帰れなくなってしまったっぽい件

 マックに行ってハンバーガーを頬張り、腹を満たしながら帰路に着く。メグも俺も遊び足りない気持ちは一緒だったらしく、メグの家でもう一遊び。その内に夜も更けってきて、俺は帰ることにした。


「んー、駅まで送ろうか?」


 別に要らない、と言いかけたけど、駅までの道順にあまり自信はない。素直に甘えることにした。


 駅に着いたとき、俺は耳を疑った。なんでも事故が起きたらしく、いつ電車が動けるか、分からないらしい。


 パニックになりかけている俺を後目に、メグは、恐ろしく冷静に聞いてくる。


「こっから歩いて帰れやんの?」


-正直無理。急行で三駅くらい離れてるし。


「んじゃ厳しいな。おばさん…は無理か。おじさんは?迎えにこれやんの?」


-親父は今日、付き合いがあるって。帰ってくるの明日の朝だろうし、そうでなくても酒入ってるから車出せない。


「んー、むむむ」


 そういって、メグもうつむき黙ってしまった。と思った直後。


「いーこと思いついた。おい、スマホ貸せ。良いから貸せって、悪いようにはしないから」


 そう言ってメグは俺のスマホを奪い取ると、おもむろに電話を掛け始めた。え。いきなり何してんの。


「あー、もしもし、おばさん?オレオレ。久しぶり-」


 …電話の仕方が、この上なく怪しい。


「アタシだよ、めぐみだよ。覚えてる?うん、うん。ねー。アタシは元気だよ。おばさんの声、久しぶりに聞けてよかった。おばさんも元気そうだね」


 …なんか。いつものメグの、三倍ほどは声が黄色いんだけど。うちの母も、似たような電話の取り方するけどさ。


「あーそうそう、ちょっとおばさんにお願いがあるんやけど。おばさんとこの子、いま一緒におるんやけどさ、駅で事故あったらしくてさ、もう帰れる電車無いらしいんやんね。やもんでさ、いきなりでごめんなんやけどさ、一日だけウチで預かっていい?明日にはちゃんと帰すからさ」


 は?お前、勝手に何言ってんの?と思ったが、俺自身、何か別のアイデアがあるわけでもない。


「うん、ありがとー。ごめんね?こんな勝手な事いきなり言うてさ。あと、あんま怒らんであげてね。アタシがこんな時間まで駄々こねて居らせたんやからさ。うん、うん。うん、分かった。ありがとね。んじゃ替わるわ」


 こいつはもう、ホントに。乙葉ちゃんのことを他人事のように気遣いしいと言ったけど、こういうところは姉妹なんだなって思う。


「うい。ちょい話があるって。一応釘刺したつもりやから、大丈夫やと思いたいけど」


 そう言って、メグはスマホを返してくる。おふくろからは、メグやおばさんたちに迷惑を掛けないようにと、注意されるにとどまった。


-恩に着るよ、メグ。


「気にすんな。困った時はお互い様やに」


 メグにはなんとなく合わないセリフだったが、とても頼もしく思えた。


 そして二人で、来た道を引き返す。そして部屋に入ったところで、メグは思い出したように言い出した。


「あ。そういや、布団ねえわ。ベッド一つしかねえわ」


-は!?お前なんでそんなこと今言うんだよ!


「あー…あはは。アタシも忘れてたわ。何が出来るか、を考えるので必死やったし、ごめん」


 そう言って、申し訳なく思ってるのか、メグは視線を逸らす。そして、


「んじゃアタシ、行ってくるわ」


 と言って、出かけようとした。俺はその肩を掴んでとどまらせる。


-おい待て。どこに行く気だ。


「ん?漫喫やけど。朝には戻ってくるよ。それまでの間、お風呂とベッド、好きなように使っていーから。そこにおっきなシミ作ってもらっても構わないから」


-いやいやいや待て待て待て。そんな使い方しねえわ。あと、夜道に女の子一人は危ないって。なら俺が行くって。


「は?いい?今のあんたはアタシんの客人やんね。漫喫にほっぽり出すなんて、出来るわけないやんね。おばさんにも面目立たんし。ビジホならまだいいけど、この辺にないしな。やもんで、あんたが外に泊まるのは、ナシ。OK?」


-でも、俺だってメグを漫喫に放りだすなんてさせられない。


 両者の意見は、真っ向から対立してしまった。


「…したらさ、一つのベッドに二人で寝るしかなくなるけど。それで良いな?」


 …そうなってしまうか。気恥ずかしい気がしないでもないけど、背に腹は代えられなかった。


 お風呂に湯を張っている間、二人でゲームをしている。でもなんとなく会話を交わす気になれず、いろんな意味で、気まずい。


「あー、そういやさ、風呂どうするよ?アタシとしては先に入ってもらえるほうがありがたいんやけどさ、どっちでもいいよ」


-あれ。女の子って男の人が入った風呂って嫌がるモンだと勝手思ってたけど。嫌じゃないの?


「乙葉はそのクチやね。やからあいつは誰よりも早く入るよ。でもアタシは基本最後がいい。アタシ、風呂長いやんね。やからどうしてもあとの人を待たせることになるやんね」


-あー、そういうことね。なら先に頂くかな。


 ちょうど溜まったらしいお風呂に、早速入らさせてもらおう。と思った矢先、メグから待ったがかかった。


「そういやさ、パジャマ無いよんね?アタシのシャツとジャージなら貸せるけど…着れる?」


 そう言われて、先にメグのシャツとジャージを借りて着てみる。思っている以上にちんちくりんで、肩はきついし、へそが出てしまっていて。思わず二人で大笑いしてしまう。


「あっはは!なんやこれ!思った以上にちんちくりんやん!はー…買いに行こか」


 そう言って、二人でコンビニに行く。歩いて一分もしないところにコンビニがあるのは、正直助かった。


「サイズは分からんから、適当に選んどいて。アタシも適当に選んどくから」


-いや、何をだよ。


 俺がシャツをカゴに放り込んだ直後くらいに、メグはアイスをいくつかカゴに放りこんできた。俺が財布を出そうとすると、メグはまたその手を遮った。


「おっし会計済ますぞー。あ、良いって良いって。アタシ、こう見えて給料ギャランティ入ってきたところやから、懐がほっくほくなのだ」


 そういって、シャツの襟をぱたぱたとさせた。いやあの、メグの胸元が平坦なせいで、俺の背丈からやと見えかねんのやけど。


-だからって、俺が一銭も出さないのは流石に気が引ける。


「んじゃー折半ね。ソレ以上には計算めんどいし」


 と言って、結局折半することになった。アイス代よりも、俺の着替え代のが高いと思うんだけど。


 そして二人で部屋に戻る。妙なほどの胸の高鳴りと緊張を感じながら、俺たちは階段を登っていった。

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