昔のままにはいかないけど

 お風呂から上がって、先刻買ってきたシャツとステテコ?というものを着る。


「おー、着替え終わったか?」


-ああ、もういいぞ。って、聞きながら入って来んなよ。


 慌てがちに答える。既に着替え終わった俺を見てメグが一言、


「ふーん、悪くないやん」


 なんて独り言ちる。いや、何が。


「あ、ちょっとそこで待っとけ。髪乾かしてやる」


 要らん…って言おうと思ったけど、メグの準備が早かった。折りたたみ式の台みたいなものに座らさる。そしてぶおおという音とともに、俺の髪がドライヤーの暖かい風に晒される。


-乾かすほどの髪もないだろうに。


「いや、こんなけでもちゃんと乾かしたげたほうが、良いと思うんだよね。諸説あるけど。温風でキューティクルが痛むーとか。まあでも今日のところは、アタシからのルームサービスやと思って大人しく乾かされとけ」


 メグは俺の髪を手で、温風で、わしゃわしゃと撫でながら乾かしていく。不思議と、心地がいい。


「おーっし、こんなもんでいいやろ。んじゃ、アタシは風呂入ってくるわ。覗くなよ」


-はいはい、お前の貧相な体を覗いたところで、


 言い切る前に、メグの足が俺の脇腹を丁寧に撃ち抜く。俺が息苦しさに悶えている隣で、するすると服の擦れる音が聞こえてくる。あえて、そちらに目はやることはしなかった。


「一言余計じゃ、ばーか」


 お前に言われたかねえよ。そんな声も出せない俺を放って、メグは、お風呂の中に消えていった。その跡には、メグの着ていた服が放り出されていて。俺は頭を抱えながらそれらを洗濯カゴの中に放りこんだ。


 廊下と居間とを隔てる扉を締めて、一人手持ち無沙汰なので、先ほどやってたゲームを一人で遊んでみる。一時間ほど後に、締めた扉が開かれた。そっちを見やると、タオルで髪を乾かしながらやってくる、幼馴染の一糸纏わぬ姿があって。


「あ」


-あ、じゃねえわ。早く服着ろ。


 俺は、速攻で視線をゲームに戻した。


「うーん、パジャマこっちに忘れたんだよね。このへんにあったはずー」


 そう言って、がさごそと俺の背中の方でなにかを漁り始めた。振り向けばそこに裸のまま床に這いつくばる女の子が居て、でもそれは見てはいけない物なわけで。しかし一方で、見てはいけないと意識するたび、その姿が脳裏にちらつく事は免れない。


 俺の理性が保つ内に、早く済ませてくれ、メグ…!


「んーと、こいつと…あれ。無かったっけ。カゴに放りこまれたかもな。んじゃこいつでいっか。おまたせーわりぃな」


 やっと、メグから視線を逸らさずに済む。緊張から解き放たれ、俺はようやく堂々とメグの姿を見る。小さい頃は中性的で動きやすい服装を好んでいたメグは、今は薄い紫のサテンワンピースを着ていて。前までとは全く違う印象のメグに、不本意にもどきりとして、また視線を逸らす。


「あー…ねむ。ほ?ワイルドガンマンまだやってんの?きにいった?」


 俺の隣に座って、一緒に画面を見ている。レトロゲームのシンプルさと難しさを、気に入ったのは間違いない。


「んー…じゃあまた一緒にこれやろうよ。これオンラインでもいっしょにやれるやんね。あとほかにもこーいう、リメイクされたレトゲーって最近けっこー出ててさー…」


 相槌を打ちながら聞いていたが、不意にメグの声が止まる。その次の瞬間に、俺の肩にずしっと重みがかかり、やがて俺の膝にまで落ちてきた。仰向いたその顔は安らかそうに目を瞑り、すうすうと寝息を立てている。


 そのやせぎすな五体をベッドの上に放ってやり、上から布団をかけてやる。起こしてしまわないようにテレビのリモコン…が見当たらないので主電源ごと切ってしまい、部屋の電気をぱちと消した。


 床に寝転んで寝ようとした時、ベッドをばんばんと叩くような音がする。意外大きなその音にびっくりさせられる。


「おい、あんたもこっちにこーい…そんなとこで寝てんなよー…」


 寝言だと思いたいが、ばんばんとベッドを叩くメグの手は止まらない。仕方なく、俺はメグの隣に寄った。


「ししし、わるくないね。わるくない…あでもちょっと狭いかも」


 なんかイラッとしたので、そのでこっぱちを弾いてやった。離れようとしてもいつの間にか胴をがっしりと捕まえられていて、動くに動けない。俺はすっかり諦めて、そのままメグの隣で意識を手放した。

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