第5話





 ***




 新入生の入学初日だ。トラブルが起きないように、生徒会のメンバーは手分けして一年生の教室のある棟を中心に見回りをしていた。

 テオジェンナもまた一年生の教室前をあちこちに目を配りながら歩いていた。

 そこへ、


「あ。テオジェンナじゃねえか! おーい!」


 野太い声がして、後ろからどかどかと足音を立てて大男が駆け寄ってきた。

 ガチガチに筋肉質な体と強面の顔に、一年生達が怯えて道を空けている。


「ロミオ。何か用か?」

「可愛い弟の様子を見にきたんだよ! どうせ、お前もそうなんだろ!」


 がははっ、と豪快に笑う大男は岩石その七ことゴッドホーン家七男、つまりルクリュスの兄である。


 ちなみに、ゴッドホーン家では長男から七男までが岩石その1~その7であり、父であるガンドルフは岩石その0・オリジンである。


「私は生徒会の仕事だ。ルクリュスのことを見にきたわけでは……」

「うっそつけ! お前は昔っからルーにべったりだろうが!」


 がはははと笑うロミオは岩石侯爵家の岩石成分を余すところなく受け継いでいて、裏表のない性格で実に気持ちよくデリカシーのない男だ。


「なっ……べ、別にルクリュスにべったりしていたなんてことはっ」

「あ、ロミオ兄さん。テオも。何してるの?」


 教室から出てきたルクリュスが、兄とテオジェンナをみつけて嬉しそうに手を挙げた。

 テオジェンナはびっくーんっ! と肩を震わせた。


「おー、ルー。学園はどうだ?」

「まだ初日だよぉ。兄さんもテオもいるんだから、心配していないよ」


 ね? と下から顔を覗き込まれて、テオジェンナは高鳴る胸を落ち着かせてから、ルクリュスの方へ目を向けた。


「あ、ああ。お、幼馴染として、何かあれば力になる……」


 言い掛けて、ふと、テオジェンナはルクリュスの隣に立つ小さな姿に気づいた。


「あ。兄さん、テオ。紹介するよ。同じクラスのセシリア・ヴェノミン伯爵令嬢」

「初めまして」


 ルクリュスの紹介を受けて、セシリアと呼ばれた少女は深々と頭を下げた。


 日の光にきらきらきらめくふわふわの金髪に、夏の海のような青い瞳。白い肌とほんのり桃色に染まる頬。小さく華奢な手。


 小柄なルクリュスよりもさらに小さい、掛け値なしの美少女だった。


 テオジェンナは「ぴしゃーんっ!」と雷に打たれたような衝撃を受けた。


(か、かわいいいいいいっ!!)


 セシリアは妖精のような少女だった。

 ルクリュスと並ぶと、まるでおとぎ話の幸せなラストシーンのようだ。妖精の国の王子様とお姫様は結ばれて幸せになりました。めでたしめでたし。


 花が咲き誇り、小鳥が歌い、世界のすべてが二人を祝福し、やわらかな光が降り注ぐ。


 そんな光景だ。


 お似合い。

 そう、お似合いだった。


 ずっとずっと、テオジェンナが思い描いてきた、「ルクリュスにふさわしい可愛い女の子」がそこにいた。


(ルクリュスの、運命の相手……)


 そう考えると、テオジェンナの胸がぎゅううーっと締め付けられて痛んだ。


「テオ? どうかした?」

「ふぐぅっん!」

「ふぐ?」


 テオジェンナは胸を押さえて呻いた。


「な、なんでもない……はあはあ」

「そう? 顔色が悪いけど」

「大丈夫だ。問題ない。私は岩石その8……」


 そう。自分は岩石だ。胸が痛むのなんて気のせいだ。岩石に痛む胸などない。


「ふんっ!」


 もやもやした気持ちを振り切るように、テオジェンナは背筋を正した。


「な、仲のいい友達ができて、よかったな。ルクリュス」

「うん! テオも仲良くしてね!」

「もちろんだ! この命に代えても!」

「いや、そこまではしなくていいけども」


 テオジェンナとルクリュスのやりとりを見て、セシリアがくすくすと笑った。


「仲がよろしいのですね」


 花が綻ぶように微笑むセシリアを見て、また胸がぎゅうぎゅうと痛くなったが、テオジェンナはそれに気づかない振りをした。



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