互いに遊びたりなかった件

「おーっし。ここここ」


 そう言ってメグは、ドアに鍵をねじ込んでひねる。開いた扉の中に入って、おじゃましまーす。


 中に入ると、廊下の真ん中は開いているものの、両端にいろんなものが散乱しているのが見えた。


-あれ、おばさんも乙葉ちゃんも綺麗好きじゃなかったっけ。


「そうやね。乙葉が来たら大体『もう、お姉ちゃん!また散らかして!』なんてブチギレながら掃除までしてくれるね。なかなか面白おもしょいよ」


-いや、ちゃんと片付けろよ。


「ししし。まーそこは、アタシだし?」


 こいつは、ホントにもう。でも、納得しかけている自分もいて、何も言い返せなくなってしまった。


 廊下の脇には風呂と思しき扉があるし、その反対には台所もある。冷蔵庫も洗濯機もその隣に置いてあるあたり、とても家族四人で暮らしている部屋に見えない。乙葉が、という言い回しも引っかかる。


-もしかしてメグ、お前、一人暮らししてんの?


「え?そやに?言ってなかったっけ」


-聞いてねえよ!てかなんでお前、高校生なのに一人暮らししてんだよ。


「あー…話すと長くなるんやけどさ、端折るとまあ、ダッドとアタシと二人で頭地面にめり込ませながらママンに交渉したら、なんかOKもらった。ダッドいわく、アタシを自由にやらせたかったんやって。ママンも多分、アタシの事苦手やろし、ま、いいんちゃうかな」


 そう言いながら、廊下の奥の扉を開け、中の電気をつける。そこに広がった世界は、更に惨憺たる状況にあった。床は辛うじて見えているし、ゴミらしいゴミはそれほど見当たらないものの、部屋中に脱ぎっぱなしの服だの、よく分からないケーブルだの、ぬいぐるみだのが散乱していた。


-あの、メグさん?目の遣り場に困るんですけど?


「別に見ても構わねえよ。減るモンじゃあるまいし」


 そう言ってメグは地面に四つ足に這って、棚にあるなにかを探しはじめた。時折ふりふりと、小ぶりなお尻が右左に揺れる。そこから視線を外して、ごまかすようにテレビの前に移動する。その一歩を踏み出した瞬間、何かを踏みつけて足を滑らせる。シャツかなんかだろうと思っていたが、手に取って見てみると。


-え、スポブラ?あのメグさん、こんなの落ちてたんですけど。


「おー、悪りぃな。その辺に洗濯カゴある?」


-悪りぃなじゃねえわ!ちゃんと片付けとけ!


 半ば怒り任せに、洗濯カゴの中に叩き込んだ。


 他に落ちてるやつらも、このカゴの中に入れて良いな?と確認したところ、「おー、任した」なんて生返事が返ってきたので、脱ぎ捨てられた肌着やら下着やらを片っ端から放り込んでいった。それらが女の子の着ていたものだと意識して気後れもしたが、その正体はメグなんだと唱え続けることで吹き飛ばしていった。


「おーい、ちょい来てくんろ」


 大体放り込み終わった頃に、メグからお呼びが掛かる。隣まで寄ってきた時に、上着もズボンもちょっとずつズレていて。腰だけでなく、お尻もわずかに出かかっていた。俺はその隙間から見えるくぼみをめがけて、鞭を打つように軽く平手をしならせる。


「痛っ。なにすんのさ」


-なにすんのさ、じゃねえわ。見えてるぞ。


「いやだから見えてようが見てようが構わねえって言うてるやん」


-もっと恥じらいを持てよ!お前も女の子だろ。


「は?あんた相手に今更恥じらったところで何になるんさ」


-俺が困るの。だからもうちょっと気を使え。


「へいへい、分かりましたよーお」


 やや怒気をはらませて言ったところ、そんな生返事の後に、ズボンを上げ直し、その中にシャツの後ろのほうの端をねじ込んでいた。その時、ズボンの下の水玉がちらと見えてしまったのは、もう、墓まで持っていく事にする。


「んでさ、何するよ?とりま二人で遊べそうなんかき集めてきたけど」


 そこに大量に広げられたゲームを見て、思った。


-ひとっつも分かんねえ。


「マジかよ…んーじゃこれでいっか」


 そう言って、そのうちの一つをひょいと持ち上げる。そしてそれをテレビの下にあるゲーム機にセットして、電源を付ける。


「よーしきたきた。ほれ」


 コントローラーが一つ渡される。で、二人で画面に食いつく。


「っぱローカル二人プレーと言えばベルスクっしょ。ベルスクしか勝たん。そして筋肉ダルマはやらん」


 そう言って、メグは筋骨隆々とした、半裸の男を取っていった。残った二人のうち、たわわな物を胸に下げた忍者っぽい衣装のキャラを使う事にした。


「あ、操作分かるか?Bでジャンプ、Aで攻撃な。あと同時押しで必殺打てるけど、ヘルス減るから注意な」


-操作がシンプル過ぎる。え、昔のゲームってこんななのか?


「シューファミくらいまでやと、大体そんなカンジやね。流石に格ゲーになるともっと複雑やけど、ボタン数は大差ないかな」


-ふーん、そんなもんなんか。


「そやね。昔のゲーム機ってそもそもボタン数少ないしさ。いわゆる技術的な制約があったんやろなーとは思う。メモリもROMも桁違いに少ないかんね」


-なるほど。


 そう言ったのを最後に、二人してゲームに集中し始める。俺は何度か死んだりしながら、無事に一ステージをクリアする。


-いやこれ、難し過ぎないか?


「そんなもんよ、レトゲーなんて。しかし、ソレがまた醍醐味なのである」


 にたぁとした、どこか湿っぽさすら感じる笑みをこちらに向ける。正直、キモかった。


 俺の残機が無くなって、コンテニューも使い切って。三ステージ目でギブアップとなってしまった。メグに「情けねーなー」とケタケタ笑われ、なんかちょっと悔しい。


 「他のんもやろーぜー」とメグが持ってきたのは、荒野が舞台のシューティングゲーム。俺はなんかお嬢様っぽいキャラを選び、メグは相当に太った…男?でも髪長いしおっぱいもあるっぽいな?ってキャラを選んだ。


「こっちはBでジャンプ、Yで射撃。近くに寄ってきたやつはハリセンでしばくけど。 Xでボムが打てるけど、数に限りあるから計画的にな。あとY長押しで連射、Y連打でロープ攻撃できて、当たると敵を拘束出来るで」


 操作は増えたが、それでもまだシンプルに感じる。でもやっぱり難しい。操作に苦戦する俺の隣で、メグのキャラがめちゃくちゃ機敏に動くので、その様がおかしくて。


-ははは、なんだこれ。動けるデブじゃねえか。


「動けねぇデブはただのデブやってね。ししし。でも、アタシは一味も二味も違うぜ…あ、奥のヤツしばいてマシンガン持っときな」


 メグがめちゃくちゃに強くて、ステージがサクサク進む。でも攻撃が激しくなるにつれ、俺がついていけなくなって。三ステージ目のボス戦でゲームオーバーとなってしまった。


「あー、楽し。しかし腹減った。一旦飯にしよ」


-お。メグさんの手料理ですかい?


「ばーか。アタシがそんなん出来るように見えるか?近くにマックあるやんね。そこ行こーぜ」


 いいね。おふくろに「友達とご飯食べてくる」とだけ連絡をして、出かける準備をした。


 外に出ると、すでに空は薄暮に染まっている事に驚く。楽しい時間は本当に過ぎゆくのが早いと思い知らされながら、先導するメグの後を追いかけた。


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