第7話
***
一夜明けて、眠れぬ夜を越えたテオジェンナは心に決めた。
もう二度と、ルクリュスの前で取り乱したりしない。
次に顔を合わせた時には、ヴェノミン伯爵令嬢とお幸せに、と伝えよう。
「あ、テオ! おはよう!」
「はあうっ!!」
校門をくぐった途端に、天から降り注ぐ光に包み込まれた清らかな花のごとき笑顔を目にしたテオジェンナはその場に崩れ落ちた。
「テオ!?」
「おいおい、大丈夫かあ?」
驚いたルクリュスとロミオが駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫だ。問題ない……」
テオジェンナは自らを叱咤して立ち上がった。岩石はこんなことでは砕けないのだ。
「お、おはよう。ルクリュス、ロミオ」
なんとか持ち直したテオジェンナは、岩石な兄と小石な弟と共に校舎に向かって歩き出した。
ルクリュスは一年生時の行事についてロミオに尋ねたりして楽しそうにしている。
その様子を横で見守って、テオジェンナは心が穏やかになっていくのを感じた。
こうして幼馴染として隣にいられればいいと、テオジェンナは思う。それ以上は望まない。
(そう、私はルクリュスの友として、彼の幸せを見守ることができればそれでいい)
改めてそう思った。
その時、背後から小鳥の歌うような声で名前を呼ばれて、テオジェンナは足を止めた。
「おはようございます。スフィノーラ侯爵令嬢」
振り向くと、ふわふわとした綿菓子のような少女――セシリアが微笑みを浮かべて立っていた。
その足下が砂利を敷いた地面などではなく一面の花が咲き誇る花畑でないのが不思議なほど、愛らしい少女だ。何故、咲いていないんだ。こんなに愛らしい少女の足下には常に花が咲いていないと駄目だろう。サボるな、花。
「ヴェノミン伯爵令嬢……お、おはよう」
脳内で花に駄目出しをしつつ、テオジェンナはセシリアに挨拶を返した。
セシリアはにっこり笑顔を見せた後で、ふいっとルクリュスとロミオに目を移した。
すると、ルクリュスが急にロミオの腕を引っ張って、自分の立ち位置と入れ替えた。
テオジェンナの隣にルクリュスがいて、その横にロミオがいたのだが、ルクリュスはロミオを真ん中にして自分が一歩前に出てセシリアと向き合った。
それを見て、テオジェンナは強い衝撃を受けた。
(こ、これは……好きな子に他の女の隣にいる姿を見られたくなかったということ!?)
それ以外に、真ん中にいたルクリュスがわざわざ位置を変えた理由がわからない。
テオジェンナは体の力が抜けそうになった。
(お、落ち着け。好きな子を前にした男子の行動として、別におかしくない。ルクリュスにも春がきたということだ……ぐすん)
失恋の悲しみに涙が出そうになるのを堪え、テオジェンナはルクリュスの様子を見守った。
「おはよう。ヴェノミン伯爵令嬢」
「おはようございます。ゴッドホーン様……」
言葉尻で、セシリアは何故か少し困ったような顔をした。
「あら、ゴッドホーン様と言いますとお二人のどちらを呼んでいるかわかりませんね。もしよろしければ、ルクリュス様とロミオ様とお呼びしてもよろしいでしょうか」
うるうると目を潤ませてお願いされて、聞かない男がいるだろうか。
(私が男だったらどんなふざけた呼び方されても許しちゃうううぅぅっ!!)
テオジェンナは可愛さの波動を浴びてのけぞって悶えた。
「ああ。構わねえぜ」
「……もちろん! いいよ」
ロミオはあっさりと了承し、ルクリュスは一拍おいてにこっと笑って頷いた。
「よかった。では、私のこともセシリアとお呼びください」
セシリアが嬉しげに笑って一歩近寄った。すると、ルクリュスが体を傾けてロミオに寄りかかった。
急に寄りかかってきた弟に押されて、ロミオは二、三歩後ずさった。
「スフィノーラ侯爵令嬢のことも、テオジェンナ様とお呼びしても?」
「も、もちろん。問題ない」
セシリアに言われて、テオジェンナも迷わず首を縦に振った。
「じゃあ、もう行こう。早く教室に入らなくちゃ」
ルクリュスが兄の腕を引いて校舎に向かって歩き出した。心なしか、早歩きだ。
(これは……まさか、早くセシリア嬢と二人きりになりたいのでは!?)
学年の違うテオジェンナとロミオは、校舎に入ればルクリュスとセシリアとは別れることになる。
せっかく好きな女の子といるのに、身内と幼馴染が一緒ではろくに喋れないとでも思っているのかもしれない。
「うう……そ、それがルクリュスのためならばぁぁぁぁっ!!」
内心は悲しみで傷ついていたが、テオジェンナはルクリュスの恋のためだと自分に言い聞かせてロミオの腕を掴むと校舎に向かって走り出した。
「え? テオ!」
背後からルクリュスの戸惑った声が聞こえたが、テオジェンナは振り向かずに校舎に飛び込んだ。
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