は、学園在学中に互いのターゲットを落とそうと誓い合った。

 それを知らぬテオジェンナは、腹黒二人を目にして悶えていたわけだ。


 実に無駄なエネルギーを使ったものである。

 生徒会室の床もへこみ損だろう。



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